文化祭・序~006

 ともあれ、強引に約束させられて、赤城たちは帰って行った。

 翌日その旨をヒロに言う。

「赤城って奴とやったのか。強いって話だったが、どうだった?」

「まあ、そこそこか。力はあるが、遅いし」

 そんな感じで雑談していると、会長に呼ばれた。

「なんすか?」

「おう、お前等のスパーな、10ラウンドで行こうと思ってんだが、どうだ?」

 顔を見せ合う俺とヒロ。練習生にフルラウンドやらせんのか?

「メインイベントだから、時間が短いと観客が不満になるかもしれねえし、来年に影響あるかもしんねえとかって相談されてな。隆の彼女に」

「槇原が?そう言ってもだ、俺が1ラウンド1分で隆をOK するかもしんねえじゃねえか?」

「遥香が?そう言ってもっすよ、俺がヒロを開始1秒でノックダウンさせるかもしれないじゃないっすか?」

 睨み合う俺とヒロ。横から青木さんが呆れ顔で口を挟んだ。

「だからフルラウンド戦う様にしろよ。スパーとは言えあくまで実戦練習、今までやって来た練習そのままやれ。KO目指すとか考えずに」

「青木の言うとおりだ。スタミナ配分も考えてフルラウンド動けるように計算しながら動いてみろ」

 あくまでも練習の一環だしな……派手なKOの方が観客は盛り上がるんだが。

「それに、当たり前だが、ヘッドギア着用だし、グローブもでかいのを使う。KOはよっぽどじゃねえ限り起こらねえ」

「コークスクリューとワンインチパンチが決まれば……」

「博仁相手の簡単に決められると思うのか?」

 まあ、無理だな。完璧に警戒させるだろうし、溜めがデカいコークスクリューはカウンター貰いやすいし、ワンインチパンチの間合いまで接近させてくれるとは思えない。

「オッチャン、俺のスマッシュならぶっ倒せるぜ。隆の馬鹿程度に読み負けする事もねえし」

 どのタイミングで放つとか、いろいろ考えてあるんだろうが、誰が馬鹿だ誰が。

「こいつ、お前のスマッシュもろに喰らっても立つじゃねえか。スパーのグローブだから尚更だ」

 そうだな。何度か喰らったがKOは無かったよな。逆転する事もあったよな。

「こいつタフだからな……俺のスマッシュ喰らっても立つとか、ホント馬鹿だし」

「お前のパンチが貧弱だから立てるんだアホ」

 睨み合う俺とヒロ。お前から先に挑発してきたんだろうが。

「大体生駒にまともヒットしたのに立たれたんだろが。俺なら尚更だ。俺は倒れないし」

「生駒は素拳がメインだから慣れていただけだろうが。お前が馬鹿なだけだ」

「その割に、ワンインチパンチでぶっ倒れたよな、お前」

「次があると思ってんのか?おめでたい頭だな」

「いい加減にしろお前等。貰って耐えるとか思うんじゃねえ。貰わないようにデフィンスに努めるんだ普通は。読み勝ちとか言っても、お前等いつもスパーしているだろうが。ある程度は読めて当たり前だ」

 青木さんの正論に全く反論できなかった。その通りだし。

「まあなんだ。ウェイト管理もちゃんとやれ。一応実戦練習だしな」

「お前、マジでバカ食いやめろよ。対抗戦の二の舞になるぞ」

「そ、そこまでシビアになんなきゃいけねえのか?」

 本気で嫌そうな顔のヒロ。

「お前の方が重いから勝った、とか思われたくねえんだったらな」

「……おい隆、お前今日からミドル目指せ」

「嫌だよ。バカ食いやめればいいだけだって言ってんだろ」

 減量がとっても嫌なヒロは俺にウェイト増加を求めたが却下した。太りたくねーだろ普通に。

 そんな感じで準備は進み。ときどき会議なんかして進行状況も把握して。

「じゃあ、今日から会場の整備をしようかと思います」

 横井さんに呼ばれて講堂に行ったらそう言われた。

「俺達体育祭の練習とかしなくていいのか?」

「勿論します。並行での作業になります。いいですね蟹江君、吉田君」

 新な戦力の蟹江君と吉田君もちょっと嫌そうな顔だ。

「横井、確かに協力してもいいとは言ったけど、この人数はねえだろ」

 蟹江君が苦言を呈した。当たり前だ。講堂に居るのは、蟹江君、吉田君、俺の他にはヒロと赤坂君。

 たった5人でどうしろと言うのだ?

「だから、今日は5人でできる事をやって頂戴。人材は槇原が何とかするから」

 遥香がそれやってんのか。だけどだ。

「人材なら蟹江君と吉田君に頼んだ方がいいだろ?物作りクラブなんだから、伝手はあるだろ?」

「いや、二年主体って事だからな、物作りクラブで二年は俺達しかいねえんだし」

「別に一年もいていいだろ?」

「他の一年がそれで納得するんならな。今回のイベ、内申点貰えるんだろ?言うなれば特別扱いだ」

 それなら俺達も特別扱いで妬みの目で見られるのでは?

「校長が進めているイベだからね。他の行事と比べたら、それは確かに贔屓目に見られるでしょうけれど、内申点も微々たるものでしょう?」

「無いよりあった方がいいだろ。現にヒロは内申点に惹かれて協力したんだし」

「あれは方便だ。どっちにしたって協力はするだろ。南女は波崎だし、お前とスパー出来るのは俺だけだし」

 それもそうだな。そうじゃなくても、お前はメンバーに最初から入っているんだし。国枝君と同様に。

「まあ、仕方ねえか。だけど声掛けくらいはしてもいいだろ?使える奴何人か引っ張りたい」

 吉田君が頼もしくもそう言った。伝手あるんじゃねーかよ。

「吉田、知ってる奴いるのか?」

 蟹江君も意外そうに。

「直接は知らねぇけど、去年の文化祭でDの射的の内装やった奴。あれ結構いい出来栄えだったからさ」

「ああ、あれな。確かに」

 蟹江君も納得の内装のようだが、文化祭の時は忙しすぎて他クラスを見る余裕が全く無かったので、俺は知らん。

「Dの内装を作った人ね……」

 横井さん、そう言ってスマホをピコピコ。

「槇原にメールを打ったわ。あとは槇原がどうにかするでしょう」

「遥香も面識がない人じゃ厳しいんじゃないかな……」

「そうかしら?協力要請をするだけなら緒方君でも可能だとは思うのだけれど」

 頼むだけならな。断られるかもしれんって事だよ。

「他に誰か心当たりはいないのかしら」

「そうだな……演劇部のセット作る連中。二年が居たらそいつも引っ張れるか?」

「じゃあその人たちも槇原にやって貰いましょう」

 そう言ってまたスマホをピコピコ。断られるかもしれんのに、丸投げして大丈夫か?文化祭のクラス展示や劇もあるんだぞ?

 蟹江君達もいきなり言われてもどうしようもなく。

「まあ……図面にある各屋台の区画でも作るか?」

「区画って、どうやって作るんだ?」

「メジャーで採寸して地面にロープを打ち込むだけだ」

 そう言って吉田君を伴って採寸開始。俺達はだたぼけーっと見ているのみ。何したらいいか解らないからだ。

「緒方、暇ならそこにスプレーあるだろ?印振ってくれ」

 暇だが、印を振れとはこれ如何に?

「俺達が採寸したところ、木の棒で地面に傷つくってんだろ?そこにちょんちょんとスプレーを振って区画を解りやすくすんだよ」

 よく解らんが、傷を作ったところにスプレーを振ればいいんだな?

「蟹江君、僕は?」

「赤坂はそうだな……虎ロープだな。多分倉庫にあると思うから、長い奴適当に持ってきてくれ」

「虎ロープってなんだ?」

「お前の庭でも使っただろ。黒と黄色のロープだよ」

 ああ、だから虎、か、成程。

「蟹江、俺は?」

「大沢はハンマーと五寸釘。これも倉庫にあるだろうから」

「おう、って五寸釘?誰か呪うのか?」

「誰を呪うんだよ。別に五寸釘にこだわっちゃいねえけど、長けりゃ長いほどいいからな」

「おう解った。そもそも五寸釘っての知らねえから、長い釘を適当に持ってくりゃいいんだな」

 そう言ってヒロと赤坂君は倉庫に向かった。俺は言われた作業でもしようかな。

 地面に傷をつけたところをちょんちょんとスプレーする。

 すると、なんと言う事でしょう、四角い区画が沢山出来たではないか。

 屋台は黒潮、南女、ヤマ農、渓谷、丘陵で5つ。展示が東工、連山の二つで、計7つ。

「あれ?8つ区画ある。間違いじゃない?」

「いや、図面にそう書いてあるぞ。ほら」

 ホントだった。8つ区画がある。まだどこかの高校を引っ張ってくるつもりなのか?

「だけど講堂でいろんなのやるんだよな?」

「う、うん、海浜は社交ダンス、中洲情報は自主アニメ上映、北商は和楽器演奏で、海嶺はオーケストラ。山塊は演劇……あ、深海はスポーツチャンバラ実技だったか」

「他にも南海はマスゲームで、内湾女子がチアリーディングだったっけ?西高と砂丘が誘導員とか警備員とかだったよな?ウチはお前等のスパーっと」

「準備とかの時間を考えれば妥当な出し物の数だけど、屋台の数が足りねえよな。展示の数も欲を言えばもっと欲しいか。区画広く使ってんだが、まだ使える土地あるんだし」

 確かにその印象はある。だからもうひと区画やる学校を引っ張ろうって事なのか?

 考え込んでいた時、ヒロと赤坂君が戻って来た。

「おう、これでいいか?」

「これこれ。よくあったな五寸釘。赤坂もロープサンキューな」

 頼んだものを受け取ってスプレーで印した地面にロープを這わせた。

 それを五寸釘で打って固定して……

「はい、出来上がりっと」

 おおーと感嘆の声を上げた俺。砕石地面の駐車場で見た事あるやつだ

「屋台の区画にしては広いな?」

 ヒロも同じ感想を抱いたようだ。まあ、狭いよりは広い方がいいからありっちゃありだろ。俺としては、もうひと区画が気になるが。

 この日はこれにて終了だった。だって資材も何もねーんだし。蟹江君もぼやいていたし。何しに来たんだ俺達って。

 つーか遥香も忙しい様で、このところ一緒に帰ってねーな。

「隆、今日ジム行くか?」

 ヒロが振って来るので頷いた。

「お前とスパーが出し物だからな。当日までちゃんと練習しないと」

「まあ、そうだけどよ。だけど、ガチでやるのか?」

 ガチ、とはマジで勝負すんのかって事だ。

「見世物として、と言うのなら、多分そっちの方が正しいんだろうが、フルラウンド確実にできるし、練習の成果も試せるし」

「その意見は賛成だが、お前、俺と終始馴れ合いでポコポコ殴り合い出来るのか?」

「逆に聞くが、お前は?」

「まず100パーセント熱くなるから、どこかで本気になると思う」

 ヒロも同じ意見だったか。じゃあ最初からガチでやるしかねーんじゃねーの?

「だから、こういうのはどうだ?序盤はホントにただのスパー。中盤からガチ。これならフルラウンドやれるんじゃねえ?」

「俺はフルラウンド動ける自信があるけど」

 お前よりもスタミナがあるんだし。

「俺に打たれねえって自信あるのか?」

「それを言っちゃあ……」

 打たれたらダメージも蓄積されて動けなくなる可能性はある。逆もしかり、ヒロも動けなくなるのが早くなる事だろう。

「だけど、序盤手を抜くってのがな……八百長みたいでなんかヤダ」

 お客は熱い勝負が観たいんだよ、多分。

「八百長ってほどじゃねえだろが。そもそもスパーも練習の一環だ。練習をみんなに見てもらうってだけだ」

 それはその通りか。俺達プロじゃねーからな。お客を沸かせるって事に関しては、本来考えなくてもいい立場だ。

「しかしだ、俺達メインイベンター扱いだぞ?」

「スパーでメインイベントも何もって感じだが、そうだな」

「お客が一番熱くなるのがメインイベントだ」

「まあ、そうだ。無様な試合は見せられねえ」

「だけどこれはスパーだ。練習だ。試合じゃねーんだよな?」

「……ちょっと待て。混乱してきた」

 ヒロが眉間を押さえながらしかめっ面を拵えた。その気持ち、解るぞ。結局どうすりゃいいの?って事だ。

「……その辺ちょっとオッチャンにも聞いてみようぜ」

「会長はメインイベントと言ったよな?」

「じゃあ普通にガチで試合……」

「荒木さんはスパーだと言ったよな?」

「……どうすりゃいいんだよ?」

 だから序盤は手を抜くとか考えなくていいんじゃねーの?普通にスパーやればいい。どうせ俺がKO勝ちするんだから。

 だけどフルラウンド戦えって指令が出ていたような気がするな……荒木さんから。

 会長にお伺いを立てたところ、お前等はプロじゃねえんだから、練習をみんなに見せろって事になった。要するにスパーだ。タダの。

「そうは言ってもお前らメインイベントだからな。だらけた試合は見せらんねえぞ」

 青木さんに弄られた。さっきもこんな感じでごちゃごちゃになって、結局どうすりゃいいの?って事になって会長に相談したんだが。

「余計な事言うな青木。博仁も隆もプロじゃねえ。スパーを公開するだけだ。だからちゃんと10ラウンド使うようにしろ。当たり前だがチャンスになったら打って出ろ。スタミナを調整しつつもKOを狙うようにな」

「いや、結局それって試合じゃないんすか?」

「スパーリングは実戦練習だ」

 試合じゃないが実戦練習だって事に落ち着いた。つまりいつも通りやろうって事にした、考え過ぎは良くないと、ヒロも納得した答えだ。

 そして放課後に講堂でもの作りクラブの二人の指示を仰いで何かを作り、打ち合わせだと言っては他校との会議に呼ばれ。

 体育祭も軽ーく流して(それでも1着は取った。ヒロも)。学校終わったらジムで練習して……

 そして待ちに待った日曜日。10月最後の日曜日――

「ヤマ農の収穫祭だ!」

「だなー!今日まで自由な時間殆どねえから今日が楽しみで楽しみで!」

 俺とヒロのテンションがおかしかった。学校とジムばっかで自分の時間が殆ど無かったからだ。

「はは……その気持ちは解るよ。僕も自由な時間はほとんど無かったから」

 国枝君は若干疲れた様子だった。

「大丈夫?無理に来なくてもいいと思うけど……」

「いや、松田君から是非とも、と言われたからね。友達に来いと言われたら行くでしょ?」

 まあそうだ。河内だったら断るが、松田だったら断らない。友達の中でも優先順位ってのがあるし。

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