第110話

 永久暖炉を半円形に、5脚の威厳的な椅子が配され囲み、この世のものとも疑わしい炎を楽しみながら、男達が言葉を交わしている……。




「失礼します……」


 ひとり、女という「異物」が、重い木製のドアを開け「男社会」に侵入した。




「何だ……」


 永久暖炉の正面に座る男が、憎しみにも似た低い声色と女を吹き飛ばす勢いの声量で言った。




「はい……出発のご挨拶に……」


 何処か後ろめたい声質で、決してこちらに振り向かない男の背中に女は告げた……。


「あぁ、今日出発か……」


 そんな事になど関心がない……と、如実に現れる男の想い。


「お話中のところ……申し訳ありません……」


 想いに押し潰された女は反射的に少し頭を下げ、言わなくてもいい謝罪の言葉を紡いだ。


 滑る様な艶やかな長い髪が垂れ下がり、瞬間、輝きを失う……。




「しかし、此度のダークエネルギー壊滅戦は、見るに耐えない下品なものだったな……」


 別の評議院の男が、女の存在を無視し、発言した。


「うむ、軍事衛星の件までは知らぬ存ぜぬを決め込んできたが、そろそろ我々も監理局に対して厳しい態度で臨まねばならない様だ……」


 男の威圧する物言いが、絞る様に空間を引き締める……。






「あのぅ……」


「まだいたのか……」


 場の雰囲気を読めない「未熟」な女を怒鳴り、男は蔑む。




「はい……その……」


 言葉が詰まり、女の躰と心が硬直する。


「諸君、度重なる彼女の無礼、申し訳ない……どうか私に免じてこの不出来な女の稚拙さを、笑ってやってくれたまえ……」


 侮辱な表現……嘲笑を女は聴き、耐えた……。


「もう行っていいぞ……いっそ向こうで適当な男でも見繕って、女としての幸せを得るのもいいだろう……まぁその時は、お前の子供の代まで遊んで暮らせるカネをくれてやる……それも、やる事を成してからだがな……そして事を成して、後は慎ましく余生を生きる事だ……」




「くっ……」


 男達に悟られぬ、慎重な「魂」の反抗を灯し、女は意識の世界で心臓を噛む。


 内から湧き出る「殺意」を抑えながら……。


「お前の、どうしてもという希望で、オフェリアの帯同は許可したが、あれには制限を施してある……妙な真似、恥の上塗りはしてくれるなよ……」


「…………」


「ふっ、お前にはもう何かをする度胸も勇気もないがな……」


「…………」


「だが、我々評議院の決定事項を遂行した時、お前の汚名は清められ、人間として、女としての尊厳も回復されるだろう……」


「…………」


「ゆくがいい……そして、成すべき事を成せ……」


 女を「見下ろす」圧倒的な振る舞いの背中と、圧倒的な評議院の権威を最大限に引き出した男の意思が、空間に漂い、女の鼓膜を「脅す」……。


 薄暗く、仄かに湿気を感じ、冷気さえ覚える女にとって「不快」なこの世界。


 男の背中を突き抜け、その先で蒔きを燃やし、踊る炎を恨めしく瞳に転写し、男達に対する「負」の想いと自身のやるせなさ、そして秘めた決意を凝縮した短い言葉を女は「猥雑」な空間に解き放った……。






「はい……」




 第1部……完


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