第16話『チャンスのライン』

「今後最悪の場合、土肥さんがストーリー立てするみたいだ」

「え? 本当に!?」

「住友さん、降りるつもりでしょ? 最初はさ。『住友朝夏すみともあさか』の名前に惹かれて買う層も取り込めるとか、色々とねえ、考えたんだと思うよ。とんだ皮算用だよね。あの人確かに『煌天こうてんのアルテナ』で有名になったけど、どうせあれケータイ小説の原作ありきだし。本人は裏じゃ割と『シリーズ潰し』で有名だし」

「えー……」

「これも潰されるのかな……ていうかさ、俺らとか使い潰しでやってるんじゃないってのにさ」

「じゃあ、植田くんさ。どうしてあの時言わないのよ?」

「いやそりゃさ、まず仲良くやんなきゃ形になんねーじゃん」

「形って、仲良しこよしのザマ見せてちんたらやってたらこの結果だよ! 意見に仲良しこよしも関係ないよ! 食い違ったって、「面白くない」なら突き返して「面白いもの」出させるべきだったんだ」

「無理に決まってんだろそんなの! こっちからそんなことどうやって言えってんだよ!」

「そうだね。ヘラヘラと過ごして言われるままにやるしかないもんね。あんたのキャパシティじゃ」

「ケンカ売ってんのかよ……」

「これがSNSにも何の話題にも登んなくて清々したって思ってんのよ。このまま続けるならあんたにその覚悟があるのかないのかはっきりしてよ? さもなきゃ私は降りる」

「……」


 今江さんの切れっぷりは凄まじくて。植田さんはそれ以降しばらく考えたままなのか、俯いてただ黙っていた。

 住友が続けるのなら今江さんは降りるのだろう。今さらあの住友がどんなストーリーを組み立てたところで今のモチベーションじゃ何ひとつ熟すつもりはないだろう。

 私は少し風に当たりたいと思い、スタジオの外に出る。


 ***


 階段に座っていた西山さんは暗い顔のままだった。

 どうしても晴れやかになれないのは、こないだ話してくれたゲームのヒロイン話。そのゲーム会社が倒産したという。急成長を遂げた会社だったのでその倒産劇はかなり話題になった。スマホゲームアプリから話題になった会社だったが、終焉はあっけなく、アプリのコピペを繰り返したことによるネタの手詰まりが致命的だった。ユーザー離れが超加速的に進み、遂に2度の不渡りを出し倒産となってしまった。


「嫌なことって、重なるもんだよね」

「で、でも、良いことだって思いがけず重なる時があるっていうか……」

「……ありがとう。気遣ってくれて」


 西山さんは上京の際に大阪の仕事を全部捨てた。新しい自分になるために。でも振り返るべき過去さえも失ってしまった。こんな理不尽もあるのかと思うと春だというのに切ない。別れの季節だと言うけれどもさ。そんな立て続けにしなくても良い。気持ちが整わないうちに次々と来られたところで何の対処も出来ないでしょうに。お互い座り込んだまま、だんだんと曇っていく空をぼやっと見つめた。うなされるならもっと良い熱にうなされてみたかったのになあ、とお互いに思っただろう。


「こうなるとやりきれないね」

「このまま終わるのはいやですね」

「あなたはこのまま続けたい?」

「続けないと、次が見えないです」


 一呼吸置いてから、西村さんは私に話してくれた。


「私はね。ちゃんと勝負してみたかった。ただ『続ける』って言うことより私の事を見せなきゃ、と思って。だから過去を大阪に全部置いてきた。あんな風に無くなったのは残念だけどね。だけど、遊んだ人の心の中にずっと残っているわけだからそれでいいじゃない。今の私の勝負がそうやって巡らなくなることのほうがよっぽど…ね」

「……」

「あなたは若いから良いわね。チャンスが巡るしチャンスのラインを自分で切れる」

「チャンスの、ライン……」

「一線を越えるかどうか、私だってみんなだって次の日のことはわからない。だけどチャンスのラインを切って走り出して今日を生きてるの。ただその回数が少なくなる気はした。それが「年を取った」って事なんだね」

「西山さんだってまだ始まったばかりなのに……」

「一線はね、元々どんな人と紡いでいくのかが大事なの。良い機会が巡ったと思ったんだけどね。あんな事になって、気まずいじゃない。それに——」

「それに?」

「昨日ね。彼に「もう結婚しよう」って言われて。大阪の頃から付き合っている人。向こうは普通の会社員だけど、転勤は多いし上京したのも彼を追いかけることも半々あった。多分一年もしないうちにまた地方に行くでしょうね」

「でもそうなったら……」

「付いていくでしょうね。置いてくなんてちょっと……なあ、と思うし。もしも声の仕事がうまくいけば、なんて思ったけれど。やっぱりそうそううまくいくことはないみたい」

「それで夢と距離をおいて、平気なんですか?」


 西山さんは一時置いてから、柔和な顔で答えた。


「好きな人のためなら、生きる流れもそれに沿うものに変わるわ」


 時間切れ、なんて意識したことはなかった。

 嘘。時が止まれば、と思うことは度々あった。時間から逃げたい事は毎日だった。

 外階段の欄干にもたれかかって「私は「彼」の事を地元に残してきたままずっとひとりでした。もう電話しても手紙を出してもいないし、似たようなものを眺めて代わりを求めても、彼は何も言わなくて。電話したところでいつも家にいなくて。いる場所はわかってるんです。何年も経ってしまったけど変わらない場所で変わらない姿でいて。私はもうあの頃に戻れないから」と吐露していて。

 西山さんは黙って聞いてくれた。


「今を、大事にしましょう。お互い惹きつけ合うものがあるのなら、もっとそれを心のままに楽しまなきゃ。私は夢を心のままに楽しめなくなった。だから、少しずつ距離をおいていく。あなたは今ここに惹きつけられるものがある?」


 少し考えてから「探ればまだきっと」と答えた。


「頑張って」

「……はい」


 陰りから色を失っていた景色に春の色が戻ってきた。

 私たちは中に戻ることにした。

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