第37話『人生自体わがままに思い描けない事で』

 松田剛と出会ったのは奇妙な縁だった。先日のサムフェスでミッちゃん目当てで観に来ていた私たちを見かけたといい、ホイホイと近寄ってきたのだがその時は正直話半分で聞いていた。大手『マジェスタレコーズ』と聞いても今さらメジャーに拘束されるなんて、という気分があったしアルバム制作に入る段階で『私たちのグループによそ者が入ってくる』ようなことは当初はどうにも乗り気がしなかった。


「しかしプロのミキサーもエンジニアも雇わず宅録なんぞに頼ってクオリティが……」

「クオリティはリスナーが保証してくれている。録音スタジオの木の材質だとかアンプの品質に拘るより、リスナーは「今、私の思いに寄り添ってくれるのか」で選ぶ。昔も今も変わらない」

「……」

「いい音で取りたいなら良いだけ金が貯まったときに改めて考えるしそれがファンの望むことなら喜んで。でも今はそうじゃない。とにかく思いを作り、届ける時間だ」

「なるほど」

「私たちにもやる事に限界はあります。発信して届ける。でも作る枚数に限りは出るから多く届けるためにメーカーに頼りたくなるときが。スタンスを変えず販路を広げていきたい」

 

 松田との会話はまるでカウンセリングだ。プロデューサーとはえてしてこういう存在なのか、そう疑念を持つ。思わず疼いてしまう。

 

「そうだ。最初に出会ったマネージャーのこと、覚えてる?」

「指宿さん、ですか。よく、まあ」

 

 指宿佳代。最初に私を見出してくれた、和真の面影を見つけてくれた人だった。私は彼女に「何年かかるか分かんないけど、私が付いてやっていくから」


 気長で、言ってしまえば冗長で、でもゆっくり伝わっていけば、と思っていた。

 実際見るとやるじゃ大違いで。

 やるたびに悩みが鬱積するばかりで。気分を変えよう、新しい世界を知ろう、と色々な世界を見に行った。

 

 彼女が「実家の都合」でマネージャーを辞めることになるまでは。

「なんで?どうして?」と初めて私は彼女に問い詰めた。いなくなる事がつらく、味方を失う事が辛く、後任に誰々が、と言われてもピンと来ず、最後に「最後までそばにいてやれなくてごめんなさい」なんて言われて。


「最後も何も……」

「ずっと一緒に出来たら、なんて何度も考えた。だけど、あそこには私しかどうしようも出来ないの」

そう言われると、何も返せなくなる。

 私は親の事を置いて、なんて強く言い出せなかった。こんなゆったりのんびりとしたペースに彼女を巻き込むわけにはいかないし。

 だけど非力を感じて。若いんだろうな。もっと力があれば、もっと勢いをもっとやれば、もっともっと……。

 降り積もり続けるものを溜め込んでいくしか今はないよね、と受け入れて。


「わかっています。私は大丈夫です」


 そう答えるしか、笑って送り出すしか、ないよな。


 バイバイ、それを沢山繰り返し。人は誰かの思いに自らを重ねていくのでしょう。

 

 ひとりでに「私が私を守らなきゃ誰も守ってくれない」とその日から思い知る。だからあそこでいつかが来るのは分かっていたし、もしかしたらなんて考えたりもしたけれど、ありもしない事に期待することはやめた。


 あそこでもっと、なんて結局何もしていない自分に腹立ちを感じた。ありもしないことばかり考えるひまがあったら動けばいい! と何度念じたか。

 ひとりきりになって色々と見たけれど、私は私の作るものに対して一番の傍観者だった。見殺しにしてしまっていた。それが全てに繫がっている。


 何もしてくれない実家だ。背負うものだけ背負い込ませてくれた実家だ。海岸線から遥か遠い、あんな家振り返ることはないじゃないかと思うんだ。

 だけど、何とかしてやらなきゃ、と思うものなんだ。目の前で見送るしかなかった彼女をいたずら心でもいいから、魔法をかけるように守れなかった負い目、親のことを守れなかった負い目、唄を仕事にしていくといった手前売れなきゃいけないということは何かを譲らなきゃいけない。壁に向かってこの先いつか誰かが聴いてくれたらなんて、シックスセンスにまかせておいて、そんな間抜けなことやって一体誰が目を掛けてくれる? 


 全ての出会いは、チャンスだ。人生自体わがままに思い描けない事で。 

 だからちょこちょこと何のために生きるのなんて、いちいち聞かないでよ。ねえ、ねえ。

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