第5話『面影充電期』

「アニソンランキング番組って書いてんじゃん。お前が新人アーティストで色々紹介していくって感じで」

「まあ、こういうのから人気とか探っていくもんだよね?」

「でもまあなあ。時節柄、最初はやっぱり、あれじゃね?」

「だよねえ……でもさ」

「でも……ってなんだよ?」

「顔も知らない、初めて声を聴く子にもらう『チョコレート』って、本当に嬉しいものかな?」

「――義理もやがて人情となるものだよ」

「『お熱いのがお好き』ですか?」

「炎上を煽るなら『血のバレンタイン』が起こるぞ?」

「セント・バレンタインも殉教者なんだよね?」

「まあな。結婚できねー野郎どもに成り代わって代わりに処刑された。それがやがて『恋人たちの日』の由来になったとさ」

「……ねえ常磐」

「何だ?」


 一時呼吸を置いてから、この金髪の顔をじっと見て私は尋ねた。


「――何で私んちだったの? 4年間の腐れ縁? 神様だってそりゃ呆れてよそ見さ。あんたのこと見てるのって、他の誰がいるって連想の果て?」

「思い上がるなよ。お前だって外面だけで絆されて4年間連れ添った沙汰の果て、だ」

「そうだね。私も『』はもう終わったんだ」

「『海岸線の彼』は、お前に何も届けてくれやしないだろ? 俺だって、お前の『面影の欠片』でいたかないし」

「――わかってるよ。そんな期待なんてしてない」


 偶にだ。そんな事をぽとんと言い落とすものだから、この金髪、ただ捨て置くには惜しくなる。

 さっきまでのゆうやけの色があっという間に濃紺色に染まっていく。教えてくれよ? お前の金髪はいつもプリンみたいにならないんだ、そういうのだけは気を遣ってるんだな、こんなだらしないのに、明日から生きてくのどうするんだ、とりあえず誰に相談しよう? 自分のことも色々整理しようと思うのに、お前と話してると、飽きないけど、発泡酒が空になる頃にはまた言わず終いのことが増えてしまいそうだ。


 その夜は別々に寝た。

 私はベッドに、常磐はこたつで雑魚寝。

 お互いなりたいよな自分になれずに、そんな自分に日々慣れずに、通り過ぎる人々に目を遣っては羨ましがって、でもそろそろ仕舞いにして綴じ込んだ瞼。昨日とはもう違うから、と今日も天井を仰ぐ。


 * * *


 朝から私は自転車に乗って武蔵小山を通り過ぎ目黒坂を登り、恵比寿を目指す。常磐はそれを走って追いかける。私だって気を遣ってそんなにスピードを出しちゃいない。というか武蔵小山を抜けて目黒駅に向けては上り道だから、流石に途中で降りて歩かざるを得ないのだけど。

 登っていく時間のように、時がいつも緩やかならいいのにな、とふと思った。要は歩き方次第で。無理をしなければきつくないし「嗚呼、なんて無駄を費やした」そう思うものか。

 登りきったところにあるたこ焼き屋に立ち寄りたくて、まだ『仕込み中』なのに思わず舌打ちした。

 食いっぱぐれるといつ食べられるかわからない。寂しいな、素通りっていうのは。


 恵比寿一丁目までダラダラと歩き、アトレーを通り過ぎ、西口えびす像を通り過ぎ、古びたえびすストアをちょいと通り過ぎて、雑居ビルの2階にある『コムニケーション・マニア』へとたどり着く。ビル内に佇むこの店で私は自転車を買い、徘徊する自由を得た。色々な人に出会う機会を得た。西小山のアパートから原宿まで。折りたたみタイプなので電車の中に畳んで入れるのも好きなポイントだ。ココにおいてあるもので好きなものは色々なポストカード。私は結構可愛いもの、というよりも一癖あるものが好きだ。その時その時で置いてあるイラストレーターが変わっていくのも興味が惹かれる。


 窓際には小さなカフェスペースがあり、下を見下ろすと都道305号線に沿って丁度交差点が見えて、高架線から山手線が忙しなく走っていくのが見える。

 私はポストカード数点と空色のメモ帳を見繕い、ヒロコさんに勘定を依頼する。それからしばらくカフェスペースで一息つくことにしたが、そこには常磐がすっかり専横し言いたい放題な有様で雰囲気もあったものじゃなかった。いつからお前ファーストな空間になった、ここは。やっぱり連れてくるんじゃなかった、とか今更反芻してもという話だし。


「だからね、ヒロコさん俺言ったんスよ! こいつに! あ、コーヒーおかわり」

「うちは喫茶店じゃない。『コムニケーション・マニア』。雑貨屋なの」

「いーじゃないすか、コーヒータダで飲ましてくれるのココだけだし!」

「買い物しないでカフェスペースでコーヒー飲むやつは客じゃない。何か買ってきなよ、全く……」

「財布があったらこんなタダコーヒー粘ったりしねーし」

「お前には、プライドというものがないのか……」

「あればもっとまともな味を強請る」

「このー」

「ヒロコさん、私コイツの分も買っていきますから」

「譲葉ちゃん、あんまりこのバカ甘やかさないほうが良いよ? つけあがるだけだし。放っておけばあのパンイチなりたがり。わいせつ物頒布罪ですぐ逮捕だから」

「それ私も巻き添えで捕まるじゃないですかー」

「え? なんで?」


 私はヒロコさんに現状を耳打ちした。ヒロコさんは「うーあー」と頭を抱えた。


「――もう譲葉ちゃん、あなた何やってんの。早く叩き出しなさいよ。あなたこれからデビュー控えてんでしょ? 大変なことになるわよ。事務所にバレたらどうすんの?」

「この莫迦ばかがそれ聞くと思います? まあうちの大家さんでさえ「無害」扱いですからね……呆れましたよ」


「本当に? マイガ…世も末だわ。しかし久しぶりに常磐くん見たけど変わんないねー。書いてんの、本」


 ヒロコさんはレジの側においてある、クリップで挟んだA 4原稿をひょいと掴んだ。タイトルは『選択ばさみ』。なんとも味気ない。本当に読んでもらう気があるのかこんなタイトル。脳裏にもやもやをブンブン揺り回して常磐に目で合図送る。常磐は誰かに読んでもらいたくて、とここに一篇、作品を1ヶ月に一回置いていくようにしていた。スマホでネット投稿できる時代になんともアナログなことをと思うだろう。ただ、紙で触れるその面白さというのがやっぱり何か『違う』というのがあるみたいで、それを少しは感じて欲しいみたいで。でも少しは見せ方を考えたらどうだ、とは思う。バインダーに入れるなりなんなり気を遣え、とは思う。タイトルとか、読んでもらう気があるのかとも思う。売れる前に、熟すその前にさ、紙がすっかり黄ばんで腐ってしまうよ。あんたの金髪みたいにずっとキラキラ、そりゃ輝けたらそりゃいいけど。


 煎れられたコーヒ―を飲み落ち着くと、外は青々として少し春を感じさせる。


「だけどここのコーヒー、サービスで煎れてくれてるのにいつも、美味しいです」

「だって、私の休憩用だからね」

「え?」


 ヒロコさんは悪戯に笑った。私も思わずつられて笑う。


「チョコあるけど、食べる?」

「はい」


 差し出されたそれを頬張れば少し苦いビター。カカオの種からできるコイツはほんのささやかな甘さで。だから噛み締めなきゃいけないんだって、大人になって味わえる。子供のうちはただ甘ければいいのにね。


 なりたいよな世界なんてここにはいくらでもあるけれど、選ぶよな世界は限りある。時間も限りあるばかり。人も限りある。

 それは4年間のうちに知った。ノートの中に込められたメッセージで積み重ねていって。


 横断歩道を眺めると、羅列、並列、整列で歩く人々が止めどなく行く。これが当たり前なのだ、ということをこのあと私たちも思い知る。そうやって人混みに戻り、加速と減速を繰り返しながらだ。憧れを追いかけて生きている。ひとひらの幸せ携えて。

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