第九話 一騎打ち

 翌早朝。

 デイランに率いられたエルフ、ドワーフ連合軍がしずしずと、ムズファス族の本拠地へと進軍していった。

 これまでは奇襲や罠で相手を倒してきたが、もうそのような手はいらない。

 数で圧倒させ、望むならば、カルゴを投降させたい。


 およそ一千の大集団ということもあり、敵にはすでに動きが筒抜けだった。


 敵襲敵襲とムスファス族の物見が叫ぶ。

 ムスファス族が防御用に打ち立てた柵ごしに覗き込んでみるが、誰もが圧倒的の数を前に息をのまれて言葉もないようだった。


 たちまちムスファス族の集落は包囲下におかれることなった。

 蟻の這い出る隙間もないほどの厳重さだった。


 デイランは馬を進め、叫ぶ。

「カルゴはいるかっ!

それとも尻尾を巻いて逃げ出したかっ!?」


 すると、柵前に集まっているドワーフたちを押しのけ、巨大な戦斧を肩に担ぎ、胸当てに、獣の皮と獣の毛とで作った下衣とに身を包んだ、眼光鋭い男が現れた。


 そのドワーフの登場に、包囲している方がどよめく。

 それだけで相手がカルゴであると分かった。

 他の部族にとっては恐怖そのものなのだろう。


 デイランは呼びかける。

「カルゴ! 無駄な血を流すのはもうよそうっ!

お前が大人しく投降するのなら、他の者の命は許すっ! どうだっ!」


「投降? ふざけるなっ!

このカルゴ様がどうして何も戦わずして投降しなければならん!

笑止だッ!!

それよりもお互いに大勢の血を流すより、大将同士の一騎打ちで勝負を決めるのはどうだ!」


 デイランは即座にそれを受ける。

「良いだろう!」


 慌てたアウルが馬を寄せてくる。

「おい、デイラン! 何を考えていやがるっ!

これだけ圧倒的な状況で一騎打ちなんて……!」


「だが連中も死に物狂いに向かってくれば、犠牲は大きくならざるをえない。

あいつを討てれば、連中の士気は地に落ちるはずだ」


 アウルは口ごもった。

「も、もしものことがあったら……」


「俺が死ぬ、か?」


「お前が死ぬとかないとは思うけどよ……

マックスから、お前のことはくれぐれも守れって言われてんだっ!

ちょっとでも怪我をさせたら、すねを蹴られるあけじゃすまねえよ!」


 デイランは独りごちる。

「戦えば、要らないものを呼び寄せるかもしれない」


「何だって?」


「いや、何でも無い。

……せいぜいお前が軽傷で済むようがんばるよ」


「お、おい!」


 アウルの言葉を振り切り、デイランは馬から下りる。

 得物は腰に帯びた剣だ。


 デイランが柵を乗り越え、近づいてくる。肩に担いだ斧をブンブンと振るう。

 身の丈はデイランの三分の二ほどしかないが、帯びている闘気もあいまってまるで大男と向かいあうような気持ちにさせられた。


「いくぞぉぉ! 人間ッ!」


 傲然と言い放ったカルゴは大斧を振り回し、迫ってくる。

 デイランはそれを避けるので手一杯だった。


 カルゴは片腕で軽々と、巨大な斧を振るい、襲い来るのだ。


「どうした! もし俺が疲れるのを待っているのだとしたら、無駄なあがきだぞぉ!

こんな程度で疲れるものか!

人間とは違うのだからなァッ!」


 カルゴは嬉々として斧を振るう。


「ふははははっ!

人間がっ!どうしたんだ! 逃げ腰じゃないかっ!」


 その時、カルゴの身体が不自然にかしぎ、「ぬぉおっ!?」と上擦った声を上げた。


 カルゴがは泥濘ぬかるみまっていた。


 自重こそ大したことはないが、戦斧が致命的だった。

 昨夜振った雨のせいでことで地面が柔らかくなっていたのだ。


 カルゴは藻掻けば藻掻くほど沈んでいく。


 デイランは剣を構え、飛び込んだ。


 カルゴは「くそがああああ!」と振るった斧を回避し、懐まで一気に肉迫した。

 そしてカルゴの右肩から袈裟懸けに斬り下げた。


「ぐうぁあああああああああ!!」


 巨大な斧を支えていた右肩を斬られ、カルゴは濁声を上げると同時に、斧を手放した。


 ズンッと斧が大地に突き刺さる。


「こっ、この……人間がぁっ……こんな、こんなぁっ……」


 カルゴは溢れる血に身体を濡らし、前のめりに泥沼に顔を埋めるように事切れた。


 一瞬の沈黙を挟み、デイラン率いる軍勢は大歓声を上げた。

 その声がこのあたり一帯を震わせる。


 デイランは、自分の族長がたおされる一部始終を見守っていた、ムズファス族の面々に対して声高に言い放つ。

「お前たちの頼りにしている族長はもういないっ!

どうするっ! まだ抗うのかっ! そうであれば、決着を付けようっ!

どちらかが死ぬまでっ! どうだっ!!」


                 ※※※※※


 帝国軍領内とロザバン居留地国境線――。


 そこには三千余りの軍勢が集結していた。

 それを統率する将軍は機会を窺っていた。


 ムズファス族とがぶつかれば、火の手が上がり、黒煙が昇るはず。

 それを目標として一気に攻めかかるてはずだ。


 そうなれば、死に物狂いのムズファス族と戦ったことで消耗した、エルフ、ドワーフ軍を殲滅することが出来る。


 千年協約を破ったうんぬんの政治的な問題は、オーランド・グルワースが処理することになっている。


 伝令が駆けつける。

「申し上げますっ!」


「どうしたっ」


「国境線に王国軍旗がっ!」


 将軍は目を瞠る。

「何だとっ!

……見間違いではないだろうな」


「こちらへっ」


 指揮官は伝令に案内させて馬を駆けさせ、王国との国境線を臨める場所へ向かう。


「っ!」


 確かにそこには王国軍旗がたなびかせ、軍勢があった。


 すると、そちらから二騎の騎馬兵が駆けてくる。

 将軍は腰の剣に手をかける。


 騎馬兵は両軍の中間地点で止まる。

 表情はかぶとに隠れて分からない。

 と、騎馬兵が声高に叫んだ。


「帝国軍に次ぐ!

ロザバン居留地への進軍は、千年協約に基づき、人間族の立ち入りは出来ぬということになっている。

これは国と国とではなく、教皇猊下げいかのご臨席の下、人間族と、エルフ、ドワーフ族との約定やくじょうである。

これを破るは、神星教団への背信である!」


 伝令がおずおずと尋ねてくる。

「……い、いかがなさいますか?」


 将軍は眉間に皺を刻み、奥歯を噛みしめた。

「……ここで王国とことを構える訳にはいかない。

兵を退かせろ」


「し、しかし、オーランド卿が」


「あんな小役人の為に皇帝陛下のお怒りを買いたいのか」


「はっ……かしこまりました!」


 伝令は撤退を叫びながら、馬首を返した。


 将軍もまたそれに続く。


(くそ、王国軍が!

いつからこんなに動きが良くなったんだっ)


                  ※※※※※


 帝国軍に対して叫んだ騎兵がゆっくりと、本隊へと戻ってくる。


 本隊を率いる馬上の男――アルゼンの行政長官、クリム・ウルトゥルフが不安な顔をしながら言う。

「い、いかがでしたか……?」


 伝令役――兜を脱ぐと、髪がさらさらと肩に落ちかかる。

 マックスはにこりと微笑んだ。

「安心して。連中は退いていったわ」


 クリムは心底、安堵したと言わんばかりの表情をした。

「ほ、本当ですか……良かったぁ」


 そこにいたのは王国軍の正規軍ではない。

 アルゼンの行政長官、そしてダルダンたち衛兵隊。

 決して練度が低いという訳でがないが、さすがに帝国の精鋭たちとは比べるべくもない。


「――あんた、とんでもないわね」


 その声に、マックスは振り返る。

 声の主はもう一人の騎馬兵だった。その騎馬兵が兜を脱ぐ。


 現れた顔は、タズネのものだった。

 彼女はマックスを無事、クリムの元へ辿りつかせるための護衛だった。

 タズネ自身は決戦の場に出られないことに不満タラタラだったが、恋人のリュルブレに「頼んだぞ」と言われてしまっては、受けない訳にはいかなかった。


 マックスがあっけらかんと言う。

「何が?」


「何が、ですって!

相手は帝国の兵よ!? そこにあんな無防備に姿をさらすなんて……。

本当に人間は理解できないわっ!」


「そう? まあ、褒め言葉として受け取っておくわね」


 タズネはゲテモノでも見るような顔つきになると、理解しきれないとそっぽを向く。


 マックスはそれでも笑顔だ。

 何せ、全てうまくいったのだから。


(さすがはデイランね。

帝国れんちゅうの動きをこうも見抜くなんて……)


 手紙を届けた先は、クリム。

 彼に頼んだ軍勢を仕立ててもらったのだ。

 帝国軍が、適当な理由をつけてロザバン居留地に攻め寄せてくる可能性があるから、と。

 その読みが見事に適中したのだった。


 クリムが何かに気づく。

「あれは……?」


 マックスもそちらを見ると、居留地から白い煙が三つ上がった。

「あれは合図よ。

万事うまくいったのよっ!」

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