第2話『チリヌルヲワカ』

 明野の公園でよく遊んでいたこと、あの高台から夕日を眺めてわけわからないこと言って、一日が終わって晩御飯目指して家路につく。

 あの頃遊んだみんなはひとり、またひとりと公園遊びをやめて塾に行ったり部活に精を出したりして。

 そんな私だってそれなりに頑張ってみたことはある。小学校の頃はバスケに熱中してみたけど長続きはしなかった。中学にはいると読書に夢中になり、今度は自分で書いてみようと思い立ち、小説の投稿だったり、一時落選連発しまくってで、まあどうしようもないな、と思うと小説投稿に挑戦してみたりして。そりゃあさ一時は手応えのある良い作品が書けたりもしたし、沢山レビューももらえた。SNSから拙いながらちょっとした交流が生まれた。だけどいつの間にかその場所から締め出されてしまう。言葉のあやから、一言の足りなさから、いとも簡単に壊れる関係性。船出から間もなく遭難し、延々と後悔だけが残る。

 頑張っても頑張っても、海の向こうは超えられない。なにもいらないから、その場所に居たい、それだけなのに。

 こんな古ぼけた場所にしがみついたって仕方がない。飛び出して新しい島に辿り着いて開拓しなきゃ。なのに……。

 おかげで空想も、日常も、物語を描くことさえも許されないよな、面白みのなさを味わって今も過ごしている。


「ねえ、和真。卒業したらどうするの?」

「就職するか、夢追うとか?」

「和真、ギターやってるじゃん。やっぱりそう言うので頑張ってみたりとか?」

「いや、そういうのやんないよ」


 私は思わず前のめりになって食い気味に「どうして」って尋ねた。

「だって、そんなこと誰に伝えたらいいんだ? こんな田舎で東京に出たいんだって思いだけで、長続きしないよ今時」

「でも、いろんなものいっぱい作って――」

 冷めたよな目で呆れた声色で和真は私に言う。

「わけわかんないことやってるって思われることいちいち熱中するのはもう心の中だけでいいんだ。このパッケージの中だけでいいっていうか。強いて言うならこの学校の中でおしまい。俺の心の中ででは今はそう」


 私はもっと泳ぎ出していきたい場所があるのに、流れ着きたい場所、辿り着きたい場所はどうしようもなく遠く感じて。じゃあせめて一緒に夢を見れたら……だなんて和真は同調してくれるのか、なんて期待してみた。それが間違ってたんだろうな。

 事のついでにだ。片手間にだ。宝くじのようにだ。不確かなうちに掴めたらいいのに。

 イロハニホエド チリヌルヲワカ(色は匂えど散ってしまうよ、ただ僕らは。)


「そうかいそうかい。私は違う。いつかちゃんと書き上げて、しっかりと自立して――」

「いつかっていつだよ? 今時『専業』なんて主婦だって成り立たないのにさ。思いつめると自滅するぞ。見てみろ? ミュージシャンだってサラリーマン化した。いろんなクリエイターもどんどん安売りしてるし兼業は当たり前。趣味でやるのが正解なの。どうしても…っていうなら?」

「……いうなら?」

「まあさ、大体さ譲葉。お前の場合、臼杵に実家があるじゃん」


 ほらさ、簡単にそれを皆言う。

 実家、と言ってもあれは祖父の家だ。小さいながら料亭をやってる。観光客相手にそこそこ繁盛している。でも過疎化行き進むこの街に私が戻ることがあるものか。両親だってそれを懸念して、大分で祖父母と離れて暮らしてる。

 結局ね、そこに国宝があろうが、観光資源があろうが、そこに例えば実家があろうが、高校でわざわざ都落ちしようが、私にとって愛着と愛想の気がすっかり抜けた、そんな人々がいない、匂いがない、弾けるものがないこの街はどこか疎ましい気が差し込むのだ。やりたいこと、続けたいこと、妥協しようとし父は祖父に歩み寄ろうとしたこともあったけど結局仲違いしたそうだ。それ以来寄り付くこともないうちの祖父母と両親、でも高校を臼杵に通うことになったまるで流刑者のような3年間、そこに和真が付いて来ることで少しだけ和らいだ電車内の朝夕5時過ぎの1時間。四季をめぐる間に朝陽と夕陽のグラデーションにやたら目につくようになり、すすきの色の露の濡れ方や霜の付き方、肌がしん……となる毎に人は段々恋しくなって偶に想いでに黄昏たそがれてただただすがりたくなるんだということを知った。


 高校3年生になって随分経った、晩秋ばんしゅうなんて言葉が嘘みたいな暖かい日に祖父が亡くなった。私がこれで臼杵に将来縛られることはきっとなくなった。祖父がいちいち婿を取れ、跡を継がせろと固執することももう言われやしまい、なんて。自由を得た安堵を感じたと同時に忘れもしない。私はひとつだけ選択を迫られた。それが何か、なんて潮風に乗せて見れば不安になって湧き上がる。


「海岸線の一線上を越えたら簡単に別れられるんだよ。君と今離れたって、実感が沸かないのは多分SNSだとかメールだとか、有り余るぐらいの情報に満たされたせいで。寸断するきっかけはやっぱり捨てちゃうしかないんだろうね」


 砂の色、モノクロームのままの風景に少しでも色を付けてくれって願ってた。


 だけど、目の前に広がるのは海岸線の群青、空の快青と、たなびく雲のように巡らせるものばかりで。


 通りゆく鈍行電車をただ見送っていた。君は今日もそれに乗っているのかな――思い巡らせながら。

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