第33話『汚れちまった悲しみに』

「……はあ。雑誌並べ終えた?」

「お。今月の『シックス・ナイン』じゃん」

「こっちもフェス特集らしいですよ。俺も行きたかったですけどね、フェス」

「ここ2、3年ご無沙汰だわ。忙しくて行けてないし」

「なんなら見てみます?」

「え?」

「『サムフェス』だったらダイジェストだけど『Huru《フーリュー》』で見られるみたいすよ。ちょうど今日は『ルーキーズ・ア・ゴーゴー』のUP日だし。」

「ミキちゃんまじで??!」

「へ〜便利だね。この際だ、見ちゃおうぜ! 客寄せに一挙放送! 思いっきり流しちゃおうや!」


『Huru《フーリュー》』は月額980円でドラマ、アニメ、エンタメ、スポーツ、ライブ等20000本以上の作品が見放題で楽しめる動画配信サービスだ。先月の『サムフェス』も『Huru《フーリュー》』で独占配信中だ。


「ちょっとあんたたち、始業前——」

「あー店長店長! これ絶対販促に使えますから」

「ホントかよ!?」

「いやマジで。マージーで、使える!」


 わたしは頭をボリボリかきながら、その実この反乱をほくそ笑んでみていた。いいぞ、もっとやれよ。煽れよ、と。


「んじゃあ楢崎、あんたコレこのパソコンに設定できんの?」

「あーチョロいすよ。観ますか?」

「じゃあ頼むわー」

「任された!」


***


『ルーキーズ・ア・ゴーゴー』特集は『DIEING MEMORIES』のライブから始まった。彼らの身上とする生活密着型ロックは朝の会話によく馴染む。


『そんじゃ一曲目参ります。毎度おなじみ『ポケットティッシュじゃ残せない』』


 どんなに溜め込んだあの子の思いも〜

 ポケットティッシュじゃ溶けちゃうよ!

 あの子のために何度も流した涙も

 ポケットティッシュじゃガビガビだ〜


 あーあー流れちまったこの悲しみを〜

 どこにぶつけちまったらいいんだい!?


 また配られるやつにぶつけちまおうか〜

 今日もお姉さんにポケットティッシュを貰おうか?


「ヘイ!!」

「朝から下ネタか!??」

「た、たまたまです。ぶら下がってないけどたまたま……」

「放送局も忖度しろよ! 流す時間てのがあるだろがあ!」

「他にもいい曲あるんです。『アタリメはカンで切れ』とか」

「わからん。わたしにはまったくわからん」

「ここで叫ぶんです、はいいっせーの」

「『カン!』」

「か、カン……」


 ハイタッチしあいノリノリで弾む面々をよそに完全に出遅れたヒロコは気まずさをはぐらかそうと話題を逸らす。


「そ、そういえばさ。知り合いの子がミュージシャンやってんだけどさ。その子もさ。いつかこういうトコ立てたら凄いんだけどね。ま、まあ実際問題難しいよね。最近はアイドルとかも立ってるみたいだけどさ……」

「ま、正直いきなりぽっと出ていきなりぽーんとかたやすく立てるようなとこじゃないですからね」

「でもさ、その子結構健気けなげに頑張ってるのよ。ラジオのアシスタントやってアコギで健気に曲作って、でもそういう子ってこういうフェスになかなか結びつかないっていうか……」

「——へえ。ラジオ番組ってどこの局でやってるんです?」

「確か分化放送じゃなかった? 深夜枠だったからアタシ聞いたことないんだけど」

「お、次は『ランドスケープ』じゃないですか。ダンサブルロック!」

「お、マジですか。朝からこれは首や腰に来ますなあ。頚椎見てもらいに行きますか?」

「そんときゃ早退でもしますか楢崎氏うじ

「そうですなあ前園氏うじ

「——何、ふざけたこと言ってんだ!?」

「……さーせんした」


***


 ヒロコがひとしきりバカふたりを説教した後『ランドスケープ』の演奏を見てみることに。なるほど、さっきの『DIEING MEMORIES』は(世界観はともかく)ストレートなギターロックバンドだったが、この『ランドスケープ』は同じギターロックでも中々の技巧派だ。タメを作ったりアルペジオから三曲目に流れていくあたりバンド内でアンサンブルを相当練習していないと出来ない技だ。


 オーディエンスも聴くことに徹しているのがよく分かる。無闇矢鱈に踊り狂うというより、銘々で軽く頭を振り、音を楽しむ感じが紙面からでも伝わるし、映像を見てそれが確信に変わった。特に三曲目の『天使の誉れとは?』が印象的だった。どこか日本人離れした感じも好きだ。たまに出てくるこんなふざけたセンスした連中が。

 何食って、何飲んで過ごしたらこんなふうに育つんだという。そしたら案の定『帰国子女でした』とかいる時あって、でもそうじゃないときもあるから音楽はわからない。彼らは一体どこで何を拾い食いしてこのセンスに行き着いたんだろうか?


<夜空を見上げる星の数だけ、君を堕落させる確信を得た>

<そうね、宵のうちに幾千の嘘を吹き込めばいいのだから>


 なんだろうこの感覚、曲を聞いていれば騙されてもいい、となるよなそんな気持ちを抱かせてくれる。彼らが奏でたら、たとえこの場が昼でもそこはもう夜だ。艶めく怪しい熱帯夜だ。


「店長、エリアマネージャーから電話です」

「ああもうこんな時に。開店1時間後にしろって言ってるのに何なのよもう」

「いやもうすいません」

「ミキちゃんに言っても仕方ないんだけどね。なんだろねー」

「店長そろそろオープン前ですけど」

「品揃え確認済ませたんだろ楢崎?」

「バッチリ」


楢崎は親指出してサインで示した。


「あのさあ、みんな踊りながらで悪いんだけど、10時オープンだからそこのところだけ忘れないでよね?」

「「「わかりましたー」」」


 慌ただしい中バックヤードで取り次いだエリアマネージャーからの電話は単純至極で。


 ——スタッフひとり削れ、とのこと。


 このまま売上取れなきゃ今後2人店舗でも回せるだろうとのこと。粗利を見てもこのままじゃやっていけないし打開策を打って出ないと退去処分受けるのは目に見えている、と。

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