第3話『東京の空はこんな灰色の空より眩しい』

 醜聞だらけの雑誌を顔に乗せながら向かいの列車を眺める。

 あと30分もすれば乗り込むのだろう大分行普通列車。そして乗り継いで、福岡経由で東京行だ。


 夢枕にあなたと出会うときめきを願う。

 ふと再び……君に巡れ、と。


 ほぼ均等に並んだ蛍光灯のライトフレーム。瞬きがぼんやりと鈍っていく。

「東京の空はきっとこんな灰色の空より眩しい」と夢に描いて、あなたに寄り添って一緒に羽根を伸ばして行きたかった。


 <……間もなく1番ホームより『大分行普通列車』が到着します>


 真向かいにある道を目印にしていつも通っていたね。あなたの顔色をそっと伺いながら。

 今日の空色とコントラストを目元で調整する。指先でじっくり確かめて。

 鳴り止まない頭痛だって、長く付き合えば良い加減分かり合える仲になる。ぱったりと出会わなくなる人より余程心の機敏を読み取ってくれる。

 あなたはいつか言っていたね。人は自分の事にかまけてばかりで、容易く傷つけ合うばかり繰り返してくれるから、波打ち際に書いたメッセージを忘れてしまうようにきっといつか君も僕を忘れてしまうだろうと思う、と。

 ああ、そんなことしてしまうものか。

 今度また帰ってきたら、あなたに話していない4年間のこと、海岸線に打ち揚げる波に打ち明けるよ。何度だって。何度掻き消されても。


『――あんたが憧れた『東京』て、そんなに才能ある人ばっかりだった?』

「うん。あれじゃあ正直かないっこないや」

『あんたもう諦めちゃうの?』

「うん。いいよね、なんだか私が正直出来ることなんてそんなにないし。どんなにやっても目に留められないこととか、全然違う受け止められ方することとか、もう限界は感じてたしさ」

『……ちょっと譲葉、諦めるの早くない?』

「だって、あの光景見たわけじゃないじゃん。見たら分かるよ。どんだけ『差』が酷いか。もう思い知らされちゃった。だから、もう良いんだ」

『だけどね、後悔はしないの? あとで思い出したって、若いときは一回しか……』

「もういいって――!」

『ごめん……もう何も言わんわ……』


 帰ってくる前、私は本当はもう東京になんて二度と踏み入れるつもりがなく、毎日のように母とケンカして、いつ荷物引き上げてこっちに帰ってくるか、バイト辞めていっそ手当たり次第何でもいいからインターンで就職するかとか、そんなことばかり話していた。子供じみていて、大人になりきれないままな制御出来ないことばかりな人生行路で。上手く行かないなんてヤケになると黒く塗りつぶすばかりだ。まだ始まってもないのにな。恥ずかしい。


 そうだよね。歌うことに『プロの資格』なんてライセンスはいらない。ひとりずっと歌い続けて独りよがりななままに終えても、私があなたに聴いて欲しいと願う限り歌は鳴り止まない。


 きっと和真は思いもしなかっただろう。私がギターを抱えあの歌の続きを作り歌うなんて。そして私がプロのシンガーソングライターを目指すなんて。正直な所、自分でも想像していなかった。傍らに居ればなんて何度だって巡らせた。偉そうなこと言ってみたけどまだしっくり来ないでいる。似合わない言葉に自分でフラフラと目眩がしそうだ。

 だけどこれだけは、好きだよ。和真のくれた一番勇気ある言葉。そして、旅立ちの言葉。口に出して今は言わないけれど、思いとどまれたのはそれが微かに心の縁に引っかかってくれたから。それさえあれば、私は前を向ける。


 ひとつだけ。残酷だけどある程度冷静に区切りは付けた。そろそろ揺るがずにあなたにさよなら、と言えたら、と。でもやっぱりそれはまた今度の機会にしようと思う。しばらく『あなた』と『君』の間で揺らぐのだろう。


 もう無駄口だって叩けない。

 自問自答もしたし、思考も口論も繰り返しした。

 明日からまたすごく辛くなるんだろうな。振り返ること何度だってしたくなるんだろうな。

 あんなに見ることが嫌だったあの街のことをこんなに恋しくなるなんて、思いたくもなかったことを。次にこの街を訪れたときはもう少し穏やかに好きになれたら、良いな。


『あなたの面影』を取りに戻ったのは、それでもわけのわからないことを言って『東京』に出てやりたいことを海岸線の向こう、いつもの場所から見届けてほしいから。やっと見つけたと思う、私がやりたいことを。銀色のロケットぶら下げて『面影』にまた気持ち込めて。高校3年12月の12日から、あなたはずっと変わらずにいる。君が面影になって、早4年。


 君が素敵だったことから、思い出してみようと思う。私はがらんどうなアコースティックギターに、も一度弦を張った。

 どうして君は夢だけ私の心の縁に残し、あの海岸線でずっと変わらない姿のまま唇とがらせあのメロディを口ずさみながら、消えてしまったのだろう。あのメロディの続きを作って誰かに届けること。誰もが笑顔になり口ずさむのを夢見て、君がいない未来という宛てのない旅に出る。


 ――ねえ、君が素敵だった。

 そのことを何度押し流されてもいいから、もう一度、船に浮かべてみよう、と決めた。

 物語の続きを声にならず歌いながら綴ってる。


 <じゃあ、またね>


 くちびるツンと尖らせたまま、頬伝うものをそのままこらえながら波打ち際のムジカに色を足すんだ。

 あの日から別れの気配匿していた、君が居なくなった道を。


 ――ねえ。

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