「ブラックカルテって」

 車を運転する椎名の助手席で、マツリは外を眺めたまま言った。

「白い、化け物のことでしたよね」

「そうだよ」

 保健室にいるわけにもいかないが、おちおちマツリを一人で帰すわけにはいかなかったので、椎名は彼女を車に乗せて運転していた。

「あれが、私の身体にもいる可能性が、あるんですよね」

「そうだよ」

「……だったら、私が国光に行ってそんなものないって証明したら一件落着なんじゃないですか」

 椎名は数秒沈黙した。外は薄暗く、車窓から見える光は筋を成す。その光が彼の金髪を照らす。

「国光は甘くないよ」

「……」

 冷たい現実を押し付けられた気がして、マツリは黙った。

「ありとあらゆる実験を君にするだろう」

 想像もつかない。しかしそれが、自分を止めるための言葉だということは分かった。

「君のお父さんを探すために、君を餌にもするだろう」

「……お父さん、ですか」

 はっとため息をついた。正直思い出なんかほとんどない。というか、いい印象も、もはやない。お母さんを捨てて、壊したのはあの人だ。ずっとそう思ってたから。

「あんまり覚えてないけどな……。いついなくなったかも覚えてないくらいだから」

「そうなんだ」

「あの人だって、私のことなんか覚えてないと思います」

「……そう」

 椎名はまっすぐ前を見たまま、少し目を細めた。きっと前方から届く車の光のせいだ。マツリはそう思うことにした。同情なんて、いらないのだ。

「……行ってください」

「え……?」

「国光の、メグが向かったところに。行ってください」

「マ……」

 椎名はぎょっとしてちらりとマツリを見やる。

「いづみがそんなひどい目にあう意味がない」

 外を見たまま、しっかりした声でマツリが言った。そこには怒りのようなものも含まれていた。

「私の身代わりになってる意味がない」

「マツリ……」

「国光が甘くないなら、それこそ私が行かなくちゃ」

 マツリは振り向いて椎名を見る。

「行ってください」

 睨むような眼で、そう言った。

「……高橋さんが、なんのためにわざわざ国光へ行ったか、その理由は、分かる……?」

「分かります」

 心底、真剣だ。射るような眼だ。

「だって私がいづみでも、きっとそうする」

「……メグを信じろ」

「信じてます」

 即答。

「でも、メグだって、そんなところ。行きたくないはずだから」

 だって彼は、国光が絡むといつだって目の色を変え、気を荒らげていた。

 椎名は横目でマツリを見る。マツリの眼はこれでもかというほど、椎名の眼の色を窺っていた。

「先生……」

 いつもより、もっとずっとまっすぐに。

「……はー」

 椎名はため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る