第111話 這う

 大雨が続いている。

 田んぼを挟んだ、狭いあぜ道を車で走る。

 バイトに行かなければと焦っていた。

 車のライトは、なぜか点灯せず、暗い視界にイライラしていた。


 T字路に差しかかり、私は左折した。

 ホテルの駐車場に車を停めようとしたが、雨のせいか門が閉まっていた。


 しかたないと、また、あぜ道を車で走る。

 ホテルの近くまで来ると、黒い傘をさした男性が前を歩いている。

 黒いレインコートの男、正直、邪魔だ。

 どうせデリヘル客だろう…そう思うと、余計に苛立ちが募る。

 私はわざと、男に泥水を掛けるように車を走らせた。


 ホテルに着くと、すぐに清掃状態の部屋が数室。

 事務所には誰もいない。

 どこかの部屋で清掃中なのだろうと思い、一人で清掃に向かった。

 入った部屋には誰もおらず、一人で清掃を終える。

 部屋から出ると赤い絨毯にへたり込んだ。

 あれ?

 身体が上手く動かない。

 私は這って、エレベーターへ向かう。

 顔が上に向けられない。

 私の脇を誰かが通るのだが、私からは足首までしか見えない。

 助けて…

 言葉も出ない。

 見える足がバイトの誰かか…客間なのかも解らない。

 声も出せずに私はエレベーターの脇に這って行く。


 エレベーターから誰かが出てきた。

 濡れた黒い長靴、レインコート…水が滴る傘…。


 私はギョッとした。

 泥と濡れたビニールの匂い、濡れた絨毯から生乾きの嫌な臭いが急に立ち込める。


 私は、顔を隠す様にうずくまる。

 黒い長靴は動かない。

 私を見下ろしているようだ。

 私は動けない…。

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