第8話 ある交差点で
都市伝説たちが人々を襲う理由は単純だ。自らの行動が実を結び、自分の逸話が真実となったときにその変化は起こる。彼らはとある権利を手にいれるのだ。自らが人間となり、その都市伝説を伝播させる権利を。
人々が寝静まった深夜に彼女らは現れる。そこに種をまき、大いなる夢への礎とするためだ。住宅街でも高速道路でも学校でも、どこだってかまわない。噂をする者さえいれば、いくらでも広がっていく。
この日もまた、日ノ出海市のとある交差点にて彼女らは種をまいていた。小さな、しかし異様な気配を放つ欠片である。黒く淀んだそれが地面に落とされると時空に孔が穿たれ、都市伝説たちの通り路となるのだ。
「ささ、おいでなさい。わたしの導くほうへ。終点まで、夢のままに」
闇の中、四人の少女が孔の周囲で思い思いに過ごしている。ある者は都市伝説を呼び寄せ、ある者はにやつきながらそれを眺め、またある者は夜空にかすかながら浮かんでいる星座を指でなぞって暇をつぶしており、最後のひとりは目を閉じ黙って立っていた。
「おいでなさい……あれ、出てこないんですが。みなさ~ん、どうなってるんですか~」
「ドリームが怖すぎるんじゃないですか?」
「わぁ、アルファってば辛辣です!」
呼び出そうとしているのになかなか出てこないことを嘆く『ドリーム』。
彼女は交通局の制服に酷似した衣装を見にまとっており、白の手袋とタイツが闇に浮かんでいた。またシンプルな衣装ながら随所に小人のマスコットがついていたり、胸のバッジはかわいらしくデフォルメされた猿の形であった。
長く伸ばしているが毛先が切り揃えられている髪は赤みがかった茶髪で、街灯の光を受け鈍く光っていた。そこまではまだ少女としてはどこにでもいる部類だ。ただ右目の瞳が不規則に、まるで血飛沫を散らしたように濁っており、見えていないらしいのはどこにでもいるとは言えない特徴だった。
一方の『アルファ』も大胆に露出した太股の内側に赤・白・青の三色のカードが描かれたタトゥーが入っており、見れば忘れないだろう。もっとも彼女は逆さの十字架を描いた赤いマントや顔に張り付いている怪しい笑顔が不気味であり、それどころではないかもしれないが。
「苦戦中?じゃわらわがやってやろうかの?」
「とってつけたようなキャラ付けをやめろ、チビ助」
「チビじゃのうてこっくりさんと呼べ!エミリの脳筋!」
さっきまで星空をなぞっていた少女がドリームのところへ寄っていこうとして、残るひとりに文句をつけられる。なんだかんだ仲のいい姉妹のように見えなくもないが、ただの人間として見過ごすにはふたりとも異様だった。
まずこっくりさんと自称した少女。彼女はそう名乗るだけあって狐の耳としっぽを備えている。しっぽは話題に飛び付くこっくりさんのテンションを表すように振り回されていて、耳もぴこぴこと動いていた。まるで漫画のキャラクターのようで、まずこれをただの少女だと思う者はいないはずだ。
それだけならまだよくできたコスプレ少女と片付けられたかもしれない、のだが彼女の右腕はすこし常人のそれとは離れていた。いくつもの呪文で埋め尽くされたお札で覆われていて、その隙間からは真っ赤な組織が覗いている。お札が皮膚のかわりの役を果たしているのだ。こっくりさんはそんなことは気にせずにロングの金髪を揺らしてぷりぷりと怒っており、エミリと呼んだ彼女に対してそっぽを向いて反撃していた。
エミリのほうはまだこっくりさんほどは目立たない。だが、一度気づけばどうしても注意が引かれる。淡いピンク色のドレスはエミリのクールな顔立ちに似合わず女児向けのものだが、そこからすらりと伸びる引き締まった足が二本だけではない。中央、ちょうどこっくりさんのしっぽと同じような位置にもう一本あったのだ。壁によりかかるエミリをより安定させるべく身体を支えている。その三本目の脚には数列が刻まれており、何桁も並んでいる様は暗号のようにも思えた。
「無理に呼ぶから来ないのかものぅ。わらわが見張っておるから、皆は解散するとよい」
「こっくり。ここは私に任せてみない?私は話に聞く『メリー』に会ってみたい」
「おや、ぬしがそのような奴を気にするとはな。確かに同じ系統と言えなくもないしのぅ、任せるぞ、エミリ」
アルファもドリームも仕事をこっくりさん、あるいはエミリが引き受けてくれるとなれば楽で気分がよかったため、この話に異論は上がらなかった。放っておけばその孔からは一話だけ何かが這い出てくるだろう。そのおはなしが実現したのなら、この四人はふたたびここへ集い、今度は歓迎の笑みを浮かべるであろう。
◇
州手ルナがふだん通学に使っている駅までの道は意外に人通りが多いのだが、いつも平日の同じ時間帯なのでだいたい見慣れた通行人がいると「あ、あの人だな」とわかる。加えてルナは通行人にはなるべく元気にあいさつをするようにしているから、顔馴染みの人は快く返してくれるのだ。
もちろん初対面の人だって少なからずいる。そういう人はあいさつを返すのも照れてか気づいていないかでスルーしてきたりするものだが。
この日、ルナは交差点で信号をいつものように待っていた。待っていたところで、ひとり明らかに雰囲気の違う女性がいるのを見つけた。格好や容姿は特別目立つというわけでもないが、何故か他の人とは違う気がする。いつもなら、横断歩道ですれ違うときはあいさつは控えめになるのだが、ルナは知識欲の塊であった。彼女を引き止めて、どんな人なのか聞こうと思い、駆け寄っていった。
「おはようございます!」
大きな声でのおはようございますに注意をひかれてか、周囲の人々はルナと彼女に視線を注ぐ。その女性はルナのことを睨むように見ると、舌打ちをしてさっさと行ってしまった。初対面だとそういう反応もよくあったが、舌打ちまでされるのはない。急いでいたのなら、悪いことをしてしまったのかも。
残されたルナは信号が点滅しているのに気づいて慌てて渡りきって、あの女性の正体について考えながら、そして軽率な挨拶をちょっぴり反省しながら駅に向かった。
「そこの女、ひとつ聞きたいことがある」
突然女の人に呼び止められて驚いた。ルナに用があるようだが、聞き覚えのある声ではなく、また声色は道をたずねる旅行者などの雰囲気ではない。低くてドスが聞いており、いったいどんな怖いお姉さんに目をつけられたか、さっきの人の関係者かと考えながら振り向くと、思っていたよりずっと若くて同い年くらいの女の子が立っていた。
「メリーさんって、知ってるか」
ルナは心底から寒気がした。メリーさんのことを話題に出されたからではない。この女の子が持つ、先程の女性とは比べ物にならないほどの気迫を感じ取ってしまったからだ。教えてはいけないとルナの本能が告げ、有名なお話ですよね、とはぐらかすと興味を失ったらしく去っていった。
このときのルナはすこし疲れが出ていたのか、この女の子の歩き去る後ろ姿にもう一本足があったように見えた。
もし教えていたらどんな目にあっていたのだろう。そして、いったい何が目的だったのだろう。たったこれだけの短期間で二度も謎を与えられると、ルナは頭から離れないで一日を過ごすことになる。学校でゲートに話すのも考えたが、それは彼女への迷惑になるだろうか。
考え事をしているルナは歩くのがゆっくりになる。結果、電車に乗り遅れ、いつも降りている駅から学校まで全力疾走することになった。
「ぜぇ、ぜぇ……お、おはよう」
「お、おう、どうした。そんな息切らして」
「電車乗り遅れて……それで……」
「それは災難でしたね、どうぞ、荷物は持ちましょう」
駅から高校まではそう遠いわけでもないのだが、ルナには昨日の疲れがまだ残っていた。夜中にさんざん追いかけられて、ひたすら逃げ回ったダメージがとれていなかったのだ。
こういうときは、荷物を持ってくれたり背中をさすってくれたりする幼馴染みがいるとほんとうに助かる。ルナはクラスの男女の一部に向けられる視線にはまったく気がつかないまま、トラオとリュウタの両名に介護されつつ朝のホームルームを迎えたのだった。
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