第29話『譲れない時間、譲れないもの、譲れないこと』

 オーディエンスがポツポツと集い出しオープニングの間にミッちゃんがドラムチェアに腰掛け、常磐と私それぞれの位置に板に付いた(所定の位置にポジション取りした)ところで音がフェードアウトし、照明が一斉に明るくなるとともに爆音を全員一斉でブチ鳴らしていく! なだれ込むように一曲目『宣誓粛々と』へ突入する。

  


 宣誓を粛々と告げるのは決まって朝の日のことで

 私たちのけだるさをを粛々と糾すためであり

  

 パンク少年が今や愛国者気取りで

 なだれ込んできた偽りのピースメイカー

 颯爽と殴りつけるよな世の中で

 わたしそれ言おうと思ってたんだ

 いいだけ言葉で殴り斬りつけて


 でもわたし次の仕事決めて

 トイレで隠れてから言おうと思うからなんて……

 弱気決めてるから進みやしない憂うべき現状! 現象!


  

 ヴァースとリバースに入るその間に常磐と合わせてギターを振り上げる。時折そんなプレイを合間合間に挟み込んでギターを振り上げては下げてを繰り返して、飢えたオーディエンスを煽る。新鮮に感じるか? 軽く差し込むこのアクションがジミ・ヘンドリックスへのオマージュだと気付くのはさていかほどか。


 でも私にとってこれは本当は、ジミヘンから直接影響受けたわけではなくて。いわば伝承、系譜、流れを受け継ぎ受け入れた結果行き着いたもので。私がものにしたときには、そのオリジナルがジミヘンなんだ、という「後付け」に過ぎないだけで。私はジミヘンがこのアクションを取る姿を見たことが一度もなく、彼から聞いたことをそのまま受け入れてやっているだけだ。「こんな風にやるんだ」と知ったのはもう少し後の事で。


 きっかけは横浜の対バンの時、ある先輩バンドから教えてもらったこと。何だかその仕草がかっこよくて「取り入れちゃっていいですか?」って相談したら「元ネタ知ってる?」って言われて「ジミヘンですか?」って即座に答えて。「若いのによく知ってるね?」って意気投合して。早速承諾を得て取り入れた。知識とやるのじゃ大違いで。ふたりで合わせてやるのに結構コツを掴むのが大変だった。ただ先輩バンドのみんなに褒められたことがひとつ。

  

「あんた、今時珍しいね」

「え?」

「最近のやつはどいつもこいつもエコノミーピッキングばっかりやりたがるのに、あんたはちゃんとオルタネイトピッキングを抑えてる」

「ありがとうございます」

「一体誰の影響なんだ?」

「最初に習った人からの影響です」

「そうか。大事だよな、そういうのはやっぱり」

  

 ——遡ってみればこれは染み付いたものが剥がれ落ちないでいるんだ。どうしても。

  

 高校時代最初にギターを手にしたとき、習った相手が平林和真で。彼が丁寧にペンタトニックスケールを手ほどきしてくれたときから、私はこの形だけは『彼のこと』を背負っている。譲れない形がある。

 それに勝手気ままにやるバカを支えるにあたって、立ち返る必要があった。必要に駆られた。その勢いに駆られたままコーラスへと紡ぐ。

 

 

 それで生きているの?

 それで血を通わせているの?

  

 宣誓粛々堂々と決め込むなら

 この場に立って朝日に向かって叫べよ、ハイ!


  

「ウーオオー! オオオ! オオ!」 とクラップハンドしながら煽る間にオーディエンスの感度を私は確かめる。

  

 今日の反応は上々だ。この暑さにもだれてない。上手かみて下手しもても行儀がよろしい。じゃあ後は暴れろ! 私は人差し指でクイ、と誘うようにゆっくり折り曲げて誘い頬を塗らす汗を拭いピックを客席に放り投げ、新しいピックを口に咥えるとそのままギターソロに傾れ込む。ここから常磐とバトルの始まりだ。

 ギターソロになればゲインを上げノイズコントロールし、ギターをななめに構え天に向かってあげたり地に突き立て唸らせたりし。そして一気にフィンガリングからタッピングへ、口に咥えたピックを指に挟むと弦をまたかき鳴らして左手を力強く振り上げアームを掴みフィンガリングで高音域へとじわじわと登りつめさせ最後にトレモロアームをキュンと唸らせソロを締めくくる。

  

 宣誓、粛々と決め込め 

 宣誓、粛々と決め込め

 宣誓、粛々と決め込め

  

 引き出しにしまい込んで

 今は見なくてもいいから

 ……なんてとっとと引き出しから開けてしまえ!

  

 ——君に届ける日には、そのことば、ぶちまけて美しくなっているかな?


  

 一曲目を終える頃には早くも何人かのオーディエンスがステージに上り自発的にモッシュ&ダイブを始めた。力尽くで止めるイベントスタッフの制止も聞かず形振り構わずだ。拳を上げ体を揺らすその光景ははるか向こうの波しぶきがさざなみに見えるほど、大きなうねりとなって見えた。振り上げた拳ひとつひとつが大きな波飛沫に思え、歓声がステージを揺らす。これに飲み込まれたら感嘆なんてショボンと沈められそうだし、乗りこなせば誰よりもどこまでも高く登りつめられる、咄嗟にそう感じた。

 私はだからこそこの夏の危険な香りを制さねばならないといち早く感じた。

  

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