二人目~001

 GWが終わって最初の休日。つまり日曜日。

 俺は電車に揺られて黒潮に向かっている真っ最中だった。

 何故バイクで出向かなかったって?それはだな……

「緒方君、何か考え事でもあるのかい?」

 同じ車両、もっと言えば俺の前に座っている赤坂君に話し掛けられた。

「いや、電車で黒潮も久し振りだなって思って。その前の冬休みに入って直ぐくらいだったからさ」

「あ!それってあの騒動の時の事ですよね!潮汐と南海の悪い人が組んで白浜に殴り込みに来たってアレ!」

 テンション高めに前の席、もと言えば赤坂君の隣の席から身を乗り出したおさげちゃん。

「あはは~。殴り込みと言うよりも勇み足に近い感じだったようだけどね。黒幕さん、追い詰められていたから。更に黒幕さんに」

 隣の遥香が愉快そうにあの話を振り返った。勿論朋美の生霊の事は濁して。

「そっか、緒方とあの人ってその時戦ったんだっけ。しかしあの人も思い切ったよね。狂犬緒方と戦おうなんてさ。まず間違いなく病院送りにされるのに」

 後ろの席の児島さんが気の毒そうに言う。まあ、確かに病院送りにしたけども。

「でもさ、今日行くところの人って、隆よりも強いんだって。勝ったのもマグレだって話だし、やっぱ上には上がいるもんだよ。尤もあの人は人間が出来ていたから馬鹿隆とは比べ物にならないんだけど」

 児島さんの隣の麻美が暗に俺をディスった。もう何度目か知らんが、今回も言う。誰が馬鹿だ。

 つうか、超珍しいこの面々が行く先は、的場モータース。児島さんはヘルメットの返却及びもっと可愛いのが欲しい。赤坂君はバイクが欲しい。二人にそう言われて、じゃあ的場もータースに行こうかとなった訳だ。

 おさげちゃんは当然赤坂君の付き添い、と言うか、黒潮にも遊びに来たかったから付いて来た。麻美はなんで付いて来たのか本気で解らん。暇だったからだろうけど。

 遥香は言わずもがな。俺が行くっつうんなら付いてくるのは当たり前だ。自分でそう言っていたから間違いはない。

 黒潮駅に到着。ここからはバス移動だ。

 そしてバスに揺られて、少し歩いたところにある的場モータースに到着。

 アポは取ってあるから的場が待っている。なので待たせちゃ悪いと、気持ち早歩きになった。

「ここが緒方君推薦のバイク屋さんか。ヘルメットとかはネットで買ったからいいけど、流石にバイクはちゃんと見て買いたかったから、紹介して貰えて有り難いよ」

 赤坂君が感謝するように言うが……

「いや、俺このバイク屋しか知らないから……」

 実際的場モータースとしか付き合いがない。よってここしか紹介できないのが本音なので、感謝されても逆に困るのだが。

 いや、的場の店は安くしてくれるし、融通が利くし、横井さんも懐いているしで、俺的には優良なバイク屋さんなのは間違いは無いけど。

「じゃあ緒方、早く入ろう。ヘルメットのお礼も言いたいし、もっと可愛いのも欲しいし」

 あの1000円のヘルメットの返却も快く応じてくれたし。別の欲しいらしいと言ったら安くしてやっから本人連れて来いとも言ってくれたしで、優良店だろう?

 まあ、ともあれ、アルミ製の引き戸を開ける。「いらっしゃいませ」と的場の声がした

「お?緒方か。時間通りだな。緒方の女と幼馴染も一緒か。よく来たな」

 ぺこりとお辞儀をする遥香と麻美。こいつ等意外と礼儀正しいんだぞ。尊敬できる人には当たり前だと本人達は言っていたけど。

「で、バイクが欲しいのは……」

 赤坂君とおさげちゃんもお辞儀をした。こっちは普通に単なる礼儀で。

「緒方のダチだって言うから破格にしてやっから。まあ座れ。で、そっちの女がヘルメットの買い替えか?」

「はい。あの時はお世話になりました。我儘まで聞いて貰って申し訳ありません」

 児島さんもお辞儀と挨拶をする。見た目ギャルだかちゃんとしているのだ。

「気にすんな。だけどもう1000円のはねえぞ?あれは型遅れの売れ残りだからあの値段でいいってなった訳だしな」

 冗談とも取れる発言だが、児島さんも1000円は期待していないだろ。多分。

「あの、私もヘルメット欲しいんですが、安くて可愛いの、ありますか?」

 おさげちゃんもヘルメットが欲しいと。赤坂君の後ろに乗るんなら必要だからな。

「気に入るかどうかは見てからだろ。無かったら取り寄せもしてやっから。いいからまず座れ。客に立ち話させるとか有り得ねえよ」

 それもそうだと接客用ソファーに赤坂君とおさげちゃん、児島さんを座らせた。俺達は付き添いだからパイプ椅子だ。

「先ずはヘルメットからか。今あるのはあそこに飾ってあるのだけだが、これパンフだ。欲しいのあったら取り寄せしてやる」

 そのパンプレットを広げて見せた。しかし児島さん、飾られてある白地にピンクの蔦みたいな模様で、蝶がプリントされてあるヘルメットをじーっと見ていた。

「あれが気に入ったか?あれもレディスだからな。フルフェイスのレディスは少ないから結構人気だぞ。 ARAIだしな」

「可愛いですけど48000円ですか……」

「まあ、最新モデルだしな。無理してそれを買わなくて、もっと安いのもある」

 ここで遥香が口を挟んだ。

「でも、安全を考慮すると、やっぱりフルフェイスの方がいいよね。私もそうしたし」

「そうなの?槙原さん、どんなの買ったの?」

「何だっけ?しょーえい?確か5万オーバーだったよ。和テイストで可愛かったし」

 あのヘルメット5万もしたのか!?確かに桜とか菊とかプリントされていて和だったけど!!

「確かに、あんま安いと安全性がな。渡したヤツはインドネシア製だから安かったってのもある。やっぱ国産が一番だな」

 それには同感だ。国産が一番いいって聞いた事もあるし。

「う~ん……じゃあこれを」

 買っちゃうの!?48000円だよ!?高い買い物だよ!!的場も言ったけど、もっと安いのもあるんだよ!?

「一応被ってサイズ確認してくれ。即決で決めてくれたのは有り難いが、返却されると哀しくなっちまうしな」

 哀しくは冗談だろうが、サイズ確認は当たり前の事だ。なので児島さん、ヘルメットを被った。

「あ、丁度いいです。これって私が買う運命だったんじゃないですか?」

「大体そのサイズなんだが、その考えで良いぜ」

 苦笑しながらも乗っかる的場。微笑ましいが、それよりもだ。

「一応パンフレット見てみたら?もっと安くて気に入るのあるかも」

「うん、いや、これがいいし。バイトするし、こう言うのは良いもの買わないと後悔するし」

 バイトすんの!?ま、まあ、それならお金に余裕がある……のか?

「おう。このまま持ってくか?」

「はい。じゃあこれ、お金です」

 そう言って5万払った。お金結構持って来てたんだ!1000円の買えば差額47000円だったのに!!

「流石おねえさんですね!私そんなにお金持ってないです!」

 おさげちゃん、興奮して捲し立てる。だけどおねえさんだからお金持っている訳じゃないんだよなぁ……

「いや、麻美がこの位だって言っていたからね。貯金崩して持って来ただけだよ」

 おねえさんと言われて満更でもない様子だった。なんか照れてるし。

「じゃあ、えっと、お前の予算はどのくらいだ?」

「え?1万円持ってきましたけど……足りますか?」

 なんか肩を縮こまらせて。

「リード工業のジェットなら8000円で買える。今あるヤツはこれだな。ちゃんとレディース用だ」

 棚からジェットヘルメットを取って見せた。アイボリーでなかなか可愛い。ちゃんとシールドも付いているし。

「あ、じゃあこれで」

 あっさり決めるな!!いいのか。ちゃんと考えなくても!?

「いいのかそれで?予算内で取り寄せもするぞ?」

「いえ。これも可愛いですから」

 そうか、と頷いてヘルメットを渡した。被ってサイズを確認しろと言う事だ。

「あ、丁度いいです。これやっぱ可愛いですね。ねね、どう?あるくん」

 キャッキャはしゃいで赤坂君に被った姿を見せた。

「………あるくん?」

「へ?あゆむだからあるくんですよ?」

 いや、キョトンとさせてもだ。つうか赤坂君、歩って名前だったのか……初めて知ったよ。それをおさげちゃんが愛称呼びしているのか……何か衝撃だな……

「あとはお前のバイクか。何か欲しいのあるのか?」

 切り出されてちょっと焦りながら要望を出す。

「あ、あの、スクーターが欲しくて……」

 なんかしどろもどろに。見た目あっち系(卒業したから金髪ではなくなったが)だからちょっとビビっている感じだ。

「スクーターか……メーカとか排気量は?」

「あ、あの、よく解からないからお任せで……あ、だけど排気量は400ccがいいかな……緒方君が排気量が少ないと運転が疲れると言っていたから……後はお金ですけど、35万くらいで」

「250でもいいような気がするがな。選択の幅も広がるし……だけどメーカーに拘らないって言うんなら400で条件に近いビックスクーターは今用意できる。見てみるか?」

「現物があるんなら見たいですね……」

 そうか、と立った的場。着いて来いと促すので、俺も付き添いで一緒に向かった。

「緒方が付き合う事はねえと思うが……」

「いや、赤坂君は普通の人間だから、お前みたいな元ヤンは怖いだろ」

「そ、そうか?怖がらせているつもりはねえんだが、これはちょっと反省しなきゃいけねえな……」

 なんか申し訳なさそうに頬を掻きながら。いや、お前マジで恐怖の対象だったんだからしょうがないだろ。赤坂君はお前の昔の事なんて知らんと思うが。

 バイクを置いてある場所は先の事務所のちょっと奥なので、簡単に辿り着いた。俺が勝ったバイクはその仕切りの向こうに有ったけど。

「スズキのスカイウェイブってスクーターだ。2009年物だが走行距離も少ない。これなら27万でいいぞ」

「え?で、でも、30万って値札が付いていますけど……」

 赤坂君の言うとおり、そのビックスクーターには30万の値札が付けられていた。

「緒方のダチだから値引きするっつっただろ。車検も一年残っているし、お買い得だと思うが、どうだ?」

 的場がおかしなもん掴ませる訳がないと思うから、状態はいいバイクなんだろうけど、値引きして貰っても27万は大金だからな……ここがゆっくり吟味したい所だろう。

 赤坂君、そのバイクの周りをぐるぐる回って見た。何かチェックしているのだろうか?

「赤坂君、的場はおかしなもん掴ませないから安心していいよ」

「え?僕はカッコイイなって見ていただけだけど……」

 マジか!!フライングだったな!!つか、なんてこったい。難癖付けたのは俺だろ、これじゃ。

「色も黒いし、なんか乗るのにも楽そうだし」

「スクーターだからそうだな。緒方の単車よりも遙かに乗り易い」

「あのバイク、お前から買ったんだけど……」

 自分で勧めておいて、乗りにくいとはなんだ。実際曲がらねーから乗りにくいけども!!

「これ気に入りました。これ下さい」

 なんか八百屋で大根を買うように、実に気軽に言った。27万もするのに。

「そうか。納車はいつがいい?運搬代もサービスしてやる」

「河内のバイクは普通に運賃代取ったよな?」

「当たり前だ。アレはふざけ過ぎだろ」

 確かに。雪が降って運転したくないからってヒロに納車させて(しかも勝手に段取って)自分のバイク、ただで運んでもらおうと企んだんだ。

 あれで何も御咎め無しじゃ流石に示しがつかないだろ。連合にも、他のお客にも。

「いつでもいいです。ですが、夕方がいいです。お金はその時に全額支払いますけど、それでいいですか?」

「料金は別に振込みでも構わねえけど、じゃあ木曜日はどうだ?その日は夕方に用事はねえから」

 なんかとんとん拍子に進んで行く!!俺なんか躊躇しまくりだったのに!!

 その後事務所に戻って諸経費の事を相談。流石にその話には首を突っ込めないので、素直にソファーに戻った。

「おかえりダーリン、大体どのくらいになりそう?」

「解らん。俺はきっぱり5万だったし」

 諸経費どころか消費税も払ってなかったような気がする。運搬費も当然払っていない。

 え?俺好意に甘え過ぎじゃねーの!?殆どタダだよあのバイク!!車両代にすら届いていないんじゃねーの!?

「ヘルメット、消費税サービスしてくれるって。ホントラッキーだよ」

「ですよねー。緒方さんの紹介で来てホント良かったです」

 児島さんとおさげちゃん、満足そうに笑い合った。的場の好意だろうけど、あいつちゃんと採算取ってんだろうな?

 俺のせいで潰れるとか無いよな?それは本気で困るぞ。

「的場さん」

 慌しく入って来たのは、見た目本気で糞。三人ほど。的場の後輩か?

「あ?何だこいつ等?なんでこの店に居る?」

 なんか一人の糞が肩を怒らせて接近してきた。

「馬鹿、此処に居るっつう事は客だろ。この店で問題起こすなよ、的場さんに殺されるぞ」

「んでもよ、この野郎一人で女四人も囲ってんだろ、いい気になり過ぎだろ」

「だよな。ちょっと調子乗ってんよな」

 児島さんがおさげちゃんを引っ張って俺の後ろに着いた。的場の後輩だろうがなんだろうが、喧嘩売って来たのは向こうだから文句は言わないだろ。

 立ち上がったら、糞がゲラゲラ笑った。あざ笑うかのように。

「おいおい、こいつやる気みてえだぞ」

「三人相手するってか?女の前だからってかっこつけすぎだろ」

 あー、うるせえな。顔面潰せば少しは大人しくなるか?なのでその鼻っ柱に躊躇なく右ストレートを叩き込んだ。

 でっかい悲鳴を挙げて倒れた糞。鼻血もいい感じに噴き出しながら。

「この店の中でやりやがったぞこいつ!?」

「有り得ねえだろ!!的場さんの店だぞ!!」

 ぶっ倒れた糞の心配よりも的場を気にするとか、やっぱこいつ等糞だな。

 他の糞にもう一発叩き込もうと踏み出した。

「なんだ今の悲鳴は?」

 奥の事務所から的場が赤坂君と一緒に顔を覗かせた。

「ま、的場さん!こいつがいきなり……」

 俺を指差す糞だが、遥香と麻美が我関せずで、的場の元に行ってあれこれそうよと。

 的場が頷いて俺を見る。

「おい緒方、店で暴れるな。外に行ってやって来い」

「え!?こいつぶっ飛ばしてくんないんすか!?」

 寧ろぶっ飛ばせと言われた糞が青ざめてそう言った。

「お前等が全面的にワリィだろうが。それに、俺の店で俺の客に喧嘩売るとか、ふざけてんのか……」

 殺気バリバリで。糞共、震えながら後ずさった。

「聞いた通りだ。外に出ろ。何なら仲間も呼べよ。全員ぶち砕いてやるから」

「な、仲間って、俺達は黒潮だぞ!!オメェなんかあっという間に……!?」

 強がっていきり立った糞だが、後から来た野郎に肩を叩かれて止まった。

「……ひ、菱山先輩……丁度良かったっす、あの野郎がいきなりぶん殴りやがって……」

 菱山?聞いた事があるな。つうかこいつ等一年かよ。一年は流石に俺の顔知らねーのかもな。

「……的場さんが何も言わねえって事はお前等が悪いって事だな?そうは言ってもこの人は話なんかする気がねえから、どうなんだろうな……」

 なんか悩んでいるようだが……

「おいお前、こいつ等の先輩か?だったら仇取りに来ても構わないぞ。それとも仲間呼ぶか?構わないからどんどん呼べ。全員ぶち砕いてやるから」

 言ったら項垂れて豪快に溜息をついた。

「覚えてねえのかよ……一応顔知っている筈だよな?狭川の病室を見張っていた菱山だよ」

 …………居たな、そう言えばこんな奴。

 だけどそれが何だ?俺の邪魔したんなら向かって来るって事だろ。

「俺の邪魔するって事は相手するって事だって顔だな?」

「なんで解った!?」

「いや、アンタ顔に出過ぎだろ……ウチはアンタと事を構えないよ。当たり前だけど」

 やらんのならそれに越した事は無いが。

「じゃあ代わりにケジメ取れ。人数が多い程度で俺に喧嘩売って来たんだ。ノーペナルティーは有り得ないだろ。こいつ等の不幸は、喧嘩売ったのが俺だってだけで、普通の人なら其の儘殴っていた。そんな輩を俺が許す筈は無いのは承知だよな当然?」

 このやり取りを聞いていた年下の糞、おっかなびっくり、遂に訪ねた。

「ひ、菱山君、こいつ一体何者なんだ……?」

 ひょっとするととんでもない相手に喧嘩吹っかけたと思ったのだろう。冷汗がハンパ無かった。

「こいつは白浜の緒方。ウチの頭のマブダチで、的場さんも言っていた奴だ。気を付けないと洒落になんねえ事態になるってな。もう遅かったようだが……」

「河内さんのマブダチ!?え?ひょっとして的場さんに勝った奴!?」

「連合も黒潮も纏めて喧嘩するような狂犬!?」

 程よくビビってくれて何よりだ。じゃあ早速ケジメ付けて貰おうか。

「おい菱山。最低病院送りだからな。手加減したら、やっぱ俺がぶち砕く事になる。だから手加減すんなよ」

 発したら震えが酷くなった。更に勝手に正座し出した。

「「「すんませんっした!!」」」

 土下座である。菱山がこれで何とかと目で訴えて来たが……

「許す筈ねーだろ。さっきも言ったな?一般の人だったら迷わず喧嘩しているような奴等だって。そんな輩は絶対に許さんのも知っているよな?」

 一人の糞の胸倉を掴んで持ち上げた。

「ち、ちょ……あ、アンタ河内さんのマブダチなんだろ?義理とかあるだろ?お、俺達も悪かったけどさ、病院送りとか、許さねえとかは言い過ぎじゃねえかな……?」

 涙目で訴えられてもだ。

「河内への義理?勿論あるが、それはそれ。河内もお前等を庇うっつうなら俺とガチでやるだろうさ。その位の覚悟持ってなくて頭なんか務まるか」

 菱山がちょっと待てとか言っているが、やる気もなさそうだし、やっぱ俺が。

「ちょっと待て緒方!!お前の事だから普通にやると思うが、ちょーっと待て!!」

 慌てて駆け付けたのは河内だった。知らん奴を同行させて。

「河内か。やっぱこいつ等を庇うか?」

「そりゃそうだろ。だけどちゃんとケジメは付ける。病院送りだけは勘弁して貰うけど」

 苦笑した。甘い事抜かすなと。そしたら知らん奴が前に出て来た。

「悪いがこの要望は叶えさせてもらうし、アンタも拒否は出来ねえぞ」

「は?なんでだよ?断ったら連合、黒潮がこぞって襲うとか脅すのか?俺は別に構わないんだけど」

「違うよ。アンタの話はよーく聞いているし、友好校協定外の危険人物だからそっちの方からも働きかけられねえけど、アンタは俺に借りがある筈だからな」

「借り?俺はお前なんか知らねーけど?」

 そしたら河内がボソッと言った。誰にも聞こえないように。

「そいつが楠木から営業掛けられた奴だ。あの件、誰の頼みで、詫びで手打ちにしたっけな?」

 え!?この人が!?うわー!!それ言われちゃ文句言えねーだろ!!あの件は確かに俺から頼んだようなもんだし!!

 そりゃ借りあるよな!!こりゃ生駒への取引にも使えるカードだよ!!とんでもないモン隠してやがったよこいつ!!

「あはは~。これは仕方がないね」

「そうだねー。いくら馬鹿でも借りは返さないとねー」

 遥香の言う通り、これは仕方がない。だけど麻美、お前、馬鹿はやめろ。この台詞何回言わせんだ。もう飽きるぞ流石に。

 あからさまに溜息をついた。苛立ちをアピるように髪を掻きながら。

「解ったよ。だけどケジメは……」

「それはその通り。なぁなぁで済ませる程、ウチの頭は甘くない」

 そう、楠木さんに営業を仕掛けられた奴が言ったが、いや、河内は充分甘いと思うけど。俺が非情過ぎるだけかもしれんが。

 ともあれ、菱山が糞後輩を立ちあがらせて外に連れ出す。俺達も一応外に出た。

「……おい、なんで突っ立ってんだ?」

 楠木さんに営業を仕掛けられた男が凄みながら言うと、慌てて正座にチェンジした糞後輩共。

 菱山にこそっと訊ねる。

「あいつって名前なんてんだ?つか、あいつがナンバースリーか?」

「宇佐美だよ、まあ、そうかな。ナンバースリーでいいだろ。孝平って佐更木に狙われただろ。つう事は黒潮中ほとんど敵だって事だ。だから周りにはあの時の仲間でのみでしか固めてねえ」

 以前俺が横井さんに言った通りだ。そうだと思ったんだよなぁ。あの騒動でも仲間でいた奴しか信用してねーだろうって。

「緒方にやられたのは一人だけか。それでもかなり手加減してんな。やっぱ的場さんの店で本気で暴れる訳ねえか」

 まあ、そうだな。的場の店滅茶苦茶にできねーし。流石に。

「あれで手加減……」

 ぶるっと震えた俺にぶっ飛ばされた糞。鼻血が出た程度で収めただけなんだぞ言っておくけど。

「じゃあこいつは除外でいいよな緒方?」

 促されて頷いた、超面白くない顔を敢えて見せながら。

 俺が頷いたとほぼ同時に、残った糞の顔面に蹴り。しかも程同時に二人に。

 やっぱ河内スゲーな。右と左の中段回し蹴りをほぼ同時にやるとか。アレ躱せる奴そうはいねーぞ。

「ぐはっ!!」

「ぎゃっ!!」

 綺麗にぶっ倒れた糞後輩。鼻血も当然噴き出した。

「俺のマブダチの好意でこれで終わらせてやる。もう消えろ」

 結構な凄み顔で。おさげちゃん、意外~とか言って感心していた。あのチャラい河内しか知らんから当然ではある。

 頷いてよろよろと立って礼をして足早に去った。結構震えながら。

「お前もちゃんとケジメ取れるんじゃねーか。見直したぞ正直」

「お前俺をなんだと思ってたんだ!!これでも黒潮の頭だぞ!!」

 ちゃんと褒めたのに文句を言われるとは。

「まあいいや。お前なんで的場の店に来たんだよ?」

「あん?あいつ等が的場さんに助けを求めに行ったからだよ。卒業したからもう関係ねえっつうのに……俺はちょっと手が離せなかったから、菱山に先に行かせて止めようとしたんだ。そしたらまさかのお前が……つうかおさげちゃん、千明さんにあんま言わないで欲しいんだけど……」

「ですけど、中学生を怖がらせた事は事実ですし。プールに覗きにきてナンパとか普通あり得ないでしょ」

「……河内、お前は的場さんに指名を受けてトップに立ったんだぞ……黒潮の名前を汚す様な真似はやめろ、ホントに」

 宇佐美がゴミを見る様な目を向けて咎めた。河内、トップなのに項垂れて縮こまった。

「終わったぞ。つうかコウじゃねか。お前も来たのか?まあいいや、中に入れ。茶でも出すからよ」

 的場が外に様子を見に来たようだった。赤坂君と一緒に。

「あれ?あいつって確か白浜の?」

「ああ、赤坂君バイク欲しいって言うからさ、この店紹介したんだよ」

「へー。普通…つう訳でもなさそうな外見だけど、意外だな……」

 オタクみたいと思ってんだろ。実際そうだけども。

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