対抗戦~002

 今日は文化祭の代替え休日。月曜日。

 だが、ロードワークは相変わらず行っている訳で。つまり、アホのヒロも一緒に走っている訳で。

「あ~…寝みい……」

 このように、さっきから欠伸ばっかで全く身に入っていない。

「夜更かしするからだろ」

 昨晩野郎共と楽しく…って訳じゃないが、話して、結構な時間になっちゃったのだが、木村と河内がその後場所をヒロの家に変えてはしゃいだそうだ。

 国枝君と生駒は明日に差し支えがあると言って帰ったが、こいつも差し支えがあるだろうに、本気でアホだ。

「しゃあねえだろ。なんか盛り上がっちゃったんだからよ…」

「つってもお前ん家も騒いだら、親父さんキレちゃうだろうに」

 俺達が通っているボクシングジムはヒロのおじさんが経営しているのだが、ヒロの親父さんも練習生だった頃があったそうだ。無理やり入れられたらしいが。

 まあ、その関係で、ヒロの親父さんも強い。得意な技はライトクロスとか何とか。

「今日ジムに行くか?対抗戦の話も聞かなくちゃいけないんだろ?」

「つっても昨日まで忙しかったんだから、今日はゆっくりしたいよな…」

 それは同感だ。国枝君は俺達の非じゃないだろうが、俺達もそこそこ頑張ったからな。

「よし、今日は休もう。明日行こう」

「そうだな。そうしようぜ」

 と言う訳で、本日はマッタリと過ごす事にした。

 ハズだったのだが…

「なんでお前が居るの!?」

 ロードワークから帰ったのはいいが、何故かヒロが付いて来て、其の儘シャワーを貸して朝飯まで振る舞った。

「いいじゃねえかよ。昨日騒ぎ過ぎて帰り難いんだから」

 優雅にコーヒーを啜っての返答。やっぱ怒られたんだな、うん。

「つっても、今日はマッタリの予定なんだから、遊びには出ねーぞ?」

 マジで身体を休めたい。オーバーワークは怪我の元だ。

「俺だってそのつもりだ。安心しろ」

 だから遠回しに家に帰れと言っているのだが。

「だから、よりマッタリする為に海に行こう」

「なんでそうなる!?」

「潮風に当たれば、心身ともにリフレッシュって寸法だ。それに、昨日ちらっと話に出た潮汐、見たくねえか?」

 いや別に?見たらぶち砕く事必至だし。

「昼飯は内湾女子の方に何か食いもの屋がねえかな?とか思わねえ?」

 いや別に?須藤真澄の顔も知らねーんだし。

「要するに、俺が気になっているってこった」

「だったらお前一人で行けよ。電車使って」

 本心でそう思うので、本心で言った。だって、面倒臭いし。

 俺は断った。文面からでも理解を得られると思う。断っていると。

 だが、何故か俺はバイクで大洋に来ていた。

「ちくしょう…ガソリン代と昼飯代如きで懐柔されるとは……」

「文句言うな。結局受けちまったんだから。で、あれが春日ちゃんの元実家か?」

 頷く。大洋はそんなに明るくないから、一度来た所しか解らん。ここは内湾にも近いから、須藤真澄の顔も拝めるかもしれんし。

「つっても内湾も結構走るけどな」

「お前も心を読むな。で、どうする?おばちゃんを追い込むか?春日さんの仇だって言って」

「しねえけど。お前が此処に来ただけだから、ついでに実家見ただけだし」

 だよな。いくら糞とは言え、おばちゃんまでぶち砕きたくない。

「内湾に行ってみようぜ。昼休みにはまだ早いが、そこら辺になんかないか探そう」

「なんかってなんだよ?」

「飯屋とか、喫茶店とか」

 ヒロの奢りなのだから、文句をいう事も無く。つか、高い物食わせる店ねーかな?ふぐとかカニとか。

 結構迷って内湾女子に到着。そういや内湾に来た事無かった…大洋は大きい高校だからどうにか行けるんだが。

「11時過ぎ。まだ昼飯には早いな。内湾に潜入すっか?」

 好奇心丸出し顔であった。行くんならお前だけで行け。その後波崎さんに振られろ。

「素直に昼飯時まで待てばいいだろ。つか、お前須藤真澄の顔知ってんの?」

 生で拝めるかもとか思ったが、俺は須藤真澄の顔は知らない。ヒロはどうだ?

「知らねえけど、誰かに聞けばいいだろ」

「アホか!!探っている事を知られないようにしなきゃいけねーだろ!!聞き込みなんかできるか!!」

 直ぐにバレちゃうだろ!!薬関係で警戒心が強い筈なんだから!!

「そう言われればそうだな…」

「お前が提案したんだから、せめてちゃんと考えてくれよ…」

 呆れてしゃがみこんだ。こいつの浅はかさを誰かどうにかしてくれ!!

「腹減ってっから思考が定まらねえんだ。だからなんか食える店を探せ」

「お前に朝飯食わせたよな!?」

 ちゃんと目玉焼きとトーストを食わせた筈だぞ!!しかもトースト二枚!!

「いいから探そう。ここでだべっていてもしょうがねえし」

 ホント俺達って行き当たりばったりだよな…中学時代もこんな無駄な事、ちょくちょくしたよなぁ……

 うろちょろして行き着いた先は、内湾女子からちょっと離れた所に位置するファミレス。その名も『双月』。

「駄目だろ此処は!!!」

 なんで敵の本拠地たる双月に入らなきゃいけねーんだ!!

「須藤真澄は授業中で来ないだろ。他の客は須藤とは関係ないだろうし」

 俺の微妙な感情を無視してずんずん進むヒロ。

「なあ、マジで入るのか?本気で嫌なんだけど……」

「つっても他にねえじゃねえか?甘味処とラーメン屋しか」

 だったらラーメン屋に入ろうよ!!飯食うのだったらどこでもいいだろ!!

「いいから入ろう。実は俺、双月は初めてなんだよな」

 俺は中学の時に二、三回あったかな?家族で飯食いに行ったってだけだが。

 渋々ながらも入店すると、いらっしゃいませと綺麗なおねーさんウエイトレスさんがご挨拶。俺達の成りを見て有無を言わさず禁煙席に通される。

 メニューを開くと、和風ファミレスを謳っているだけあって、何とか丼の蕎麦セットとか、うどんセットが目に入る。

「隆、カツカレーあるぞ」

「ここでもそれを食えと言うのか、お前は……」

 いや、それでもいいんだけど、ヒロのオゴリなんだから、一番高い物を頼みたいな。

「俺親子丼のざる蕎麦セット。で、お前カツカレーな」

 勝手に決められた!?まだメニューを見ている最中なのにも拘らず!!

 勝手に注文されて、勝手に注がれたドリンクを飲みながら店内を見まわす。

「結構新しいか?」

「だな。じゃあ此処が須藤真澄の親父が店長をやっている店か」

 疑う余地も無いだろう。この内装の真新しさから見れば。

 其の儘再び店内を見る。

 まだ昼前なのでお客の数はまばらだが、そこそこは入っているか?主婦がドリンクバーでワイワイやっているのはどこでも変わらずだ。

 喫煙席で無駄に偉そうにコーヒーを啜っているチンピラも変わらずか。

「……おい、あのチンピラ…」

 俺の言葉に反応してヒロが目で追った。

「あれが何だ?ぶん殴りゃいいのか?」

「いや、やるなら俺がやる…じゃなくて、見た事ねーか?」

「……あるような無いような…」

 俺も自信を持って見た事があるとは言えないが、そもそもあの種の人間は顔も覚えない俺が、見た事があると思うのが不自然だ。


 何となく凝視していると、ヒロが小声で窘める。

「おい隆、見た事があるってのが気になるのは理解するが、ガン付けんな」

「元々目つきが悪いんだが…」

 ガン付けんなとか言うなよなぁ…気にしてんだから……

「それに、俺もやっぱ見たような気がする。気になるから、あんま見んな」

「そりゃ…えっと…どうすんの?」

「飯食いつつ観察する」

 結局見るって事じゃねーのそれ?いや、いいんだけど。目立つように見るなって事なんだろ?こっそり見ろと。

「あの手の奴等とは結構揉めたけど、その連中じゃねえ。それなら俺の拳が覚えている筈だから」

 何かカッコ良い言い方だが、それぶん殴れば思い出すって事じゃねーの?いや、やれって言うならやるけどさ。

「だから逆に気になる。見た事があるって事は印象に残っているって事だからな」

「まあ、確かにそうだな……じゃあ…取り敢えず『見』だ」

 俺達は雑談しながら観察した。飯が来て、食いながら。食った後ドリンクを飲みながら。

 しかし、結構な時間が経ったが、あのチンピラは席を立とうとはしない。誰かと待ち合わせか?

「飯食ったし、ドリンクで繋ぐのも厳しい時間居座っているよな…デザートでも頼むか?」

 いくら双月とは言え、店員さんはみんな一般の方々だ。迷惑を掛けていい筈がない。

「そうだな。因みにどんなのがある?」

 乗って来たヒロがメニューを開いた。あんみつとか抹茶アイスとか、まあ、和風なデザートだった。

「あんま食いたいの無いな…」

 だったらデザートは諦めよう。ポテトフライみたいな摘まめる物はないか?

「あった、フライドポテト。何処に行ってもあるよな、これ」

「あんみつやフルーツポンチよりいい。それを頼もうぜ」

 ヒロも納得立ったので、それをオーダー。その時壁に掛かっていた時計を見た。

「おいヒロ、もう12時30分過ぎだぞ?あのチンピラいつまで居るつもりなんだ?」

「俺達が入店してから約一時間。それより前に入店しているから、一時間以上かよ。やっぱ誰かと待ち合わせか?」

 いつもなら飽きて関係ないから帰ろうと思うのだが、なんか気になって仕方がない。

 ヒロも同じようで、大人しく観察を続けている。なんだろうな、この感じ…

 それから暫く。漸くチンピラの席に座ったのは…

「……女?しかも制服だ……」

 間違いなく女子高生。あいつの彼女か何かか?

「隆、あの制服、内湾のだ…」

 内湾女子の物?確かにこのファミレスから近いが…

「双月で待ち合わせするか?世間体とかあるだろうに?」

 見るからにそっち系の奴と、昼のファミレスで待ち合わせするのか?

「そりゃ偏見だろ。見た目はそっち系でも、全く違うかもしれねえしな」

 確かに、普通の会社員かもしれないし、大学生、もしくは専門学校の生徒かもしれない。

 だけど、だ…

「あれは間違いなく糞だ。見た事があるって言っただろ?」

「俺も見た事があるような気がするから、あながち間違いじゃねえかもしれねえけど、だったらなんでお前が覚えていて俺が忘れているかって事が重要だ。お前、あの手の連中の顔なんか覚える気がねえから記憶に残さねえだろ?逆にやり合ったのなら、俺の記憶には残る」

 そうなんだよな…逆は結構あるんだよ、俺が忘れていてヒロが覚えているのは。

 丁度良く飲みのもが切れたので、席を立つ。

「さり気なく近付いて会話を拾って来いよ」

 頷いて何食わぬ顔で近付き、聞き耳を立てた。


「漸く昼休みっすか?俺はもう食ったけど、どうします?」


 チンピラの方が敬語を使っているだと?


「じゃ無きゃ呼び出さないよ。だけど長居はしない。当然アンタとご飯なんか食べないし、調子乗らないでよね。そんな事より、早く出して」


 何かを貰う約束をしていた?その為に呼び出しただけ?もっと聞きたいが、遠くなったな。ドリンクバーの近くに座ればいいのに、本当に気が利かねーよな、あのチンピラ。

 速攻コーヒーを淹れて席に戻る。当然あの席の前をゆっくり通ると、丁度女子高生が立ち上がった所だった。

 肩まで揃えた髪、特にメイクをしていないような素顔。なかなか可愛いが…この女もどっかで見た事があるような…

 何食わぬ顔ですれ違う。そして後姿を観察。

 少し改造しているであろう制服。特に普通だが…後姿も見た事があるな……

 チンピラは残っていた飲み物を啜っている。あれ全部飲んだら帰るつもりのようだな。

 さて、俺達はどうするか?チンピラを追うか?あっちの女子を探るか?

 なんかどっちも重要な気がするな…此処はヒロに相談してみよう。

 足早に戻ってヒロに相談する。

「おい、チンピラの方、女子に敬語使っていたぞ」

「そうか、こっちは野郎が女子に紙袋を渡したところを見た」

 その紙袋…ってか、中身を渡す為に双月で待ち合わせしたって事か…

「あの女子もどっかで見た事がある。どこだったか思い出せないけど…」

 言ったらヒロも頷いた。

「俺も見た事がある。つまり、女子とチンピラは白浜だって事になるよな?」

 俺達二人が見た事があると言うのならそうだろう。

「…どっちか尾行した方が良くないか?なんか気になる」

「じゃあチンピラの方だな。女子は内湾なんだし、どうにかなるだろ」

 頷いて残ったフライドポテトをチャーハンのようにかっ込むヒロ。残したら勿体ないしな。納得するし、共感するが、俺だったら絶対にやらない。

 とか言っても持って来た飲み物は一気に煽るけどな。勿体ないだろ?

「よし、食い終った!!出るぞ隆!!」

「おい、伝票。お前の奢りだろ。しらっと出て行こうとすんな」

「ちっ、目ざとい奴だな…」

 当たり前だ。お前の奢りだからって双月に入ったんだ。割り勘ならラーメン屋に入っているわ。

 渋々ながらお金を支払って店を出るヒロ。

「お前、来年免許とバイク買うんだろ?あんま無駄使いしないで、今の内に貯めておかなきゃだぞ?」

「だったら割り勘にしてくれても良かっただろ…」

 零すように言うヒロだが、お前が奢るっつったんだ。だから大洋まで来たんだろうに。

 バイクに跨り、チンピラが出て来るのを待つ。残った飲み物を一気飲みしてタバコを吸っていた最中に俺達が出た訳だから、ほんのタッチの差で先に出た筈だと思うからだ。

 しかし、読みに反してなかなか出て来ない。あの野郎、無駄話ししてんじゃねーだろうな?だから糞は駄目なんだ。空気も読まない。

「隆、それっぽい車は?」

 あのチンピラが乗りそうな車か…リアだけスモークの黒いセダンがあるから、多分それだ。

「多分あの車だ。それがどうした?」

「一応な」

 スマホを出して写メを取るヒロ。成程、俺達じゃ有効利用できそうにないが、遥香なら利用できそうだし、それはいい判断だ。

「ナンバーも撮った。あとは出てくんのを待つだけだ」

 頷いて取り敢えずヘルメットを被る俺。ヒロにも被るように促す。いつ出発してもいいように。

「きた!!」

 あのチンピラが出てきた!!サングラスなんか掛けて、カッコ付けてんのか?

 そして予想したセダン……の横を通り過ぎ、その後ろにあった軽自動車に乗った!!

「バカ隆!!全然違うじゃねえか!!」

「うるせえ!!解るかそんなモン!!だけどゴメン!!」

 誰がどの車に乗っているか、知るか!!でもなんとなくで決めたから一応謝罪した。

 結構な勢いで駐車場から出て行く軽自動車。俺も慌てて後を追う。

「隆!!あんま近付き過ぎんな!!このバイクって外車なんだろ?目立つ!!」

 そういやそうだ。結構レアなバイクなんだった。

 つってもスピードを出すのが怖い俺は、簡単に後続車に越されて、結果チンピラの車から5台後ろの位置に着く。

 ………ん?

 信号待ちに入った時、俺はヒロに指示を出した。

「あの軽を停めるから、お前さり気なくナンバーとか写メってくれ」

「停める!?どうやって!?」

 答えている暇はない。もう信号が青になったのだから。なので慌てながらもバイクを走らせた。

 時間帯の関係か、案外空いている県道。前の車をスイスイ…じゃなく、超ビビりながら抜かしてチンピラの軽自動車の横に着く。

 そして窓ガラスをこんこん叩くと、すんげえガンを俺にくれた。更になんか騒いでいる。こっちはヘルメット被ってんだから聞こえねーってのに、ホント糞だな。

 とにかく減速するまでこんこん叩いた。めっさキレた様子ながらもハザートを点けて脇に停車する。

「なんだガキ!!なんか文句でもあんのか!!」

 糞が嫌いな俺は、この手の連中は、常に文句はある。

 だけどそこを堪えて、屋根に指差した。

「えっと、屋根に財布、乗っかってますよ」

 ファミレスからこっち、屋根に財布を乗せたまま走っていたのだ。置き忘れだろうが、屋根に置くなよ。おかげで停める口実が出来たけどさ。

「ああ!?お、おお、助かったぜ。悪いな兄ちゃん、わざわざ教えてくれて」

 チンピラが財布を取ろうとした時、写メのシャッター音が複数聞こえた。

 流石に気にしたチンピラ。

「あ、すんません。メール来たみたいで見ようとしたら、間違って写メ押しちゃいました。ポケットの中で作動しちゃった様っすね…機種変したばっかで慣れてないんで」

「おお、よくあるよな、そんな事」

 納得したようでそれ以上何も言わなかった。その間ヒロは「何処で解除だっけ…」と、独り言の子芝居をしながらも写メを撮った。

「そうだ。礼と言っちゃなんだが、これやるよ」

 手渡されたのはタブレット。

「気持ち良くなるぜ」

 ムカつく笑顔でそう言った。これって薬か……!!

「もし、もっと欲しくなったら、ここに連絡してくれりゃいいからよ」

 メモ帳にケー番を記して渡される。

「でも、いざ受け取るとなっちゃ、ちょっと遠いっすね。俺ら白浜ですから」

 ヒロが探るように追撃する。そして、それが功を奏した。

「白浜か…俺、昔あそこに住んでいたんだぜ。須藤組、知ってっか?今は連山にいるけどよ」

 何故俺達が見た事があるか解った。実際見た事があったからだ。

 こいつ、朋美の家に出入りしていたチンピラだ!!破門されたって言うチンピラだ!!

 気持ちが高揚して来るが、どうにか抑える。此処でぶち砕いて口を割らせてもいいが、もっと情報が欲しい…

 幸いにして俺達はフルフェイスのヘルメットを被っているから顔が見えない。俺達だって気が付く事も無い。

 どうにか情報をもっと……と思っていると――

「まあ、気が向いたら連絡してくれや。財布の礼だ。安くしてやっから」

 そう言って車に乗り、走り出す。向こうも県道のど真ん中であれ以上のセールスは出来ないか…

「……隆!!思わぬ収穫だぜ!!」

 ヒロも興奮を露わに。灼熱宜しく、グーを握ってぶんぶん振っている。

「これ警察に届けようか?お前写メも撮っただろ?」

「おう!!そうしようぜ!!」

 じゃあ警察に…と、言いたいが…

「ちょっと待て。これって本当に薬か?」

「ん?どういうこった?」

「合法ドラックじゃねーかって事だよ。そうなら警察に持って行っても罪に問えるのかどうか……」

 逮捕まで至らなかった場合、今後の活動に差し支えるのでは?

「……そう言われればそうだな…楠木も最初は合法ドラック転売だったんだろ?」

 頷く俺。繰り返しの時、木村もそう言っていたし。

「ちょっと判断に困るな…一回持ち帰って遥香達に相談しようか?」

「だな。俺達の頭じゃ、碌な考えに至らねえだろうし」

 それに同感して取り敢えず駐車場を探す。此処は県道、道路で話しを続けてもいい事は無い。

 適当な公園に入って腰を降ろす。

 備えつけてあった自販機からコーヒーを二つ買って、微糖の方をヒロに渡した。

「サンキュー」

「昼飯奢って貰ったからな。この位」

 実際ガソリン代も俺持ちなのだが、そこは触れないでやろう。俺は空気を読む奴なのだから。

「どおりで見た事があった筈だよな」

 ヒロが切り出した。それに頷いて返す。

「ヘルメット被っていたから俺達だって解らなかっただろうけど、被っていなかったら100パーセントばれていたよな」

 ヒロは兎も角、俺は完璧に面が割れているからな。見た瞬間俺だって解っちゃうだろう。

 そう考えると双月での行動も冷や冷やモンだったな。向こうがそんなに気にしていなかったから助かったようなもんだ。

「あのチンピラが連山の売人、黒潮の糞に薬を卸した元締めだとすると、んじゃ、あの女子高生は誰だ?って話になる」

 俺の振りに即答のヒロ。

「須藤真澄だな。見た事がある訳だぜ。須藤に似てやがるから」

 そのとおり。見た目もそうだが雰囲気も似ている。じゃああのキチガイっぷりも似ているのか?

 そうだったら関わりたくないなぁ…

「どうする?内湾はまだ授業中だろ?終わるまで待つか?」

 終わるまで待って、それからどうする?

「いや…とっ捕まえてぶち砕くっつうなら兎も角、尾行して粗捜しなんて俺達にはできないだろ」

「まあそうだな。じゃあこれからどうする?帰って槙原達に報告すっか?」

 それもいいけど、お前、昨晩叱られて家に帰りたくなかったんじゃ?

「それとも折角大洋に来たんだ。牧野?ぶっ叩くか?」

「俺としちゃ賛成だが、生駒がうるせーだろ。自分がやるって言っていたんだし」

「じゃあ、えっと、潮汐に行ってみっか?いずれ必ずぶつかるだろうし」

 潮汐か…行ってもいいが、糞が沢山なんだろ?お前昨日早まるなって言ったじゃねーかよ。

「行ったとして、糞と遭遇したとして、俺がぶち砕いちゃったらどうなる?」

「どうなるんだろうな…木村や河内の邪魔する事になるか?」

 んじゃ行けねーじゃん。確実にそうなっちゃうし。

「大人しく帰ろう……」

 やっぱ遥香達に相談した方がいい。俺達の頭じゃそれが限界だから。

「そうだな…収穫はあったんだ。そうした方がいいか……」

 ヒロも納得したように腰を上げた。

「その前にトイレ。どっかに無かったか?」

「ここは公園だろ。探せばそこら辺にあるだろ」

 そう言ってヒロを促す。俺はトイレはいいや。だからここから動く気はない。

「付き合ってくれてもいいだろうに…」

「女子かお前は。ションベンくらい一人で行け」

 手の甲で追い払う仕草をした。ヒロは不満そうながらも尿意には勝てずにトイレを探しに駆けた。

 さて、ヒロが帰って来るまでマッタリしようか。具体的にはもう一本コーヒーを飲んで。

 そんな訳で自販機に出向くと、どこかの学校の生徒が多数ぶらついている姿が目に入った。

 こっち方面は明るくないからどこの学校の制服かは解らない。しかし、まだ授業がある筈なのに、サボって何やってんだか。

 見た目は糞じゃないから精神的に余裕を持って観察できた。何か探しているようだ。

 探し物(者?)なら授業をサボっても仕方がない。俺もヒロをサボらせた事があるし。

 なので気にせず、元のベンチに腰を掛けた。

 そのサボりの学生の一人が俺を発見し、寄って来た。

「ちょっと聞きたいんだけど、ここにこんな奴来なかった?」

 スマホを滑らせて写メを見せる。見た目がチャラい糞だった。何と言っていいか、昔のチーマーをチャラくした感じ。

「ちょっと解んないな…今来たばっかなんで…」

「そう。ごめんね」

 そう言ってスマホを仕舞う高校生。ちょっとぼさぼさ頭なれど、メガネを掛けているせいか、頭が良さそうに見える。

「そいつ何かしたの?」

 訊ねたら苦い顔を拵えて。

「バスケ部の一年を寄って集って袋にしたんだよ。って言うか、牧野を知らないって、この辺の人じゃないね?」

 牧野!!

 その名前を聞いて思わず立ち上がる。

「え?ど、どうしたんだ君?君も牧野に何かされたのか?」

「……いや…俺はなにもされていない…俺の友達が賞金首にされたんだ」

 言ったら表情が曇ったメガネ君。仲間の数名に何やらゴチャゴチャと話して俺の元に戻って来た。

「……その話、詳しく聞かせて貰えないか?言い難い事もあると思うから、仲間には遠慮して貰ったから、それでどうにか」

 頭を下げてお願いされた。わざわざ人払いまでしてくれたんだから、話してもいいと思うが、俺の事じゃないからなぁ…何とも言えないよなぁ…

 言いあぐねている俺。その時ヒロがトイレから戻ってきた。

「おう、待たせたな隆……何こいつ?」

「人様に指差すなよ。牧野を捜しているんだってさ」

「牧野?生駒が狙っている奴?」

 生駒の名前が出たら、驚いたように目を剥いたメガネ君。

「君達は生駒志郎と知り合いなのか?」

「知り合いっつうか、親友だ。なぁ隆?」

 振られて頷く俺に、更に目を剥いた。

「……ひょっとして、君達白浜?」

「うん。昨日文化祭があったから、今日は代休…うおっ!?」

 そこまで言い掛けたら、俺の手を取ってぶんぶん振り回した!!なんで!?いきなり怖い!!

「昨日白浜で文化祭があった学校って言ったら、白浜高校!!白浜高校で生駒の親友と言えば、緒方隆と大沢博仁!!」

 俺達を知っている!?今度は俺とヒロが顔を合わせて目を剥く番だった!!

「お前、何者だ?」

 ビックリして強めの口調で訊ねてしまった。糞じゃない人に…これは反省しなければならないな…

 メガネ君は笑いながら名乗った。

「俺は南海高校一年、大雅正輝。木村から聞いていると思うけど?俺も君達の事は沢山聞いたよ。特に君…緒方隆君」

 大雅正輝!!こんな所で偶然に…!!

 大洋に来ているんだから、可能性はゼロじゃない。にしてもだ…やっぱり縁があるんだな…いずれ巡り合う運命的な。

 それもそうだが、木村!!碌でもない事とか言ってねーだろうな?見たら殺すの狂犬とか…

「なんでも不良は見たら病院送りにするとか?生駒にも聞いたよ。殺されるかと思ったって言っていたよ」

 ははは、と朗らかに笑いながら。いや、笑い事じゃねーんだけど……つか、やっぱ言っていたのかよ。生駒も余計な事は言うなよなぁ…

「で、君が大沢君だね。君の事も聞いているよ」

「おう、そうか」

 なんか得意気なヒロ。碌な事言ってないと思うけど……

「なんか土下座して恋人作ったとか」

「あの野郎!!言い触らしてんじゃねえよ!!」

 いや、お前のアレは伝説だから。河内のアレよりも強烈だったし。

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