Musica of coastline -この海岸線上で笑顔を絶やさないわけ-

13kid

1. 海岸線のムジカ

第1話『目の前にはあどけなく笑う君の顔があって。』

 くちびるをツンと寄せ合って、育んだ幼娘の思い出は誰にも邪魔できない2人のファンタジア、銀色のロケットにぶら下げた永遠の気配さ。思い出は過ぎ去るたびしゃくだけど、眩しいね。この思いでを置き去りに出来ないんだ。


「あと少し、この物語を、このエピソードまで何とか読み終わらせてから――」


 そんなこと言っていたのに、今日も一番電車は通常運行。

 読み終えることなくとりあえず、と本を閉じ、ゆっくり電車に乗り込むんだ。

 高校生の頃の私なんて、早く乗らなきゃ、といつも駆け足ばたつかせて入り口に飛び込んでいた。

 目の前にはあどけなく笑う君の顔があって。そのはにかむ顔が、そこから小さく口角上げて呟く「おはよう」がたまらなくて、子犬のように飛びつきたいのを我慢しながらそっと隣の席に座る。

 おもむろに開く参考書にヤマを張りながら実際立てるのはざっくばらんな未来予想図ばかりで。

 夜明けまでまで長電話して、繰り返しメールしたりして、スマホを持つ手が何度だってしびれたりして。

 今思えば時間の自由ってどれほど満喫したことか……。

 それでも「たりない、たりない、まだたりなーい」なんて呟いたりして贅沢な生き物だったんだ。


譲葉ゆずはちゃん、久しぶりやん」

「おじさん、元気だった?」

「ああ? 元気なもんか。年取ってくたびれるばっかりよ。成人式以来だな? 今日はどうした?」

「忘れ物、取りに来たんだよ」

「忘れ物?」

「そう」


 昨日そう言って夕陽が差し込む明野を後にして、今朝私は牧駅から臼杵を目指す。およそ40分程度のぼやっとした鈍行電車の旅。

 おじさんは「和真のやつは相変わらずだね。あの頃から変わらない」なんて言って笑ってた。

 皆段々と、着々とだ。年を取っていくし、そうだあんなこと良いな、出来たら良いな、なんて言ってるうちにひとりひとり現実と向き合って例えば家庭をもったり就職したりそれぞれの場所カテゴリーを見つけていく。


 ――なあ、いったい私は何をしているのか?


 東京で、今もわけも分からず生きている。

 あいも変わらず、わけわからないことつぶやきながら面影を巡ろうとして、たどたどしくギターを鳴らし誰かの心に居座ろうとして。

 雑踏の中、ひとりきりで過ごすと少しだけあなたのことが恋しくなるから、こらえきれなくなって時々メールの返信を振り返りたくなるんだ。耳許に触れた囁きや目に溢れた優しいメッセージは、今も忘れない。

 今日はまた「世界が変わる」っていう日らしいんだ。今日が世界の終わりみたいな顔して「またね」っていうのはもうやめにしなよ。

 最後の言葉はいつだって「またね」っていうこと。

 明日は当たり前に来ること。そんなの当たり前で。


 ――今日が、当たり前にあるのだから。


***


 駅の直ぐ側には通っていた高校があって、いつも電車に揺られて3年間よく行き来したものねって駅のフェンスから眺めて思う。歩きながら私よりほんの少し前を歩く少し背の高い平林和真ひらばやしかずまと歩んだ高校3年間の想いでを思い巡る。

 私の今なんて君の明日をなぞってやる、として何だか上手くいかなくてあぐねいているような、そんな日々だ。

 今もやってる、セットリストには必ず「いつか上京したらこの状況少しでも変えられるのかな」。右隅に書き殴るのが定番で。これだって和真を真似た、というか同調のようなものだ。君はもっと楽に変えられるのだろうけれど。


 あなたと出会ったきっかけだとか最初のことを振り返ると、わかっていたことだけどこれは運命とかじゃなく一方的な思い込みなだけで、君が受け入れてくれなかったら私はね、今こうして過ごしちゃいないよ。そう、わかっていた。あのとき君を見かけたとき「変わらないものを変えなきゃ、挫折は拭えない」と頑なに信じた。

 和真とは入学式の前、電車の中ですれ違った。みんなで小学校の時から9年間、ずっと一緒に過ごしてきて、ただひとりだけ今日から流人のような生活をするのかと思ったら、すれ違いに同じ高校の制服、堅苦しいデザインの襟章で同じ高校だって気付いて、やがてそれが小さく気になって――


 ただ電車に乗ってしまうと意外とこの区間にわざわざ朝から『都落ち』のように電車にぞろぞろと乗り込んでこの高校に通う人間て多いんだな、実際そんなこと考えてるのは私だけなのは知ってる。バレーだって水泳だって野球だってそれなりに強くて、それ目的で通ってる連中がいる。ずっと帰宅部オンリーで過ごし、目的もなくただ落ち延びて来たのは私だけだ、そんなことを心の中で呟いていると、だ。あっという間にひなびたあの臼杵駅。歩いて5分で通い慣れた高校に到着する。


 広がっているものは鬱蒼とした山々と赤錆びたまるで廃墟のようなアパート群と小さな倉庫、鉛色した曇り空。

 ああ、和真もこっちに来たんだ――降りる時に再び目を合わせてくれて、私は気付いていたけれどとりあえず伏し目がちになって。その仕草が可笑しかったのだろうか? 少しだけ微笑んだよな気がする。

 日常が少しずつ色づくようになったのは春先の花の咲く頃で、ただそれでも朝夕5時の風景はなかなか頭の廻りが悪くてパッと冴えなくて、思い出すのは走馬灯のような日々をいつも回ろうと一生懸命だったこと。


「和真はどうしてこっちを選んだの?」

「え?」

「だって牧からだよ? 遠くない?」

「そうだね。何でわざわざ…とか思うよ」

「――まさか、都落ち?」

「うーん、それかもしれないけどそれよりもさ……」

「それよりも?」

「――今はただ静かに過ごしたくて、さ」


 和真は教室の棚の上にいつもガットギターを置いていて、昼休みや10分休みの間にちょっと手に取ってはコードを押さえることに腐心していた。授業中ときたら隙を見てはレポート用紙にタブ譜を書いていた。私にも読み方を丁寧に教えてくれた。線上に数字を書いて、それが何弦の何フレットに指を押さえるのかを書き示してるんだって。だから線が6本あるんだって。な、こんなのコツ掴めば簡単だろって。『ザ・ハイヴス』のような勢いで、『ザ・ストロークス』のような洒脱さでかませば良いんだって言ってた。

 和真が紡いだメロディたちは3年の文化祭のバンド演奏時に2曲演奏されて。タブ譜があって、詩があって、ヴァース、コーラス、リヴァース……延々と繰り返して。


 ――郷愁感あったよなあ、あれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます