あと95日。 《上》



 視界に変な数字が現れて早5日目。

 特に変わった事もなく私は5時間のバイトを終えた。

 変な数字が見え始めてもう5日も経ったのだ。慣れてしまうのが人の郷というものだ。

 とは言っても違和感を感じるのはまだ感じてしまっている。


 なぜ、自分にこの数字が見えているのか…。

 この数字は自分に関係するのか…。もし関係するのなら自分にどんなメリット、デメリットを与えるのか。

 それより、もうすでに私の頭はイカれていて、実際は数字など存在しないのか。


 考え出したらキリがないなと思いながら私はアパートの近くにあるスーパーに足を運んだ。

 スーパーに入り、真っ先に向かうのは奥にあるお惣菜コーナー。

 お目当ての5割引のメンチカツをカゴに入れて次に向かうのはお酒のコーナー。


 20歳になりたての時はあまり飲まなかったお酒ももう約半年経てば慣れたもので、自分の好きなお酒を何本かカゴに入れる。


 それからお菓子コーナーで適当に甘いお菓子、辛いお菓子を均等に選び、レジへと並ぶ。お会計が済み、時間を見てみると8時を超えていた。

 スーパーからここまでの道は遠くはないが、途中には街灯しかなく、暗い道のりとなっている。そのためトウヤ先輩は「暗くなる前に帰ってね」と忠告してくれていた。ついでに「もし暗くなったら俺を呼んで」、とも。



『まだ大丈夫かな…?』



 しかし8時をちょっと過ぎただけで呼ぶのもなんか申し訳ないな、と感じた私はエコバッグに買ったものを詰めながらそう呟いた。


 そして家へと向かう見慣れた道を私は鼻歌混じりで歩く。


 周りの人から見れば大学生ぐらいの女子が買い物終わりで歩いている、と思われるだろう。しかし、その女子の視界には95日の文字。

 支障はないが、早く消えてほしいのが本音だ。

 濃さ的には薄い。透明に近い。でも圧倒的な存在感だ。


 鼻歌をする歌のレパートリーがなくなり、あと少しの道のりを私はぼんやりと数字の意味について考えながら歩いた。


 私の候補では数字が現れている理由は2つ。

 1つ目、何かの病気。

 2つ目、何かの予兆。


 しかし2つ目に至っては現実から離れ過ぎてしまっている。…いや、もう視界に数字が浮かんでいる事自体、現実から離れ過ぎてしまっているから可能性としてはありなのかもしれない。


 私は普通の人間だと思っていたのに。

 あぁ、そもそも心療内科に通っているのだから普通の人間ではないのか…?


 他人の目線や話し声。それらが自分へ敵意を示したものと勘違いしてしまったり、時折物凄い嫌悪感、罪悪感、不安感などに襲われる。

 しかし明るい時はとても明るい。

 そう。私はいわゆる躁鬱というものを患ってしまっている。


 普通の人なら躁鬱にはならないよな、なんて自虐的に思いながら私は自分の家のドアを開ける。


 それと同時にカンカン、と音を鳴らしながら階段をゆっくりと降りてくる音がした。


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