第41話『ジョーといえば……』

***


 ホールの仕込みを終え、藤川さんがスタッフと場当たりの確認をしている間、私たちは特にすることがない。学生たちも放課後までまだ来ないわけだから、今のうちにスタジオを使わせてもらうことに。(……役得だ!)藤川さんの口利きといろいろ手を回してくれたことがこんなラッキーに繫がっているのだから、精一杯有効に活かさないと。


「さあ〜頑張ってレコーディングするぞ!」

「(キョトンと)え? 練習じゃないの?」

「一曲ぐらい仕上げたいじゃん、さてと」

「肩に来るんだよねっと」

「(ボディ裏がガリッガリに傷ついたギターを見て)あー! 常磐あんたなにしてくれてんの! レンタルで借りたギターに! 裏側がベルトのバックルでガリッガリと……」

「お、まずいんか?」

「ベルト外して弾けや! も少し気を使え」

「終わったら軽くポーンと放り投げようか、と」

「お前はピート・タウンゼントか。ピートもスタジオでそんなことせんわ」

「はい、とっととチューニングするよー」


 チューニングを終えガツガツと弦をかき鳴らし、感触を確かめる。そして、エフェクターを踏み込むと、スタジオ内は一気に曲のイメージするその音、その表情へと変わる。あるときは一体感を共有したあのときの狂騒、あるときは静寂しじまに垂らす一滴の雫、あるときは、海岸線へ降り立ったあのときの出来事……。


「ミッちゃん、ドラムセッティングは?」

「良いよ。じゃあ始めようか?」

「うん……こら。待った待った待った。常磐はどこに行った?」

「アイツまた……」


 なんて言っていたら思ったよりすんなりと帰って来て。


「すまん! 中5日で登板のウチのエースが粘りに粘って、見事便秘に完投勝利」

「くだらないこと言ってないでさっさと準備してよ! あんた便秘するほど悩みなんかないでしょうが!」

「……あるよ悩みが」

「——え、なに? なんかヤバいやつ?」

「ちょっとみっちゃん冗談やめてよ。こいつの悩みとかどうせ……」

「いや。今回はガチっぽい」

「実は……」ためにためて、常磐は青い顔で告げる。

「下痢なんだ。もいっかいトイレー」

「一緒に流れてしまえ、このウンコ頭——————————!」

「……譲葉、シモはよそう。みんなひくから」


「出物腫れ物所構わずってな」と言うに憚らす。

 常磐はスタジオの重いドアを軽々と開けて駆け出していった。私の頭痛の種は尽きそうにない。


「松田さんとはあれから?」

「ん? ああ。まあ一通り完成したら聴かせようか、と」

「こないだ何話したの?」


***


「君は例えばシンガーでジョーと聞いたら誰を連想する?」

「ジョーと聞いたとき……」

「大体の人はジョー・ルイス・トーマスだとか、日本だと昔ならジョー山中とか、君らのような流れでいけばビリー・ジョー・アームストロングかも知れない。パッと浮かぶものを口に出してご覧」

「じゃあ、ジョー・ストラマー」


 松田はにやっと笑い「どうして?」と尋ねる。


「『ロンドンコーリング』。が好き」

「いいね。僕も好きだ」

「フェス好きになったのも憧れからだし。とりあえずやっちゃえば何とかなる!っていうのも気持ちはそこから」

「へえ」

「悔しいことも下手くそで意味わかんないことして、怒られて馬鹿らしくなるようなこともあったし、いつも自分の居場所なんてないんじゃないかって思いながら誰かの目を見てる。だけど昔彼が言ってたような「居場所は絶対にある」ってことだけを信じていればここを居場所にしてくれる仲間はちらほら集まってくれるんだって」

「昔も今も変わらない、と」

「ひとりで歌ってたときも、変わらないものはずっとあるし。ただどうしたらより良い形でできるのか、笑ったり泣いたりしながら考えてます」

「同じだね。僕もだよ」

「そうなんですか?」

「額が大きいか、小さいか、違いはあるけどね。大きな金額が勝ち取れたら、その分ファンのみんなに還元出来る。そういうものだよ、幸せって。だから僕らを知らない、妬む人間からしたらどうしてあいつらだけが、なんて穿った見方をしてくるだろう。僕らだってそのつもりで君たちを引き入れたいしそれだけの額でプロモートしたいからね」

「何が魅力、なんでしょうか?」

「ファンを思うこと。フェスでの盛り上がり。ワンマンでもそれがいけると確信した、未来的な観測。動画PV数の爆発的な増加が期待委を高めているしね。よからぬ企みだって浮かぶぐらいだ」

「あなただったら、誠実だと?」

「願わくばそう思いたい。行して顔を付き合わせている限りは」

「——そこまで話す意図は」

「私たちの商品制作者マーチャンダイザーになって欲しい」

「マジェスタを代理店ディストリビューターに仕立ててか? なかなかなことを」

「手作業だと高くなってしまうのは現実にあって。そりゃ配信だけなら安く済むし、イベントに呼ばれていって物販でというのも理想。ただ数字を専門的に見る人がいるのはやっぱり心強いし、情報収集はお願いしたいもの」

「ファンとのコミュニケーションはこちらの役割だけど、業界とのパイプとなるとやっぱり……」

「餅は餅屋、だしね」

「分かった。ただ約束してくれ。よりクオリティの良いものを追求したいなら、マネジメントと共にエンジニアを提供させて欲しい。それだけはこちらからのお願いだ」

「それはもう。そうして頂けるなら、ありがたいし願ってもないことです」

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