「さて、どうしてここに連れてこられたか、分からないだろうね」

 男はいづみの警戒心マックスな顔色を見て問いかけた。

「……はい」

 頷く。当たり前だ。

「君は、お父さんが何をやっていた人間か、知っているか?」

「は……、い、いえ」

 ――マツリのお父さん?

 いづみは首を振る。

「では、大蕗 奔吾オオフキ ホンゴが今何処にいるか、知っているか?」

「……知りません」

 まったく分からない。だって、マツリの家族のことなど全然知らないのだ。

「そうか。まいったね」

「え?」

 ――というか、なんだこの質問は。それだけのためにこんなに仰々ぎょうぎょうしく連れてきたのか?

 いづみはぎゅうっと眉根を寄せる。

「では君が最後に彼を見たのは?」

「……分かりません」

「まったく……?」

「……はい」

 そろそろ嘘も厳しくなってきた。

「……そうか。では大蕗 祀さん。ブラックカルテのことは聞いているか?」

「……ブラックカルテ?」

「そうだ。メグと親しいらしいじゃないか」

 ――はぁ、まあね。

「あいつの呪われた左手のようなものを、ブラックカルテと呼ぶんだ」

「……呪われた……――」

 そんな言葉を、国光の大人が大真面目に言っていることに驚いた。財閥国光がそんなオカルトじみたこと言うのだからいっそ滑稽だ。

「白い光の……『化け物』のこと、ですか?」

「そうだ。知ってるじゃないか」

「……っ」

 認めた。椎名が言っていたことはたとえ話なんかじゃなかった。あの日。あの屋上で光っていた白い何か、それがメグの呪われた手の正体なのだ。見間違いではなかった。いづみはそう確信すると同時に、心底ぞっとした。

 ――此処はどこだ。現世ですか。話がおかしなほうに向かってる。頭の整理が間に合わない。

「そのおぞましい化け物が、君の中にも巣食っている可能性がある」

「……へ?」

 ――待って。何を言い出すんだこの男は。

「よって、君の身体を検査させいただきたい。人類のためにも」

「ちょ……ちょっと待ってください!」

 何を言ってるんだこの男は。

「私はそんなものにむしばまれてないし……っ、そもそも、その化け物ってなんですか……っ」

「メグのを見たことがあるんだろう……?」

「……ひ、光しか」

「そうか。だがそれは君の体を調べてみれば、自分の身を持って知ることになるだろう」

「……っ!」

 全身がしびれるような恐怖に鳥肌が立った。するとノックと共に、バタンと戸が開く。

「な……!」

 先ほどの男達と白衣を着た数名がいづみを取り囲んで腕を掴む。

「ちょ……っ!」

「こちらへ」

 優男がそう言って歩き出した。少々乱暴に手を引かれ、いづみの足がもつれる。

「なにすんのよ……! ちょっ! 待って!」

 いづみは叫んだが、男たちは無言で彼女を引きずった。部屋を出る瞬間、さっきまで話していた男を一瞥いちべつすると、彼はもういづみには興味がなさそうな顔でそっぽを向いていた。まるで責任者として最低限の説明責任を果たした、とでもいうように。


「離して! 離してよ!」

 男たちは暴れるいづみの両腕を粗野に掴み、放り投げるようにして小さな部屋へと押し込んだ。

「いった……!」

「そこにある服に着替えて暫らくお待ちください」

「え!?」

 何とか身を起こし振り返った瞬間、戸は閉められ、錠が落ちる。

「な、なんなの!?」

 見渡すとそこは更衣室のようだった。消毒液臭い白い服が置いてある。どうやらこれに着替えろということらしい。

 意味不明な展開の連続に、いづみは息を呑み涙を堪えた。

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