第十一話 キャスリーの戦い(1)

 隊全体の発する雰囲気から、おくしたものが薄らいだように感じる。


 デイランは近くの丘まで馬を走らせ、神星王国と帝国と対峙たいじする自軍を見ながら思った。

 精鋭を集めたと言っても、敵との数の差は歴然。


 臆する気持ちは理解できる。

 理解出来ても、ここでそれは命取りになる。

 その為に五千の兵の中を、何度も何度もデイランは周り、声をかけた。

 そのせいで、兵たちは己のやることに集中できている。


 敵中突破。

 雲海うんかいのごとき敵の大軍の中をつっきり、神星王国軍の本陣を強襲、これを壊滅する。

 内容はいたって簡単だ。

 だが、敵は数万。

 正直、半数も突破できればおん

 それほどに無謀なことをやろうとしているのだ。


(俺は今、兵を死地においやろうとしている。

ひどい大将だな……)


 マックスの策がなったとしても、容易なことではない。

 だから作戦のことは兵達には伏せている。

 ただ、自分たちが負ければ、この地が蹂躙じゅうりんされ、多くの民が死ぬとだけ伝えていた。


 ここに来るまで多くの人々と街道ですれ違った。

 誰もが、デイランたちの軍に手を合わせ、勝利を祈ってくれた。


 自分たちはいつの間にか、それほどまでの存在になっていたのだと痛感した。

 それは正直、ロミオの臣下になることよりもずっと、大それたことのように感じた。


 重荷とは思わないが、とんでもないところまで来たなとは思った。


(チンピラが、国を背負うか……。

まさかここまで高く買われるとは思いも寄らなかったな)


「デイラン!」

 振り返ると、ザルックが駆けてくる。

 彼はデイランの指揮下で歩兵部隊を率いている。


斥候せっこうからだ。

敵軍に動きがある、と」


「分かった」


 ザルックは言う。

「さすがは大将だな。少しも動じていない」


「怯えている男の後になんて続きたくないだろ?」


 ザルックは笑う。

「そりゃそうだ。

それに、よく考えてみりゃ、お前が動じるとかねえもんな」


「おいおい、俺だって動じるぞ?」


「だけど、ヴェッキヨの傭兵部隊とぶつかるときはずっと楽だって俺は思ってるよ。

自分でも不思議だけど、兵力では圧倒的に負けてるのに、負ける気がしないんだ。

むしろ……わくわくしてる。

変だろ?」


「いいや。

それはきっと、お前が強くなったからだ。

強くなって、相手の放つ気がなんとなく見えるのかもな。

だが、敵にこだわるな。目的は……」


「敵中突破で、本陣を突く、だろ?」


 デイランは笑み、うなずいた。

「ザルック。勝つぞ」


「もちろんさ。

せっかく、ヴェッキヨを倒して、この土地が平和になったんだ。

誰にも邪魔はさせないっ!」


 デイランはすぐに自軍に戻ると、兵の一人一人の顔を見るように、告げる。

「これより戦に入る。

目標はただ一つ。王国軍を討つこと。

その為にとれる道は一つ。

敵軍を突破するしか道はない。

生き残る為にも、敵の首級くびを上げる為にも。

俺たちに退路はないっ!

後ろを見るな。前を見ろ。そこに活路を見出せっ!!」


 オオオオオオオオオ……!!

 人間もエルフも、ドワーフも一丸となって雄叫びを上げる。


 やがて街道を埋めるように前面より王国軍が、西側より帝国軍が土煙を濛々もうもうと上げながら迫る。


 デイランは叫ぶ。

「俺に続けっ!」


 デイランを先頭に騎馬隊が歩兵の側面を守るように駆ける。

 敵軍の騎馬隊が旗をはためかせ、突出する。

 一気に、蹴散けちらそうという腹なのだ。


「構えっ!」

 馬上にまたがったまま、デイランたち騎馬隊は弓をしぼる。

 げんを引く、ギリギリという音が耳を振るわせる。


「放てっ!」

 ほとんど目の前まで敵騎馬隊が迫ってきた距離で放つ。

 

 狙いは騎手で無く、馬。

 馬は足に矢を受け、けたたましい声をあげながら崩れる。


 騎手は投げ出され、後続は次々にそれに巻き込まれる。

 それを回避しようとした部隊は両脇に広がざるをえず、その動きが味方歩兵の進路を邪魔する。

 速度を落とし、隊列を乱した騎馬隊は突進力を失う。


 デイランたちは速度を維持したまま駆け、きりのようにそのまま、敵騎馬隊を無視して、歩兵の側面を突く。

 歩兵の陣形は厚みの割に、ぶつかった感触は、もろい。

 瞬間、敵の歩兵たちは自分たちの身に何が起きたかを理解するよりも早く、将棋倒しになる。


 五つほどの呼吸の後、味方歩兵隊が混乱している敵歩兵の先頭とぶつかりあう。


 デイランを中心とした騎馬隊が火の玉のように激しく、敵の歩兵部隊を蹂躙じゅうりんし、味方歩兵につけいる隙を作る。


 ミカタ歩兵は大きな三つの塊になりながら、敵歩兵に食い込む。

 そうすることにより体勢を立て直した騎馬隊に側面を突かれることを防ぐ。

 敵歩兵そのものが、敵騎馬隊の突撃から守ってくれる盾になるのだ。


 デイラン率いる騎馬隊を前に、敵はおくし、逃げ惑う。

 それでも、敵の厚みは半端ではない。


 いくら兵の間を駆け回り、引き裂いたところで、幾重にも段をつくって迫る王国軍は地より湧き出すかのように際限なく襲いかかってくる。


「邪魔だあああああああっ!

どけええええええええええっ!!」


 デイランは叫び、敵歩兵をひづめにかけ、かぶとごと剣で頭蓋ずがいを叩き斬る。


 見渡す限り敵だらけ。

 それでも少しずつデイランたちは深く食いこむ。


 何が何でも、ここを突破しなければならない。

 デイランは敵の血脂ちあぶらで刃を鈍く光らせながら、剣を振るった。


                   ※※※※※


(デイランは行ったか)

 エリキュスは馬上で思う。


 西側の街道から帝国軍が近づいてくる。

 歩兵の両脇を騎馬隊が守り、駆けてくる。


(まさか祖国に弓を引くことになろうとは……)

 自分は今、教団を、祖国を、敵に回している。

 それでもいはない。


(父上。兄上。

私は己の信念に従います。

これまでそれが出来なかった分……己の存在をして……!)


 エリキュスは副官にうなずく。


 副官は合図の角笛を吹き鳴らした。

 刹那、それまで敵に対して、横っ腹を無防備にさらけだしていたと思われていた歩兵たちが両脇にどいた。

 そして歩兵達に囲まれることで、その存在を隠していたエリキュスたち、三百の騎馬隊を露わにする。


 明らかに敵の前線に動揺が走った。

 それでも立ち向かう速度を緩めない。


「いくぞっ!」

 エリキュスは叫び、馬腹を蹴る。


 そして速度が出たところで、エリキュスたち三百の騎馬隊は敵の前面めがけ、矢を放つ。


 思いも寄らぬ動きに、敵勢が混乱する。

 速度を落とすこと無く、敵の眼前をかすめるように進路変更をしたエリキュスたちは、混乱する帝国軍騎馬隊の側面を突く。


 部隊の先頭が落馬したことによって速度を落とせぬ後続が次々と巻き込まれ、地面に転がり、混乱しているのを、エリキュスは狙い撃ちしたのだ。


 そして味方の歩兵部隊があうんの呼吸で帝国歩兵に食い込んだ。


 敵騎馬隊は混乱からまだ立ち直れぬうちに、歩兵の混乱に巻き込まれ、完全に動きを封じられてしまっていた。


 だが、敵の数は万なのだ。

 続々と新手が突っ込んでくる。


 エリキュスは紅い髪を振り乱し、緑の瞳を輝かせる。

「何が何でも包囲を突破しろ!

我々の目的は敵大将だっ!

それ以外は捨て置け!!」


「おおっ!」


 それでもさすがは、帝国軍だ。

 駆け回る騎馬隊の動きを封じようと、歩兵が圧力を強くしてくる。


 騎馬隊が各個撃破されれば、歩兵は推進力を失う。

 エリキュスはそうはさせじと、大きく動く。


 敵歩兵をぎ倒し、敵中に小さな空間を作る。


 その空間でを描くように馬を走らせ、歩兵の壁を薙ぎ倒し、外に飛び出す。


 そのままの推進力を維持し、再びの別の場所から敵歩兵の側面を穿うがとうとするが、そうはさせじと騎馬隊が絡みついてくる。


 騎馬隊は、エリキュスが指揮する騎馬隊の最後尾に食らいつき、落馬させ、動きを制限しようとする。


(さすがは帝国軍だっ)


 エリキュスは大きな曲線を描くように駆ける。

 そうすることで、最後尾に食らいつく敵騎馬隊の無防備な側面、背中をうかがう。


 エリキュスは弓を手にする。

 部下達もならい、一気に矢を放つ。


 騎手ではなく、馬に。

 落馬させることに、こだわらない。

 制御を一瞬でも失えば、十分。

 戦場の一瞬は、死が肉迫するには十分だ。


 そしてエリキュスを先頭に、隊列を乱した敵騎馬隊に襲いかかり、追撃を振り切る。


 そのままの勢いで、敵歩兵の中へ突入する。


 騎馬隊の動きを封じ、締め上げようと帝国歩兵が食らいつく。

 だが、その動きが不意に乱れた。


 池の水面にさざ波が走るように、エリキュスたちのいる中腹に広がっていた。


 エリキュスは帝国歩兵の背後を見る。

 そこに旗をはためかせた王国軍がいた。


 本来であれば圧力は強くなるはずだ。だが、そうはならない。

 明らかに帝国軍の隊列が乱れていた。


(王国軍が帝国を!?)


 エリキュスは話が目を疑った。

 だが、それは間違いないことだった。


 帝国軍の騎馬隊に、王国軍の騎馬隊が襲いかかっていた。


(何が起こって……)

 しかしすぐに、雑念を捨てた。

 何が起きようと、エリキュスたちの目的が変わる訳ではない。


「敵は混乱しているぞ!

そのまま押し込めっ!」

 エリキュスは力の限り、叫んだ。

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