第40話『あんたに誰も手を差し伸べやしない』

 その時その子の事を思うとどんな顔していたものか想像がつくし、どんな気持ちだったか察しがつく。


(……私、何でコイツに見とれてるんだ?)


 ただ呆然としたんじゃない。茫然自失していた彼女にはきっと金髪の、やってくれたひとつひとつが羨ましく嫉ましく。


 ああきっとこいつ悩みなんかないんだろうな、悩みとかなぎ倒していくんだろうな、金髪なんて就職ほぼないじゃん。底辺じゃん。自分さえ愉しければいいのかよ、なんて見てて腹が立つのに、私は何も出来ないで立ち尽くしただけ。


 だから、金髪につぶやいたんだろう。


 ——ああ、だっせーな。ほんと。


「ん?」

「必死こいて頑張ってんのってやっぱダサいよな、て。あんたに言ってもしょうがないけどさ。しょうがないんだけど、どうしようもないことに私は何も出来ないし思うようにならないし、さ」

「(用を足しながら)ふうん」


 この時間にここにいる、と言うことはその子はきっとホールのスタッフかも知れないし、うっかり早く来すぎた女子高生かも知れない。ねえ、どうなんだ? とバカに聞いてみれば、と言う出で立ちで。ああ、そうなると、ここのスタッフなんだろうな。藤川さんの下に付いているのかな? 


 フラストレーション溜まるのかな? 悩むのかな? 似合わないことやってる、とか思うのかな? みんなに喜んで欲しくて、給料安くても、徹夜でも、我慢して我慢して、ここまで来たはず。「いつか私だって」なんてなきゃ続かないし、やってられない。さもなきゃ最強のお人好しかマゾヒストだ。


「知ってる? あんたに言っても仕方ないけどさ。裏方なんてちょっとヘマすりゃ怒鳴られ、最悪嫌なヤツに当たればナグリを投げつけられ、納得いくまで寸暇を惜しみミリ単位で場当たりを調整し、イコライズを調整する、演出が、演者が「海辺が欲しい」と言えば二つ返事であらゆる海を舞台に再現する、『』で生きるなんて、よっぽどの変わり者じゃなきゃ務まらない。そして今日も「誰かのために」遅くなる。歩みを止めてしまうんだ」

「嫌いか、今の仕事?」

「したかったわけじゃない。ホントなら表に立ちたかったし」

「女優か何か?」

「そんなとこ。オーディション全部負けてるからもう無理かな、て。「コレに賭けよう」って思ったやつにもさっき落選の書類が届いたし。向いてなかったんだよ」

「情けないな。早えよあきらめんのが」

「しょうがないじゃん。身の程を思い知るよ」


 長い台詞をまくしたてるように彼女は己の嘆きを常磐にぶつけていく。用を足し終えたのに小便器から離れられないじゃないか、と途方に暮れたという。

 

「嫌なのが出てるんだろうね。「いつかコレも学びだと思って、自分からしたいと思う時がくるよ」なんて先輩が言っていた、まるで死体蹴りのような言葉。そんな「したいこと」なんて上手くいかない。あなたの助けになるなら、と思うのが世の中のすべてなの? それが自分にとって何になるの? なら最初に私のこと助けてよ、救ってよ、ねえ、こんなはずじゃなかったのに……」 


 常磐は一時考えてから彼女に告げた。


「そんなこと似合わない、と思うなら離れてしまうのが一番だ。いたって感謝されやしないし、この世界に無関心なあんたに人は誰も手を差し伸べやしない」

「……どこに行けばいいのよ。こんなんになるまで頑張って結局何もない」

「そう思うのまずやめたら? 結果は、まあ大事だけど結局さ。感謝も何もない、素直になれないまま、ずっと過ごすんだとまあ何やっても虚しいもんだよ」

「……」

「便所で何人生語ってんだか。まあ、イヤなもんはスッキリ流れたし、あんたも! スッキリ流してとっとといけ! いけば分かる!」

「い、いけってどこによ……」

「(彼女の顔を眺め)まずは鏡だな。そしたら明日どうしようか、わかるわ」


 彼女は手洗いにある鏡を見た。涙を流したせいか、酷い顔をしている。「顔、洗わなきゃ」とその場で軽く流して再び顔を見る。腫れぼったい自分の顔に少し笑う。


「良いじゃん、その笑顔」


 ——結局さ。彼女は金髪に最後まで「ありがとう」と言えなかったんだそう。でも後で会ったときに聞ける物ならそれで良いと思う。思いどおりにならないほど素直になれないもの。私も、それは分かるし思い知ってる。だからこそ、ありがとう、ということばを忘れたくないんだ。


 言うとおりの話なら、ね。


「……とまあ、そういう深い話があってだな。人ひとり路頭に迷わす事なく救ったわけだ。トイレも人の心もスッキリ! ご静聴ありやとやんしたー」

「……おい?」

「は?」

「トイレが詰まって女の子が困ってた? 助けたらどやされた? んな都合の良い話があるかあ-!」

「いやマジ、マジなんだってば! 怒らないで話を聞いて!」

「聞いてられるか-!」

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