第三十一話 星騎士(エリキュス)の決断

 夜が明け、早朝の澄んだ空気には似つかわしくない光景が、かつてオルンヅがあった場所には広がっていた。

 州都・オルンヅは城壁だけを残し、建物は何一つ残さず、炭になっていた。


 マックスから早馬が来たのは夜中だった。

――オルンヅが焼かれたわ!


 デイランたちはオルンヅへ急行し、焼け出された人々の救助に当たった。


 デイランたちが到着したときには炎は街の全てを飲みこみんでいた。


 犯人は傭兵の一団だったという。

 彼らは寝静まった街を急襲し、ほうぼうに火を付けて回り、そしてヴェッキヨのまう館へ押し入るしや、略奪の限りを尽くし、最終的には館にまで火を放った。


 焼け出された人々の中にヴェッキヨの姿はなかった。

 ファインツの独裁者は炎に飲み込まれ、呆気なく死んだのだろう。


 ヴェッキヨ打倒に燃えていた人々は今は、焼け出された人々の救護に努めていた。

 その中にはロミオや、トリンピスたち騎士の姿もあった。


 かつて街のあった場所の周囲には、幕舎が建てられ、そこに焼け出された人々は避難した。


 あまりの呆気ない、暴君の終焉しゅうえん

 ファインツを解放した実感などあろうはずもなかった。


 デイランはエリキュスを見る。

「エリキュス。俺たちの仕事はこれで終わりだ……。

お前の任務はまだ終わっていないが……」


 ロミオを捕らえる。

 それはエリキュスの使命だ。


 そこに一段落付いたトリンピスたち、騎士が姿を見せた。

 彼らは厳しい眼差しを、エリキュスに向けていた。


「今や我々の主人はロミオ様以外にはおられない。

ロミオ様を捕らえるというのであれば、我々も黙っている訳にはいかない。

エリキュス殿。

あなたは一体何の故があって、アリエミール王を捕らえるのですか」


 エリキュスは目を伏せ、呟く。

「ロミオ様を捕らえよと命じられ、こうしてやって参りました」


「何の罪なのですか」


「……謀反を起こした、それしか聞いておりません」


「王が謀反? そんな話は聞いたことはありませんっ!

エリキュス殿ほどのお方が、何の疑問も持たなかったのですかっ」


「わ、私は……」


 デイランはエリキュスをかばうように、トリンピスたちをなだめる。


「エリキュス。

お前だって今の教団のあり方が正しいと思っている訳じゃないだろう。

お前の部下も、そうじゃないのか?

ヴェッキヨをここまで増長させたのは教団だ。

連中にとっては自分たちさえ良ければ、民がどれほど苦しもうと知ったことではないということだ」


 エリキュスは口を開きかけたが、言葉は出てこないようだった。


「ロミオなら、世界をもっとまともに出来るとは思わないか?」


「…………」


「エリキュス。よく考えてくれ。

それでももし、お前達が教団の務めを果たすと言い張るんだったら、遠慮はしない」


 デイランはロミオの元へ駆け寄り、救護の手伝いに加わった。


                  ※※※※※


 部下達がエリキュスを振り返る。

「エリキュス様。どうなさるのですか?」


 エリキュスはぽつりと呟く。

「ロミオ様を捕まえれば……どうなると思う」


 部下達は誰も答えず、目を伏せた。


 答えが分からないのではない。

 分かりすぎるくらい分かっているからこそ、答えられない……。


 彼らもまたヴェッキヨ討伐の為に、戦ったのだ。

 教団ではなく、民の側について戦った。

 彼らはそれを後悔してはいないだろう。 

 後悔しているのであれば、エリキュスの問いに目を伏せないはずだ。


 エリキュスは部下達に言う。

「今の教団はおかしい。

もし仮にロミオ様が何かをしたとして、なぜ我々、教団が関わらねばならない?

ロミオ様は信仰を冒涜ぼうとくするようなことはされていない……。

教団という組織と、純粋な信仰……それが今、大きく乖離かいりしていると私はずっと思い続けていた……」


 誰も黙ったまま語ろうとしない。


「私はあの方のおそばにいようと思う。

そうして本当にあの方の思い描こうとするものが、民の為のものなのか見届けたいと思う。

本当に教団や王国が宣言するように断罪すべき人なのかどうか。

私は自分の目で確かめたい」


 エリキュスは部下達、一人一人を見つめる。


「無論、君たちまで私と共に行く必要はない。

教団へ注進ちゅうしんしたいと思うのならば、それを止める権利はない。

自分の良心に従ってもらいたい。

……また、どこかで出会えれば良いな」


 エリキュスは部下たちに背を向けて、傷つき、うめく人々の元へむかった。


                ※※※※※


 数日後。

 オルンヅの人々の救援を終え、ロミオたちはサロロンに戻っていた。


 そこでトリンピスをはじめとした騎士たちはひざまずき、正式に忠誠の誓い――つまり、三殉さんじゅんの誓いを捧げ、ロミオはそれを受けた。


 やはり驚くのは、ロミオの自然さである。

 これまで縁もゆかりもない人間から忠誠を誓われても、普通の人間ならとてもそれを受け容れる度量など持ち合わせられないだろう。


 こうしてみると、やはりロミオは王なのだと改めて関心させられる。


 その場にはデイランも列席し、そして同じ場所にはトリンピス、そして彼の部下達もまた揃っていた。

 だが、彼らは騎士たちのような誓いはしない。

 彼らがあくまで従うのはアルスのみという理屈らしい。


 トリンピスはこの式の前夜、デイランに「ロミオ様が圧制者になれば、いつでも斬る」と堂々と伝えてきたのは、彼の几帳面さなのか、何なのか。

 やや面食らいつつも、うなずいた。


 ロミオにそのことを伝えると、「良かった。これで僕が万が一、暴君になった時にも止めてもらえるんですね」と冗談なのか、本気なのかつかないことを言った。


 サロロンに集まった人々は騎士ばかりではない。

 州内のほうぼうの村や町の庶民から有力者も関係なく、多くの人々が集まった。


 マックスたちにより、ファインツの町や村に、ヴェッキヨを倒したのは、家臣の謀反にあいながらも、その機転によって王都を逃れたアリエミール王であると喧伝けんでんされていた。


 無論、誰もロミオと直接対面したことなどないが、トリンピスたちがかしづいていることで、彼を王であることに疑問を差し挟む者は誰もいなかった。


 その夜。

 サロロンの街は、圧制者からの解放を祝う祝いの宴が(別名、飲み会)開かれ、大賑おおにぎわいとなる。


 その賑やかさから遠ざかった場所に、ロミオとデイランはいた。


 ロミオは空に輝く美しい月を見上げ、デイランに笑いかける。

「着の身着のまま、命だけを持って流れてきた身に、再び忠誠を誓ってくれる者ができるとは思いませんでした」


「全てはお前の人徳だな」


「いいえ。デイラン殿たちの奮戦のお陰です。

私はただいただけですから」


 これ以上、何かを言っても、ロミオは素直に受け取らないだろうから、デイランは話を変える。

「予定を少し変えようと思う。

ナフォールにはつかいをだし、アウルたちにはこっちに来てもらうことにする。

ロミオには、地固めとしてファインツの街を周り、ここを己の領土であることを認知してもらいたい」


「何故、ナフォールに行かないのですか?」


「西端にいるよりもここを本拠にした方が良い。

ここは豊かだ。兵の徴募ちょうぼに応じる人数はそこそこは見込めるかもしれない」


「分かりました。

ですが、ファインツとナフォールの間にはまだ州がありますが……」


「それなら安心してくれ。

ファインツと比べれば、飛べば吹くような勢力だ。すぐに攻め落とせる」


「侵略をするのですか?」


「おいおい。

お前は王なんだぞ。王が自分の治める国の領土の混乱をしずめるのがどうして侵略なるんだよ」


「あ、そ、そうですね……。

すみません。逃げることのほうが多かったものでつい」


「まあ、無理もないな。

だが、攻めると言っても、すぐに攻撃を仕掛ける訳じゃない。

ロミオを王として認めるのなら手は出さないさ。

だが、王国と教団とのいくさは避けられない。

連中が手の平を返してお前を認めるなんざ、ありえないことだからな」


「分かっています。

――デイラン殿」


「ん?」


「ありがとうございます。

あなたと出会えて本当に良かった。

そう思います」


「出会い、じゃないさ。

お前は俺たちを雇った。それだけの見る目があるってことだ」


「そうですね」

 ロミオは微笑んだ。


 デイランも口元を緩め、空を見上げる。

 満天の星空が輝いていた。

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