第18話『間違いなく世界はほこりにまみれて——』

(なんでアイツ、一緒に居てくれなくなったのかな?)


 常磐が居付かない。あまり一緒に居ないとやっぱり何だか私もくすむ。別にアイツを抱いた覚えもない。勝手にキスされただけだ。潤いなんて、それで湧くものか。ああ、それさ。ちゃんと愛を紡げよ。僕らはヒーローになりたくてただ愛をむさぼって手と手を紡いだんじゃないのか!?

 とにかく無性に腹が立って。あめにずぶ濡れた私はあんた如きの温もりだって恋しくなった。潰れたもの、詰んだもの、搔き切った弦に焼き切った喉、あゝあゝ誰でも良いからなんて一番言ってはいけない。誰彼構わず振りまく優しさなんて、時に残酷な刃になるのだから。 

 雨まじりにひと思いにしてぶつけてしまいたいことがあった。


 ——臼杵に残した親のことだ。


 遺書めいたよな手紙と電話で実家の現状、と言うより惨状をぶつけてきた。数日前に母さんから電話があって「ゴメンね」、なんて小さく呟かれた。「お父さんが病気がちになってから経営は思わしくなくて、開けたり閉めたりが続いたりして銀行の支払いが滞って、このままじゃ多分近いうちに不渡りを出すだろうね」、と。恥はいっときの事かも知れないけど、帰るうちをなくしてしまうかも知れない事を許して欲しいなんて泣きついてきて。お金の無心なんてされても私だって全然あるわけじゃない。


 弟の武彦からはひんやりとしたメールがやって来て。「あんたはイイよ。好きな事好きなだけして。オレは結局金のせいで可能性を潰された。あんたが家を継げば、俺が自由にやれたのに! こんなふざけた話あるかよ? なんで俺があいつらの金ヅルになんなきゃいけないんだよ! 大学も結局行かせてもらえないでさ、働いた分だけ金をせびられてばっかで。こんな馬鹿みたいな話あるかよ。あんた何やってくれたんだよ!」と。あんただって好きにすれば良かった。好きにする事は出来た。先に結婚だってしたし子供だって先に作った。好きにしてるじゃないか、あんただって……。


 だからと言って私だって何もしなかったわけじゃない。学費は結局バイトで稼いだ。あんたに言いたいことはまだ山ほどある。あんたが加担した同級生へのイジメのおかげで民事で裁判起こされて、両親始め方々ほうぼうに謝罪と多大な弁護士費用がかかったこと。今だにそれを払い続けてるし、(少しくらい本当は)謝って欲しいけど、誤った道に進んでくれなきゃそれでいい。


 さあて、と蹴伸びして背伸びして、私はどの方向に舵切ろうかと思うけれど「何でかな……」と思うことばっかで。

 雨がいつの間にか止み雲間から差し込む月明かりが薄っぺらい金色に見えた。

 何もしなくったってみんな何かしていて、ああ良いな、と羨むことばっかで、なにもしないように眠ることでとりあえず今は待つことも大事なんだと思う。


 ひとりでに咲いちゃったって、こんなに虚しくてさ。明日につながるよなことを何度繰り返してまた挫折して、喚いて吐き散らして、昨日を妬んで。


 ——私は常に『正しいこと』をしている。独りよがりで信じたって踊り疲れたりして、誰かのせいにさえしたくて。いいじゃないかもう。いい子ぶるなんて。


 誰かにそうやって謝ることも多かったりしたけれど、誰かにこうして救いを求めたりとかしたかったんだ、本当はね。


 本当はそうやって許しを請うばかりじゃいけないことに気が付いているから、表面的な「ごめんなさい」の言葉なんていくらでも呟けるものだし、私はあなたに彼を重ねてばかりで自分を隠してばかりいた。


 最近特に自分の顔もまともに見れなくなってきていたから。色んな顔色が私を伺いながら、愛してくれたり、傷つけてくれたりして。


 でもその度に立ち上がることも知ろうとして、ひとりではやっぱり辛いよねっていう結論から始まって。何が一番いいんだろう? 私にとって一番ふさわしいもの。


 ごめんね母さん、置いてけぼりにして。ごめんね、武彦。あんたがそうやって人を傷つけることを止められなかった。


 ——ごめんね、あの街の思い出なんてろくにいいものが全然浮かばなくて。


 ***


 思っているうちにだ。武蔵小山をとうに通り過ぎ、天神様をよそ見のまま西小山の自宅に帰り着いていて。目の前には赤い革パンツを履いた奇抜なアイツが立っていて、何でこの場で立って待っているのかよく分かんないんだけど、ずっと待っていてくれたのか、そんなはずないよね、とかそんなこと思いながらとにかくそれを見ると私はずぶ濡れの上からさらに頬を濡らすハメになった。


「常磐……」

「いいから黙って家に入れよ」

「……お前んちじゃねえし」

「まだそういうこと言えるだけ大丈夫か」

「ゴメン、もう私何も出来ないよ」

「そりゃそうさ。いい加減後ろばっか見るのやめりゃいいんだ」

「だって……」

「だって、なんだよ?」

「だって……私の代わりなんてどうせ他にいるし。代替品なんていくらでもあるんだからさ。ノコノコ上京してきて夢にうなされて夢に敗れて、死ぬまで「ああでもないこうでもない」って頭の中で反省会繰り返してダメ出しの嵐だよ! あんたはいいよ、あんたの代わりは他にいないからね。あんた以外に誰がいるんだろうね?」

「もういいだろ? 誰かの代わりで埋め合わせんのは?」

「何も知らないくせにえらそーに。お前なんかなんにもな~似てねーんだよ! あんたはあんたでしかなくて! 羨ましいわそれが、ちくしょー!」

「だからムカつくんだよ、俺だってさ、うんざりするよ。お前が俺のことコソコソだかコピーロボットみたいな扱いで見られてんのがよ!」

「……しょうがないじゃない! あんたのナリからカタチから、私にとって後ろ向きの思いそのもので……」


 常磐は壁を蹴飛ばし声を落として私に告げる。


「——死人と一緒にすんなよ。俺はまだ生きてる」

「ゴメン……なさい」


 命果てるまで、君を愛したい。そんなことは当たり前だ。あからさまに知らせないだけで。

 形がないから、伝え続けたい何か特別なことをしたいわけじゃない。ただふたりで生きるために愛ある日々を過ごそうと常磐は私に告げた。命尽きるまでたったひとつだけ嘘を守りたい。そう胸に秘めたまま。


 間違いなく世界は誇りにまみれて、アオアオとして毎日育っているんだ。

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