第五部 王国統一 編

第一話 新たな軍の形

 街道のかたわらに、商隊の一団が休憩している。

 そこに、「おらおらぁっ!」という奇声と一緒に、馬の駆ける音が響いた。


 野盗の一団だった。

 総勢二十人はいるだろうか。

 彼らは商隊を囲うように、馬を走らせ、逃げられないようにする。


「命がしかったら、さっさと荷物を全部、置いてけぇっ!」


 集団の中から声が上がった。

「おい、こいつら、野蛮人どもだぞ!」


「何だと!

蛮族が金儲かねもうけだと! 恥知らずめ!

取り消した!

こいつら、全員、皆殺しにする!

野郎ども! 手加減するなよっ!!」


 野盗たちば襲いかかろうとしたその時、無数の矢が野盗めがけ降り注ぐ。


 矢雨やあめに、野盗たちは逃げる間もなく次々と討たれていった。


「な、何だぁっ!?」


 十数名が矢から距離を取ろうとするが、算を乱したところに騎馬隊が襲いかかる。

 ただの騎馬ではない。

 全員が馬上で弓を構えている。

 エルフもいれば、人間も、ドワーフもいた。

 彼らは太腿ふとももで馬を締め付け、安定した状態で次々と弓を射る。


 野盗が逃げようとすれば、その無防備な背に次々と矢が突き刺さり、馬から落ちていった。


 騎馬隊は速度を落とさず、逃げようとする野盗の群に騎馬隊が押し通れば、すかさず腰の剣を抜き、白兵戦へとなだれこんだ。

 弓から剣への移行は流れるように、瞬く間のこと。


 逃げるばかりではなく、勇ましく戦おうとする野盗もいたが、一刀の元に切りさげられられ、技量の違いをまざまざと見せつけられた。


 たちまち二十人の野盗たちはしかばねをさらした。


 騎馬隊の中から、一人が商隊の元へと駆けつける。

 商隊の責任者のエルフが頭を下げる。

「デイラン殿! 見事でした!

ありがとうございますっ!」


「いや、こちらこそ感謝をしなければならない。

おとり役を請け負ってもらって申し訳ない」


 近くに野盗の報告が上がった所で、こちらの商隊に野盗を引き付ける役をお願いしたのだ。


「怪我は?」


「いえ、怪我人はおりません!」


「良かった。

野盗の報告はもうないが、目的地まで警護をつける!」


「ありがとうございますっ!」


「では、俺はここでっ!」


 警護役の人数を残し、デイランたちは馬を走らせた。


                   ※※※※※


 ロミオを王とした、西方四州を領土としたアリエミール王国が成立して一ヶ月が経とうとしていた。

 季節は真夏にさしかかろうとしていた。


 その間、東方では宮宰ルードヴィッヒがヨーゼフ一世として即位し、神星アリエミール王国の建国を宣言し、矢継ぎ早に帝国との同盟を内外にしらせた。


 ロミオと対する為に教団との関係を深めることはある程度、予想はしていたが、まさか、不倶戴天ふぐたいてんの帝国と盟約を交わすとは想像だにしていなかった。


 しかしロミオもまた周囲を驚かせる一手を打った。

 それがロザヴァン居留地の開放――千年協約の破棄である。

 まずは、現在、王都として定められているサロロンへの居住を促す。

 そこからゆっくりと種族の違いを克服していこうという試みだった。


 まだまだ多くのエルフやドワーフたちはロザバンから離れていない。

 それでも少なくないエルフやドワーフたちが移ってきていた。


 さらに荒廃した国土を回復させる為に、商人たちから受けるべき税を二年の間、無税とすることを決めた。

 それによって商人たちが流入した。

 その中には、王国が帝国と同盟をしたことに反発して王都を飛び出したという商人までいた。


 国民から徴収する税も減額した。

 その間の資金は、元々国内にあった荘園を王家直轄にすると同時に、ヴェッキヨの残した美術品などの販売で糊口ここうをしのぐ。

 その際、活躍するのがデイランの領分――いわゆる非合法な世界だ。


 裏社会に流せば、大枚たいまいをはたく人間たちはごまんといる。

 

 国内を安定させるための政策を打つ一方、デイランたちが取りかからなければならないのは、軍隊の養成と、神星王国にけしかけられた野盗の排除だった。


 王国の中核となる部隊は、先のヴェッキヨ討伐に協力してくれた人々だ。

 騎士たちを部隊長とし、古参の兵士や、新たに兵となった者たちで編成する。


 そしてデイランの率いる騎馬隊は、一般の兵とは比べものにならないくらい厳しい訓練に励んでいた。

 剣術・馬術の基礎を教えこんだあと、どんどん実戦に放り込むという乱暴な手法だった。

 乱暴無謀は百も承知。

 とにかく実戦以上の訓練はなく、今国内には野盗という格好の練習相手に事欠かなかった。


                     ※※※※※


 デイランはサロロンの郊外に練兵場に顔を出す。


 そこではアウルが「おめえら! もっと根性だせぇっ!」と新兵たちを扱き上げている。

「こんなことでへばっといて、仲間の命が守れるのか!?

戦場ですぐに死ぬぞっ!?」


 ここで新兵たちはふるいにかけられ、見込みある者はさらに厳しい訓練を受け、そしてデイランや、エリキュスたちの部隊に編入させる。


 兵士の出自は様々だ。

 農民や市民、兵士、傭兵、商人……。

 さらに種族もバラバラ。


 戦闘経験者はまず、クセを抜く所から始まる分、まだ戦いの訓練を受けたことのない、農民や市民の方が見込みのある者が多く出てくる。

 無論、兵士や傭兵は即戦力な分、自分のやり方というものが骨のずいまで染みこんで抜けない為に、他の部隊に回されることが多い。


 また、部隊の中でも、出自における差別などが兵士の間にはあり、これもまた悩みの種でもある。


「アウル、調子はどうだ?」


「おぉ! デイラン、戻って来たのか!

まあ、見ての通りさ。

人数は集まるが、骨のある奴はすくねえよ」


 そう言って、ばてている新兵たちを指さして肩をすくめる。


「余りやり過ぎるなよ。

ここは鍛える場所であって、潰す場所じゃないんだからな」


「わーってるさ。ったく、そんな急いで増やさなきゃならねえのか?」


「増やさなきゃならないんだ。

敵は神星王国と帝国になった。

これまで通り、不意打ちをしてどうにかなる相手じゃない。

アウル。お前には期待してる」


 アウルは嬉しそうに頬を緩めつつ、胸を叩いた。

「任せておけっ!」


「頼んだぞ」

 笑いかけ、場所を移す。


 そこでは弓の稽古が行われている。

 教官は、リュルブレだった。

 リュルブレにも弓騎馬ゆみきば部隊の編成をお願いしているところだ。


 弓隊は、数が少ない王国の軍においては無くてはならないものだと、デイランは考えている。

 騎士道にあるまじき、蛮族の武器とさげすまれてきた弓。


 しかし騎士というものの存在が希薄なこの国では、弓への抵抗感は驚くほど少ない。


 農民や市民たちは特にだ。

 兵士の八割は農民や兵士。

 これまで戦いとは無縁だった人々だ。

 相手を遠方から狙えるんだったら、それほど便利なものはないと、進んで手に取ってくれる。


 弓騎馬隊は従来の弓が調度良いが、誰もが馬を自在に操れる訳ではない。


 弓歩兵というべき部隊には、機動力がない分、相応の射程や威力を求めた。

 狩猟しゅりょうにつかう道具からさらに進化させなければならない。


 弓の長さは長いもので、百八十センチくらいだ。

 もちろんこれも試作段階である。

 現在、この弓を試したところ、射程は最高で、三百メートル近い。

 その分、弓を射るまでの時間がかかってしまうという短所はある。


 だが、今はそれでも十分だと考えている。

 今、こに国が増強しなければならないのは、侵略に耐えうる力だとデイランは思っている。


 帝国と王国との二方面作戦は是が非でも回避しなければならない現状、相手の出方に対応することが一番なのだ。


 両国が別々に攻め入ってくるにしろ、連合するにしろ、今王国側は待ち受ける側だ。

 その分、弓隊を大いに役立てられる防御陣を築く余裕がある。


「リュルブレ」


「デイランか。戻って来たのか?」


「教え子たちの様子はどうだ?」


「狙いを済まし、確実に相手を射殺す――剣や槍と違って、相手との距離も離れている。

 面白さを感じている奴は多いな。腕はともかくとして。

……デイラン。お前も長弓の練習をしたらどうだ?

これまで使ってきた弓とはまた違うぞ」


「お前も愉しんでいるようで何よりだ」


「正直な話、人間相手にこうしてものを教える時代が来るとは思いもよらなかった」

 リュルブレは笑っていた。

 その目は充実感に、輝いている。


「隊長!」

 人間族の隊員がリュルブレの元にかけつけてくる。


 デイランに気づき、「も、申し訳ございません!」と背筋を伸ばした。


「いや、気にするな。

リュルブレ。またあとで話そう」


「ああ。悪いな。

――どうした?」


(リュルブレは、やはり、面倒見が良いな)


 デイランは練兵場を振り返る。


 練兵場の誰でも見える場所に、“虹の翼”のかかげる軍旗、虹色の旗が、風をはらんでひるがえっている。

 あれがこの軍の、いや、この国の目指すもの、この国の向かうところなのだ。

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