第十五話 未だ戦は終わらず

キャスリーから南に三キロ行ったところにある街に、マックスを初めとして今度の戦で出た傷病者が運び込まれていた。

 そこにキャスリーから避難した人々がいた。

 そこには医者も常駐じょうちゅうしている。


 デイランは病院代わりに使われている、幕舎に入る。


「マックス」


 マックスの顔色は悪くは無い。

 青痣は残り、憔悴しょうすいの色も深いが、それでも目の光は強い。


「……デイラン」

 マックスは身体を起こそうとしたが、痛みに顔をしかめた。


「無理はするな。

まだ傷がえていないんだ」


 医者によると、打撲や打ち身、あざなどが目立つが、命や身体の機能には問題ないようだった。


「ずっと戦場を駆け回ってた奴に心配されるなんて、ね」


「お前は囚われの身だったんだろ。それに比べれば、楽なもんさ」


「怪我は?」


「軽いもんさ。

……水は?」


「ちょうだい」


 デイランはマックスの背中を起こさせ、水差しから水を注いだ器を口元に近づける。

 小さく喉が動いた。


「……戦いは」


「敵はどうにか、退けた」


 しかしマックスの表情は晴れない。

「これからよ。

連中は近いうちに……」


「分かってる。

その準備は進めている。

お前のお陰で勝ち取った勝利は、この国を生かす」


「当たり前よ。

私が珍しく身体を張ったんだから、負けたらただじゃおかないわ」

 マックスは冗談めかして言う。


 デイランは促し、そっと寝台に寝かせる。


「とにかく休んでくれ。

お前が必要になる時が絶対に来る。

その時にしっかりと動けるように……」


「人使いが荒いリーダーだこと」


「そんなのは今更だろ?

俺とマックス、そしてアウル。三人だけ路地をかけずり回って来ていた時のことを考えろよ。

誰が死んでもおかしくないギリギリをいつも走っていた。

そうでなかったら生きていけなかったからだ。

その時に比べれば……」


 マックスは苦笑する。

「……そうね。

なんだか、どうして自分がこんなところにいるか分からなくなってくる。

長い夢を見てるんじゃないかって時々思うわ。

うまく運び過ぎて……」


「今もぎりぎりさ。

それを俺やお前、他の多くの人々が身体を張ることで、うまく運ばせてるんだ」


「そう……そうね……。

私たちはたくさんの死の上にいるのよね」

 マックスは独りごちた。


「また来る」

 デイランは席を立った。


                       ※※※※※

 王都リュエンス。

 ヨーゼフ一世(元宮宰もときゅうさい・ルードヴィッヒ)の私室に、枢機卿すうききょう、ビネーロ・ド・トルスカニャはいた。


 周りの人間は下がらせていて、王と二人きりだ。

 そしてヨーゼフ一世の顔色はすぐれない。


 すでに王都には今回の遠征軍を率いたフリードリッヒの副官、コンラッドが帰還し、事態の全てを報告していた。


「これは大変なことになったぞ。

王国が帝国に牙を剥き、異端者を取り逃がすなど……」


 ヨーゼフ一世は苦悶の表情だ。

「分かっている」


「帝国は莫大ばくだいな賠償金を要求してくるだろうな。

多くの兵が討たれた。

同盟軍によって――」


「今、我が国にそのような金はない。

分かっているはずだ」


「ならば、土地の割譲かつじょうか」


「帝国にか!?

そんなことをすれば、また反帝国の動きが活発になるぞ!?」


「それだけのことをしたということだ」


「敵の術中にまったのだ……」


「だが、そのことについては心配することはない。

賠償金に関しては、教団が肩代わりしよう」


「ほ、本当か」

 ヨーゼフは身を乗り出した。


「無論だ。

せっかく両国が手をたずさえたというのに、それを破談するのは我らの欲するところではない」


「ならば」


「代わりに、教団に領土の一部を寄付、という形にすれば良い。

西方二州ではどうか?」


「今はそのようなことをしている場合ではない。

このまま異端者どもを勢いづかせられない!

すぐにでも軍を起こすのだっ!」


「しかしそのような軍資金がどこにある?

今回の費用とて教団が援助しているのに」


「……そ、それは」


「異端者討伐は教団の為でもある。

費用をだすのはやぶさかでもない。

しかし今度の出兵は帝国の援助は求められぬ。

となれば、だ。

我々教団の勇敢なる星騎士たちを出そう」


「ありがたいっ!」


「ただし、軍権は教団の人間が握る。

王国の騎士にそれを周知させてもらいたい。

――さらに、異端者どもを討ち果たした時の教団の取り分は、六にしてもらいたい」


「何だと!

そのようなこと……。

将兵たちが納得しない……」


「納得させるのが王の役目では?」


「だが」


「戦が起こせねば、そもそも絵に描いた餅。

ルードヴィッヒ。

お前とて、ロミオが生きたままでは安心出来ないだろう。

不満をもった貴族たちがロミオの元に集まれば、神星アリエミール王国は崩壊しかねない」


「脅すのか」


「事実を言っているだけだ。

――王がそんな浅ましい顔をするな。情けない。

恨むのであれば、無能な将軍どもを恨め。

――で、どうするのだ。

軍資金もなく兵も少ない。

その状況の中、単独で異端者どもを討てるのか?」


 ヨーゼフは目をそむけた。

「…………分かった」


「賢明だ」

 ビネーロはにやりとほくそ笑んだ。

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