10

 よく晴れた翌日の昼休み。メグが屋上の重い扉を開けると、目に映ったのはマツリの背中だった。

 メグはふっと笑い、ゆっくりと扉を閉める。昨日の彼女の言葉を思い出し、すこし胸がくすぐられたのだ。その言葉には、それまで周りから向けられてきたものとは違う温かいものが感じられた。まっすぐに自分を見ようとしてくれた言葉だった。

「よぉ」

 声を掛けると、マツリはゆっくりと振りかえった。

「メグ」

「今日は『いづみちゃん』とは一緒じゃねぇのか?」

「……委員会」

 メグは「そうかよ」と呟きながら、マツリの傍に座りこんだ。マツリは立ったまましばらくフェンス越しの空を見つめていたが、ふいに口を開いた。

「昨日……」

「あ?」

「昨日、夜に椎名先生と会ったんだ」

「……へぇ」

 知ってるけど。その場にいたから。と、メグは答えなかった。

「先生、メグの左手のこと知ってたじゃない」

「ああ」

 そういえば何故あんなに詳細に左手のことを知っていたのだろう。その疑問はいまだに解消されていなかったな、とメグは目を細めた。


を、見たんだって」


 その瞬間。メグはあからさまに動揺した。けれど、マツリは変わらず空を見ていて、その様子に気づくことはなかった。メグは声をわずかに震わせて問い返す。

「……何、を?」

「よく分からない。メグ。八歳の時に、病院であの化け物を出したの?」

 そこで振り向いて、マツリはようやく彼の表情が険しくなっていることに気づいた。ぐっと左の手のひらを握りつぶしている。

「なんだそれ……」

「……他には、何も聞いてないよ」

 メグの心を読むようにマツリは言った。

「だけど、その呪いの手も、もしかしたら医学で……」

 しかし言葉を遮るように、跳ねるようにメグが立ち上がった。そして険しい顔でマツリを睨みつけ、叫んだ。

「その話はするな!!」


 ガシャン!!


「……っ」

 マツリは心が揺さぶられたのを感じた。びりっと肌がしびれる。背筋がぞくっとする。メグの剣幕に『怖い』と思った。

 足音が遠ざかる。気づけばメグは踵を返し屋上を出ていくところだった。訳も分からず動揺したマツリはぽつんと空の下に取り残された。

「……メグ?」


 さっき、大きな音がした。マツリはその音がしたほうを見やる。

 そこに何があったわけじゃない。ただ、大きくフェンスが揺れる音がした。何かを投げつけたような音だったのだけれど、目をらしてもそこには何もなかった。


 彼は、何を投げたんだろう?


 多分、それ、感情だ。



 第2話 終

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