第65話
「さっ、ひばり……還ろう……」
りおんは、ひばりの腕を力強く握り、言った……。
「ふたり……大丈夫かしら……」
「大丈夫……死にはしないよ。もし戻ってこなかったら、リンスとキャシーはその程度のモブキャラだったって事で……」
そう言われ、ようやく「呪縛」から解かれたひばりは、麗しい眼差しでりおんに従った……。
昼休み終了30秒前……急いで教室に戻り、汗を拭き、髪と制服を整え、着席するりおんとひばり。
私欲に興じていたクラスメイト達は、りおんの暴挙など知りませんと言わんばかりの面持ちで、とっくに「可愛い」少女を演じている……。
この日の午後イチは鏡花の授業……時間に厳しい鏡花の授業に、遅刻は許されない……。
故に「女達」は状況、人によっていくつもの顔と仕草を用意する……「ゆるい」日本以外で生まれ育った彼女達は、りおんやひばりに比べればその引き出しは多彩だ……。
幼さ故に揺れる心が利用されもするし、その逆に罠を仕掛けたりもする……。
更にこのクラスの少女達には「魔法」という非現実性が加わり、背徳的な少女の在り方を歪ませる。
チャイムと同時に、鏡花が教室に入る……。
起立、礼、着席の動作を「涼しく」行う少女達。
「リンスロットさんとキャサリンさんは、どうしたのですか……」
鏡花が核心をつく……教室に入った瞬間から「演技」を察知し、いつもとは間逆の低く冷たい声で言った……。
「鏡花先生……キャサリンさんは風邪気味で、リンスロットさんは、その……急に始まってしまってふたりとも保健室に……」
「そうですか……わかりました」
アンテロッティが用意した渾身の台詞を「全てわかっていますよ」という気持ちを声色と目線にまぶし、応える鏡花……。
ここで弱気になり、真実を露呈されたくないアンテロッティは、鏡花の圧力に耐える……。
女と女の駆け引き……。
瞳の表情を緩ませた鏡花は、アンテロッティから視線を外し、ひばりへと向ける。
少女達は悟る……。
リンスロットとキャサリンが何をして、ひばりがどう関係しているかを鏡花は全て知っている。
反射的に少女達の背筋は凍る……。
人生の厚みが……違う。
鏡花の問いにも、ひばりの凛とした瞳の表情は、破綻を見せない……。
「では……授業を始めます……」
私は何もかも承知してますよ……「目的」を果たした鏡花はあっさりと躰を翻し、黒板に力強く文字を描いてゆく……。
「お、おい、こまっしゃくれ……生きてるか……」
「生きてますわよ……それより何ですの……コスチュームが破れて、破廉恥極まりないですわよ……」
「人の事言えるかよ……そっちこそお上品なお衣装がボロボロじゃあないか……」
高軌道にまで吹き飛ばされたふたりが互いを「気遣う」……。
「鏡花の授業……もう始まったな……」
「心配いりませんわ……アンテロッティが巧く誤魔化してくれますわ……」
「そうか……」
「ただし、鏡花は鋭いですから、あなたとここでのんびり雑談している暇はありませんわよ……」
「だなっ……んじゃ、さっさと戻ろうか……ハンセン……」
「シルフィ……」
エマージェンシー帰還モードの発動をふたりはポーターに告げると、ハンセンとシルフィの全身は黄色く点滅を始め、ゆっくりとふたりを地球へ導く。
「ふっ……主人公補正とは、笑わせるぜ……」
「そんな事はそれこそ、彼が適当に言っているだけでしょう……」
この状況をも楽しむハンセンに、真面目なシルフィは苛立ちを言葉に滲ませる……。
「これも想定していたとすれば、ひばり嬢ちゃんと月下美人も相当なタマだな……」
「くっ……」
シルフィが感情を吐き、悔やむ……。
同時に点滅は速まり、帰還速度が増す。
「しかし、ケチャップとマヨネーズって……どうよ」
キャサリンがリンスロットに同意を求める。
「ないですわね……」
「だなっ……」
りおんの違和感の覚える味覚に一瞬、ふたりの胸中に酸味が蠢いた……。
この瞬間、初めてリンスロットとキャサリンの想いは一致し、触れ合った……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます