第三十二話 策謀の蠢動

 星室せいしつ議会は紛糾ふんきゅうしていた。


 議長役である、アリエミール王国・宰相、ルードヴィッヒ・ド・アリエミールがやり玉にがっていた。


 その場に並んでいる貴族や司祭たちが声を上げる。

 

「閣下。一体どうするおつもりなのですか」


「どうか、すぐにでも対応を発表して頂きたい」


 ルードヴィッヒは言葉にきゅうし、人々をなだめる言葉しか口には出来ない。

「み、皆様。落ち着いて頂きたい。

私だけでは……このような大事だいじを判断することは……」


 こんな状況にルードヴィッヒが追い込まれているのには理由がある。


 一週間前。

 ファインツ州より王国領の全ての州に対して、ロミオの筆跡による書状が届けられたのだ。

 その書状の中で、アリエミール王国宰相、ルードヴィッヒがロミオに対して偽りの罪をかぶせ、意図的に追い落とそうと企んでいるという内容だった。


 それには教団も深く関わっており、それは土地に関する勅命に不満をもってのことだと、はっきりと書かれていた。


 ルードヴィッヒは、その書状をすぐに取り寄せたが、確かに署名の文字は、ロミオのに他ならなかった。


 彼は王国軍や教団の追跡を振り切ったのだ。


 さらに書状には、すでに旗幟きしを鮮明にした、ナフォールをはじめとする、西部四州がことごとくロミオ側についたともあった。


 最初は信じられなかった。

 ロミオが生きているということもそうだが(いつまでも捕縛の報告が上がらないというのは、どこかで野垂れ死んだのだろうと何の根拠も無く思っていた)、ファインツをも傘下に収めたということが。


 ファインツは、ヴェッキヨ・ド・ヴァラーノの王国だ。

 王国は元より、教団すら手をこまねき、あの傲岸不遜ごうがんふそんな男の行為を見て見ぬ振りをしてきた。

 それをあの世間知らずの若造がどうにかした――ありえないと未だに思うが、ファインツに動きが無いということは、ヴェッキヨを倒したのか、捕らえたのか、とにかく西部では異変が起きていることは間違いない。

 そしてその中心に、ロミオ・ド・アリエミールがいる。


 さらに書状には、クロヴィスのこともあった。

 王弟もまたロミオと共にいるとのことだった。


 一体どうやって王国を脱出したのかすら分からないが、どれだけの兵を捜索に回しても見つからないということは、あの書状は嘘では無いのだろう。


 星室議会の貴族や司祭が求めているのは、このままでは自分たちこそ逆臣となるのではないかという心配だ。

 現段階ではロミオと、ルードヴィッヒとを天秤てんびんにかけて、状況を見守るという貴族がほとんどであるが、少しでもルードヴィッヒに手落ちがあれば、一気に、自分の足下は揺らぐことになる。


 そうなれば、処断されるのは自分の方だ。


 貴族たちの問い詰めに、押し黙っていると、議場に誰かが入って来た。


諸卿しょけいっ! 遅れて申し訳ないっ!」


 誰もがその訪問者に目をみはり、唖然あぜんとしている。

 なぜ彼がここに――それが大半の思いだろう。


 ビネーロ・ド・トルスカニャ枢機卿。


 無論、ルードヴィッヒが呼んだからだった。


(あの男は何だ?)


 ビネーロから数歩遅れて、付き従う見覚えのない男は、ルードヴィッヒも知らなかった。


 だが、ルードヴィッヒの意識はビネーロに集中する。

 親愛を周囲に示すように、互いに抱き合い、挨拶を交わした。


 ビネーロは心の奥底に秘めた野心などおくびにもださない、好好爺こうこうやぶりで貴族、司祭たちと向き合う。


「諸卿の苛立ちはもっとも。

しかしながら、何も怖れることなどないのだ。

よろしいか? ロミオは罪を犯した。それは私も確認したのだ」


 貴族の一人が言う。

「罪とは一体。

閣下もそうだが、教団も、陛下……いや、ロミオに何の罪があるかを明確に教えては下さらない」


「それはここでは口にすることも出来ぬほどの大罪だが……ここに言おう。

ロミオは我が教団を排除しようと企んでいたのだ」


 議場がどよめく。


 ビネーロはどよめきが静まるのをじっと待ち、再び言う。


「ロミオは己の野心を満足させるため、国民がすがる信仰を邪教とそしったのだ。

これはアルスへの背信はいしんであり、王国への叛逆ではないだろうか。

それを常に王国と共にある我々、教団が見過ごすことはできない。

だからこそ、忸怩じくじたる思いで、逮捕状を出したのだ。

ロミオが大人しく教団に罪を謝し、こうべを垂れるのであれば、我々も寛大な心をで許そうと思った。

だが、ロミオはこのように王国を二つに引き裂くと言う暴挙に打って出た。

我々はこれを許す訳にはいかないのだっ!

諸卿。今はルードヴィッヒ殿を支えようではないかっ!」


 議場は拍手に包まれた。


 ビネーロは満面の笑みでそれに応じる。

「ありがとう。みな、ありがとう!

そこで、だ。私から皆様に、提案をしたい。

今や、アリエミール王は空位となってしまった。

ロミオは元より、王弟――あの幼き、クロヴィスまでもが愚兄の甘言に惑わされてしまった今となっては残念だが……。

国には王が必要なのだ。

王という尊崇の対象が、民の心を慰撫いぶし、皆の心を一つにする。

そしてこの中に王に相応しい者は一人しかいない……。

ルードヴィッヒだ。彼を是非、王へ推薦したい。いかがかな」


 こんな展開は予想していなかった、ルードヴィッヒは慌ててしまう。

 ロミオと対立していた自分が王につけば、それに不満を持つ貴族たちの反乱を誘発しかねない。

 その問題があるからこそ、己が王位につくという考えを披露しなかったのだ。


 ルードヴィッヒがビネーロを呼んだのは、事態を収拾したいが為であった。


「枢機卿……。

お言葉はありがたいが、それはいくら何でも……」


「何を仰っておられるのですかっ。

民が新たな王を必要とされているのですよ。

それに、心配されることはない。

それは私の一存ではないのです。

教皇猊下きょうこうげいかもそれを望んでおられるのです」


「げ、猊下が……?」


「あなたは猊下より、王冠をたまわり、聖俗両界の守護者となるのです。

――いかがですかな、皆様っ!」


 議場は拍手喝采で、反対する者は誰もいなかった。


                    ※※※※※


 ルードヴィッヒは、ビネーロたちと共に執務室に戻った。


「……全く。

突然あんなことを言い出すから、ひやひやしたぞ」


 ビネーロは議場では見せなかった不敵な笑みを覗かせた。

「気の小さな奴だ。

王になれたのだぞ、もう少し喜んだらどうだ?」


「まあ、そうだな」


「即位は、サン・シグレイヤスで大々的に行おう。

そしてアリエミール王国が教団と手を取り合ったということを改めて、満天下まんてんかに示すのだ。そうすれば、逆らおうなどという者はおるまい」


「ところで、そいつは誰だ?

騎士にも司祭にも見えないが」

 ルードヴィッヒは。ビネーロの背後にいる男を指摘した。


 男の第一印象は、抜け目のなさそうな、腹の底の読めない不敵さ、だ。

 はっきり言って、気味の悪い男だ。


「オーランド・グルワースでございます。

陛下」


 陛下、という呼称に、ルードヴィッヒは思わずゆるんでしまいそうになる口元を引き締めるのが大変だった。


「実は、今回の絵を描いたのは、オーランドなのだ。

彼は帝国の人間だ」


「な、なんだとっ!」


「驚くことはないだろう。教団内には帝国の人間もおるんだぞ」


「ここは王国領だ。教団の領域ではないぞっ」


「いつまでそんなことを言っているんだ。

今の敵は帝国か? 違うだろう。ロミオこそ、敵では無いのか?」


「……それは」


 オーランドは言う。

「陛下。

実は皇帝陛下より、王国との和睦わぼくを模索できないかと言われまして、このように枢機卿にお力添えをお頼みした次第に御座ります」


「和睦?」


「左様で御座います。

先日の野戦における敗北……。

あれによって王国はさすがに偉大な国だと再認識いたしまして、ここは両国が手を取り合い、この大陸を平和にすることこそ肝要だと……」


「コルドスが左様、言ったのか」


「はい」


 ビネーロは言う。

「ルードヴィッヒよ。

両国における和平締結は、猊下も歓迎しておられることなのだ。

帝国と同盟を組めれば、ロミオなど恐るるに足りん。

もし両国の和平がかなえば、お前は、王国史に燦然さんぜんと輝く功績を残すことになる」


「確かに……」

 ルードヴィッヒは功績という言葉の響きに、目がくらんだ。

「まあ、それはおいおい考えよう。

今はともかく、即位のことだ。

即位すれば、後のことは私に……いや、予に任せてもらおう」


 オーランドは口の端を持ち上げ、深々と頭を下げた。

「陛下のご高恩こうおんに、感謝致します」

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