第十二話 キャスリーの戦い(2)

 アンドレアスは自分が見た光景が、信じられなかった。

 神星王国軍が、帝国軍を背後より襲っていたのだ。


 送り出した帝国軍は敵軍と王国軍の挟み撃ちにあっていた。


「どうなっている、これは……」


 思わずフランツを見る。


 当たり前だが、フランツは事態を飲み込めていない。


「……すぐに、王国軍に伝令を送ります!」


「急げっ!」


(何だ、これは? なぜ、王国軍が我が軍を襲うのだ!?)


 しかし送り出したはずの伝令がすぐに戻って来た。

 その顔は必死の形相だった。


「も、申し上げます!

神星王国軍が我が方に攻め寄せて参りました。

本陣の予備兵力を投入したものと思われます!」


 アンドレアスは吐き捨てる。

「フリードリッヒ、血迷ったか!」


「総督!

速やかに迎撃に参りますっ!」

 声を上げたのはフランツだった。


 だが、アンドレアスは首を横に振る。

「その必要はない。

私が軍を率いる!」


「いえ、総督がお出になる必要は!」


「こんな時にそんなことを言っている場合か。

事態は動いている。

今ここで迷っている暇などない。

生き残りたければ敵を打ち倒す。

それしかあるまい!」


 フランツはうなずき、部下に命じる。

「速やかに全軍出撃!

王国軍を迎え撃つッ!」


 速やかに準備を整えたアンドレアス率いる帝国軍は向かってくる王国軍めがけ、騎馬隊による突撃をおこなう。

 と言っても、主力は敵軍に向けている。

 予備兵力は五千ほど。

 劣勢である。


 だが、帝国軍は王国の裏切りに対する怒りを闘志に変え、怯まず襲いかかった。


「者共! 卑怯な王国軍に後れを取るな!

連中の首級くびを上げ、皇帝陛下の土産とせよっ!」


 アンドレアスは最前線で叫び、副官フランツと共に敵に斬り込んだ。


                  ※※※※※


 まんの軍勢を誇る神星王国軍を前に、デイランたちは確実に突き進んでいた。


 デイランの動きに麾下きかの騎馬隊はよくついてきていた。

 これまでの猛特訓の成果を遺憾いかんなく発揮できている。


 それは無論、歩兵も同じだ。

 まとまりながら、進軍する。

 決してばらけず、いわおのように硬く密集陣形を組むのだ。


 数を頼りに王国軍は包み込み、陣形を崩そうとしてくるが、歩兵たちはその攻撃をことごとくね付けている。


 歩兵隊をまとめているのはザルックだ。

 騎兵は元傭兵や戦争を経験したものが多く、歩兵は戦いを知らなかった平民がほとんどだ。

 やはり平民をまとめるのは同じ目線を持つ人物が良いと判断しての人選だった。


 王国軍の歩兵は海のように果てがない。

 しかし明らかに戦い馴れなさが透けて見えた。


 訓練は積んでいるかもしれないが、圧倒的に経験がないのが分かった。

 デイランの軍のように実戦を知らないのだろう。

 デイランたちの鬼気迫る姿に、明らかに腰が引けている。


 デイランは敵歩兵の中を縦横無尽に駆け巡り、歩兵の先導を務める。


 無論、王国軍もされるがままではない。

 騎馬隊が歩兵の波を突っ切り、露出したデイランたちに執拗しつように絡みつこうとするが、彼らには騎馬弓による攻撃を明らかに怖れ、最後の一歩を踏み込めない。


 そんな軍がデイランたちに追いつけるはずもない。


 結局、騎馬隊はただ、歩兵の中を駆け巡るデイランたちと並走へいそうしているだけに過ぎなかった。


 デイランは叫ぶ。

「進め! 敵を殺して道を開け!

生きて包囲を突破するぞ!」


 一体何人の歩兵をぎ倒し、斬り捨てたか。

 それでも騎馬隊にかかる圧力は最初の頃に比べて小さくなっているが、それでも敵の数は減ったようには見えない。


                    ※※※※※


 エリキュスは混乱する帝国軍の中を突き進んでいた。

 布をはさみで裁断するように、圧力を加えていった。


 帝国軍は懸命だったが、王国軍の裏切りに対応できずにいる。


 エリキュスたち騎馬隊と共に、歩兵部隊も暴れ回った。

 圧力はほとんど感じないまま、道が開けた。


 神星王国、帝国、エリキュスという三つ巴の中、エリキュスだけが突き進んでいた。


 王国の圧力に帝国はエリキュスたちに構うことを忘れたようだった。


 そしてついに。

 エリキュスたちは軍勢からの突破を果たす。


(やった……っ!)


 歩兵もまた騎馬隊に僅かに遅れて、包囲網を突破した。


 王国騎馬兵が猛追もうついしてくる。

 エリキュスたちは馬足をやや遅くすると矢を構えた、しぼったげんを弾く。


 速度の乗っていた王国騎馬兵たちの前衛が崩れ、後続がそれにことごとく巻き込まれ、土煙が上がった。


 エリキュスたちは馬をけしかけ、向かった先は敵味方入り乱れる敵中だ。

 エリキュスはデイランたちを先に進めることを選んだのだ。


 さすがに王国軍の本隊と正面からぶつかっているデイランたちは、なかなか前に進めないでいた。

 矢をつがえ、放つ。

 無防備な騎馬隊を打ち倒し、そのまま歩兵の背を踏みつけ、敵をさらに乱しながら、デイランの元へ駆ける。


 エリキュスはこんな時にもかかわらず、さすがは正規兵だと思った。

 ヴェッキヨの傭兵たちを背後から襲った時、たやすく崩れた。


 しかし王国兵は完全には潰れず、踏みとどまった。

 それでも騎馬隊に背後を衝かれ、デイランたちを包囲する陣形は目に見えて弛緩しかんした。


                   ※※※※※


 デイランは剣を振るう。

 返り血に軽装が紅く汚れるのも構わず、突き進んだ。


 何人の将校を討ち、雑兵ぞうひょうを退けたのか。

 身体に飛び散った返り血がそのおびただしさを物語る。


 味方はまとまりを失わず、敵はすでに陣形を維持できず、乱れていた。

 それでも数の壁は厚い。


 しかし、ある地点に辿たどり着けば、目に見えて圧力が小さくなる。

 いや、敵がまるでかき消えるように、消えた。

 デイランたちの行く先に、突然、道が開けたような錯覚に陥った。


 いや、違う。

 それは来訪した別の軍勢が作った空隙くうげき


「デイラン!」

 エリキュスだった。


 デイランは全てを理解した。

「助かった!」


「そんなことは良い。

お前は敵の本陣を突けっ!

ここは私たちが引き受けるっ!

マックスは敵陣にいるんだろう?」


 迷っている暇はない。

「頼むっ!

――いくぞ……!」

 デイランを先頭に部下たちが追随ついずいする。


 デイラン麾下の兵力は、歩兵が数百、脱落していた。

 騎馬隊も十数人がいない。

 損害は十二分に軽微けいびと言って良かった。


 それでも数の分だけ、命が失われた。

 その命をむくいるためにも、王国軍を薙ぎ倒さなければならない。


 この領土から駆逐くちくしなければならない。

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