文化祭~006
だが、木村とヒロは何となく解るが…
「生駒、お前もこんなの苦手そうだが…」
生駒が助っ人に来た理由が解らん。俺と同じくらい不器用だと思うんだけど…
「いや、河内が向かう筈だったんだけど、メガネの女子に「君はいいから生駒君、行って貰えるかしら?」と…」
横井さんが河内にストップをかけて生駒が代わりに、って事か。
「その河内は今何やってんだ?」
「普通に行列整理しているよ。今は混雑が落ち着いたから楽になったとは思うけど」
まだ仕事させられてんのか…可哀想になって来るな……
「そんな事より緒方、槙原が呼んでいたぜ。俺達と入れ替わりで学校に戻って来いとよ」
まだ仕事があるようだが、他は兎も角、赤坂君と吉田君がなぁ…そっち系じゃないしなぁ…
「いいから早く行け。お前が此処に居ても役に立たねえんだから、せめて展示で貢献しとけ」
それはヒロの言う通り。そして赤坂君達もヒロが居るから何とでもなるか…
「じゃあ…頼むな?だけどメインは…」
「解ってるって。彼女持ちに助っ人頼んだんだぜ?」
そりゃそうか。知っていて当然か。下手うちゃ波崎さんに殺される事必至だし。
俺には全く向かないミッションを助っ人に丸投げして教室に戻った。
行列はピーク時に比べてかなりマシになったが、それでも列は途切れない。河内が必死に行列整理している姿も哀しい。
ともあれ、教室に入ると、順番待ちの里中さん、入谷さんカップルを発見。マジ来てくれてうれしい。
「里中さん、入谷さん、いらっしゃい」
お客様なのでいらっしゃいと挨拶した。
「緒方君、お昼ウチに来てくれたんだってね。売り上げに貢献、ありがとねー」
いたずらっ子のようにクシシと笑う。似合うな、その笑い方。
「前金でお金払っていただろ」
「大盛りは違うでしょ。だけど男子はやっぱりあの量は少ないかー」
少ないとは思うが、普通の屋台の焼きそばとほぼ同じ量(と味)なんだから妥当だろ。
「やあ緒方君。海浜の生徒も結構きたようでホッとしたよ」
「入谷さんのおかげです。本当に助かりました」
深々と辞儀をする。マジで助かったと思っているからだ。
「いやいや、良いんだよ。海浜以外にも結構他校生が来ていたようだしね。僕も役目を果たせてホッとしているんだから」
確かに松田達も自分のグループだけじゃ無く、一般生徒も来ていたからな。本当に有り難い事だ。
つうか、なんかの仕事の為に呼ばれたんだったよな。
なので挨拶を終えて遥香を捜す。
「横井さん、遥香は?呼ばれたんだけど…」
「槙原は薬膳クッキーを作ると言って緒方君の家に行ったけれど」
俺ん家でクッキー作るのかよ!!いや、俺ん家は学校から一番近いんだけどさー!!
「だから緒方君には、急いで家に戻って、出来上がったクッキーを持って来て貰わないと」
要するに運搬で呼ばれた訳かよ。最初からそう言ってくれたら、学校じゃなく家に行ったのに!!
若干の面倒臭さを覚えながらも急いで家に戻る俺。
学祭の総合優勝の為だ。俺だってできる事は頑張る!!
猛烈なダッシュをかまして家に戻る。途中喫茶店の中が気になったが、わざわざ覗くほどでもないと思って一心不乱に。
そして、家に飛び込むと、鼻腔を擽る甘い匂い。
台所に向かうと、遥香とクラスメイトの市村さんがせっせとクッキーを焼いている最中だった。
「来たぞ。クッキーは?」
「あ、出来た分だけ持って行って。あとはまたすぐに戻ってきて。まだ足りないから」
マジか…結構作った筈なのに、足りなくなるのもビックリだが、それでもまだ不足していると…
だったら同じ量を注文した筈のハーブティーも足りなくなると思うんだが…
ともあれ、流石にダッシュの連続はキツイ。なのでバイクの出番だ。
学校には乗り入れできないが、途中までなら、具体的には校門近くまでならいいだろ。
出来立てクッキーを受け取って学校に戻り、クッキーを渡す俺。そして気になった事を訊ねた。
「ハーブティーも足りないだろ?入浴剤も。どうすんだ?」
「ハーブティーは売り切れちゃったけれど、お茶は買ってあるから。不本意だけれど、クッキーのお供や待ち時間に飲みたい人に為に飲み物を切らす訳にはいかないからね」
そうか。仕方がないが、お茶ならば問題無いだろ。
「当然お金取ってるんだろ?いくら?」
「え?100円だけれど?」
お茶に100円か…俺的にちょっと高いような気もするが、仕方がないかな。
「玄米を炒って香ばしさをアップさせた玄米茶よ?高いとか思わないように」
思考を読まれたようで笑いながら言われた。
「つーか、よく玄米なんかあったな?」
「田代のお家は農家もやっているからね。無理を言って分けて貰ったのよ」
田代君、万引きで体育祭欠席してから、クラスで少し浮いていたからな…横井さんのお願いは結構な手助けになったかもだ。普通に戻る為の。
「そんな事よりもクッキーの追加、早めにお願いと言って頂戴」
遥香と市村さんが頑張って作っている最中だから、それを言うのは憚れるが…
「もう3時だぞ?文化祭の終わりは5時だ。もうそんなに必要ないんじゃない?」
「クッキーも結構な人気でね。一人二枚、三枚買う人も多いから」
そんなに?確かにお一人様一枚とは謳っていないから、買ってくれるのなら喜ばしい限りだが…
「それでも閉演に合せなきゃいけないから。作り過ぎないように、足りなくならないように」
「物凄いシビアな要求だな…」
「だから槙原が作っているのだけれど」
遥香ならその手の計算は、まあ…
「あ、そうそう。打ち上げは後日行うけれど、今日は友達で盛り上がるのでしょう?私も呼ばれたけれど、いいのかしら…」
「何言ってんだ。河内も来るんだから、横井さんも来なきゃいけないだろ。誰があいつの面倒を見るんだよ?」
「そうなるのね…だとは思っていたのだけれど…」
一気に落ち込む横井さん。ズーン、と顔いっぱい縦線が覆う。
「だけど、俺の友達たちも紹介したいからさ。単純に来て貰いたい気持ちの方が大きいかな」
一応本心だ。生駒や麻美も紹介したいし。
「そうね、うん。解ったわ。河内君も今日は頑張ってくれたからご褒美は必要でしょうし、そのお誘いは単純に嬉しいわ」
「あいつを目いっぱいこき使ったのは自覚していたのか…」
忙しさにかまけてつい、だと思っていたが、意図していたようだった。
「だって、手伝うと言ってきかないんですもの。だから手伝わせてあげたのよ?最後まで責任を持つと言うのならって条件付きだけれど」
あいつ、やっぱり馬鹿だな。自分の首を絞めただけじゃねーか。いいカッコしたかっただけじゃねーか。
「あ、そうだ。今日来てくれた北商の女子達も来るのでしょう?」
「多分…倉敷さんは来ると思うけど…鮎川さん達はどうかな…」
「その倉敷さん、だったかしら?その子、先程校門で喧嘩していたらしいわよ」
倉敷さんが白浜で喧嘩する?あり得ないだろ?
「途中で波崎と…えっと…緒方君の幼馴染さんも参戦したとか何とか?」
「麻美も?つうか、誰が見たんだ?クラスの人達は仕事で忙しいから、野次馬なんかしている暇は無そうだし」
「Cの楠木さんが見かけて知らせに来てくれたのよ。意図が解らないから相槌を打っただけなんだけど、「まだそこまでじゃないのか…」と言って帰って行ったけれど」
楠木さんがわざわざ知らせに来た?横井さんに?そして意味不明に納得して帰った?
「何か…相手が川岸さん?だったかしら?そう言っていたのだけれど」
川岸さんが白浜に来た!!
それで倉敷さんがバトったのか!!麻美と波崎さんの助っ人も頷ける!!楠木さんが横井さんに深く言わなかったのにも納得だ!!
つうか川岸さん、よく白浜の学祭に来れたな。国枝君に程よく脅されたのに、胆が太いな。
学祭ってイベントだからノーカンと思ったのだろうけど。Eクラスに来た訳じゃ無く、中学時代の友達の所に来たとか言い訳が出来るしな。
「そんな事より緒方君、クッキーを運んで頂戴。出来上がりからバンバン運んで頂戴」
それが俺に課せられた仕事なんだからやるけど。
「因みに売上はどのくらい?」
「そうね…ちゃんと集計していないから解らないけれど、少なくともCよりは上回っているわ」
それは確信したような笑み。だけどCに勝ったとしても、学年一位程度だ。総合優勝には届かない。
だからこそクッキーの増販で、玄米茶の代替え販売なんだろうけど。
「よっしゃ!!このまま売り上げ伸ばして総合優勝だ!!」
横井さんは力強く頷いた。この行列だ、来客数は取った筈。あとは純利益を追求するのみ!!
俺も気持ち逸って外に飛び出す。
一刻も早くクッキーを届けなきゃとの使命感に駆られて。
そんなこんなで夕方5時…
「終わったー!!!」
誰かがそう叫んだ。呼応する様に全員が万歳して「終わったー!!」と叫んだ。
「よ、漸く終わった………」
国枝君がヘロヘロになりながらブースから出てきた。最上さんと蛯名さんも同じだった。
「もう……絶対にやりたくない………」
もともと蛯名さんは疲れるからあんまりやりたくない旨を言っていたが、結果出ずっぱりだった。
「占い師は昼食も取っていないからね。本当に疲れた筈だよ」
遥香が偉そうに腕を組みながら頷いてそう話すが……
「昼飯時間くらい与えてやれよ!!」
飯抜きで労働とか、どこの奴隷だ!!
「占い師全員が拒否したのよ。抜けると売り上げが落ちるって」
あの熱がまだ続いている証拠か…それにしてもだろ…
「じゃあちょっと集計して運営に報告しに行ってくるわね。結果は多分一時間後」
そう言って集計用紙片手に駆ける横井さん。結果は確かに出るが、本発表は休み明けなんだ。だから良い結果だ出たからと言って無邪気に喜ぶのは避けたい。
「一位取れればいいなぁ…」
まさに祈るように呟いた赤坂君。
「どうでもいいよ。つまんねえ……」
やさぐれている吉田君。この対照的な二人は大洋の中学生とのコンパに臨んだ二人だ。この真逆なテンションはもしかして……
隣で半分寝ているようにコックリしているヒロを肘で突く。
「ハッ!?ね、寝てねえよ!!」
「半分どころか全部寝ていたようだな…どんだけ疲れてんだよ…」
労働なら占い師の方が過酷だっただろうに。横井さんも遥香も昼飯抜きで頑張っていたんだ。お前よりも疲労が濃い筈だが、居眠りはしてねーぞ。
まあいいや。どうせ前日に夜更かしした程度の事だろ。
「おいヒロ、あれからどうなった?」
「あん?どうなったって?」
「だから、大洋の子達だ」
あ。と頷いて赤坂君を見るヒロ。
「まさか成功したのが赤坂一人とはな…奇跡を目の当たりにした気分だぜ…」
マジか!!いや、俺が居た時でもそんな雰囲気だったが、まさかそのまま行くとはなぁ…
「じゃあ他は?」
「他の女子達は俺達とばっか喋っていた。吉田とか水戸とか対馬が話題振ってもスルー」
ま、まあ…元々俺達は好感度が高かったし…それに、対馬と水戸の険悪で引かれたし…
「それに面白くない水戸と対馬が喧嘩しそうになるし。木村と生駒が止めたから喧嘩にはなんなかったけど」
「お前はどうしてたんだ?そんな状況で?」
「そんな状況、流石に面白くねえだろ?女子達も脅えちゃったし。だからまとめてぶっ叩こうとしたら、吉田に涙目で止められた」
「お前何しようとしてんだよ……」
げんなりするわ。まあ、俺もその状況になったらそう考えるだろうけどさ。
「チラッと集計表見たけど、間違いなくトップ3には入ったね」
破顔しながら寄って来る遥香。
「お前は俺ん家でクッキー焼いていたから知らないと思うけど、川岸さんが学祭に来たらしいぞ」
小声でそう言うと、ああ、と頷いて答えた。
「波崎と倉敷さん、美咲ちゃんから連絡来たから知ってるよ。最初が倉敷さん相手にギャーギャーやってて引かなかったらしいけど、波崎たちが加勢に加わってから大人しく…って訳じゃないけど、帰ったらしいじゃない」
波崎さんと麻美のコンビか。結構怖いかも。
「……多分麻美さんを怖がって帰ったんだと思うけどね」
そう言った遥香の表情は、怖いくらいに厳しい表情だった。
「何でそう思う?」
問うた俺に驚いた顔を向ける。
「なんだ?」
「いや…ダーリンだったら、咎めるか宥めるかすると思ったから…」
俺も記憶持ちだと思っていて、何故隠しているのか気になるからだ。とは言えない。
「お前の意見も聞いた方がいいだろ」
差し障りの無い答えで返す。
遥香はやはり面食らいながらも、一つの仮説を唱えた。
「麻美さんは記憶持ちだって私は確信している。以前も言ったけど、魂がそう言っている。それを踏まえての答えで、オカルトなんだけど、麻美さん、前回は幽霊だったじゃない?悪霊だっけ?でも今回は生身。だけど記憶は持っている。当然悪霊だった頃の記憶も持っている」
そりゃそうだろ。前回は死んだままだから、記憶持ち越ししたなら、悪霊状態での記憶だろ。
「悪霊の麻美さんは川岸さんを祟った…って訳じゃないけど、結果的には近い物になった。だから、今の生身でも祟り方を知っている」
「……霊感が強いのは本当だから、麻美が悪霊の力を持っているのを感じたって事か…」
「そうなると国枝君も知っていそうだけど、そんな素振りは見せないよね。波崎も普通じゃない?とか言っていたし、この仮説には無理がある」
確かに、国枝君なら悪霊の気配みたいなのは感じる事が出来そうだが、そんな話、聞いた事も無いしされた事も無い。
だけど俺は見た。麻美の悪意が川岸さんだけに向けられたのを。それを感知した川岸さんがビビったのも見た。
恐らく、あの悪意を向けられた人だけが感知できるのだろう。証拠に幽霊時代、誰も麻美を悪霊だと見抜けなかった。
「だけど、私は確信している。麻美さんは悪霊の力を持っているって。記憶が甦った時にその力も持ったんだろうって」
それは力強い瞳。この考えは揺るがないとの意思表示。
石橋を叩いて叩いて叩き捲ってから渡るタイプの遥香が、ただの仮説だけなのに、此処まで頑なになるのも珍しいが……
「おまたせ!!」
横井さんが帰ってきて、話は中断。
さて、俺達のクラスの順位は………
コホンと一つ、咳払いをして、強張った表情で口を開いた。
「集客集と純利益、共に1位です!!」
………………
「「「「おおおおおおおおおお!!!!!」」」」
クラスが絶叫した。マジで!?集客数はそうなるだろうと予測していたが!!
つうか強張った表情だから悪い方に考えてしまったが、あれニヤケ顔を隠す為に頑張って表情を正していただけかよ!!
「やった!!やったね横井!!」
遥香も嬉しそうに横井さんに寄って行き、ハグをする。
「まだ仮集計の段階だから何とも言えないから、気が早いわ。休み明けに本集計が出るのだから、その時ね」
そりゃそうだろうが、ほぼ決まりだろ!!多少の誤差修正で順位が変わるかっての!!
クラス中万歳三唱。横井さんはまだ早いとその都度言っていたが、誰も聞きやしねーし、当の横井さんも必死に頑張って表情を正していたのが面白かった。
「表彰は休み明けの全校集会で行われるから、それまでは本当に油断しちゃ駄目だから。本集計で逆転される可能性もあるし」
「それって誤差内で逆転されるような接戦なのか?」
宥める横井さんに誰かが訊ねた。
「いや、そんなでも無いけれど…」
じゃあいいじゃねーかよとやはり万歳三唱。
「だからまだ解らないと言うのに…」
そう呟きながらもニヤケ顔をどうにか堪えている。
そこで一つ、大きな咳払い。クラスが静かになる。
「では、後夜祭開始しますので、全員外に出ましょう。本格的な後片付けは後日改めて」
促されてワイワイガヤガヤ外に出る。そこで遥香をとっ捕まえた。
「おい、木村達は?俺達後夜祭参加しないでどこかで騒ぐ予定なんだろ?」
木村や河内、生駒達部外者は後夜祭には参加できない。素知らぬ顔で混じっている奴も多いが、実際前回、波崎さんも普通に参加していたが、基本的に生徒のみの祭りだ。
「勿論、会場は手配済みですよ」
遥香が抜かり無いのは知っているから普通に頷いた。
簡単な清掃とゴミ捨てのみ行い、校庭に出る。
んじゃあ、と遥香に目を向けると頷いた。
「カラオケ押さえたから、みんなそっちに移動ね」
「「「おーう」」」
そう返事をする面々。俺とヒロと赤坂君だった。
「吉田君はどうした?」
赤坂君が来るんだから、コンパに参加した吉田君も当然こっちに来ると思っていたのだが、いない。
「ああ、後夜祭の方に参加しに行ったよ。こっちには彼氏持ちの女子の方が多いからね」
成程、国枝君の言う通り。それに単純に彼氏持ち以外は遥香及び俺の人脈多数だから、居心地が悪いのだろう。
そして赤坂君は本日目出度く彼女ゲットした訳だから、余裕があるのだろう。だからこっちに来たと。
そして女子は、遥香は勿論、楠木さん、春日さん、黒木さん、里中さん。仲良し女子グループだ。それに横井さん。
んで、カラオケ野に到着。遥香が店員さんと何やらゴチャゴチャ話し、それを終えると大部屋に案内された。
中に入ると、これまたビックリ、かなりの人数。木村と水戸、生駒と対馬、河内と松田。それに山郷農林三名。女子は麻美、波崎さん、他南女2名。倉敷さん、鮎川さん、他北商女子3名。
18名が既に盛り上がっていた。
「あー、バカが来たー」
俺を発見した麻美さんがそう言って指を差す。
「誰が馬鹿だ!」
「うわ…あの緒方君にそんな事言うなんて……」
貶した麻美に引き攣る鮎川さんだった。俺の悪評ってどんななんだろう?女子をも気軽にぶち砕くとか思われているのだろうか?
「入谷さんは来ていないのか…」
「一年生の集まりみたいなものだからね。遠慮してって言っておいた」
何故かドヤ顔で言った里中さんだが、いやいや、遠慮なんかしてほしくねーんだよ。寧ろ来て欲しいんだよ。彼女特権で余計な事するんじゃねーよ。
「千明さん!!俺の横にっ!!!」
「解っているからそのまま動かないで。他の人に迷惑が掛かるでしょう?」
「河内も尻に敷かれるタイプか…」
気の毒そうな生駒だが、お前も充分尻に敷かれていると思うのだが。しかも結構な修羅道で。
そして居心地が悪そうな松田達山郷農林が出てくる。
「ちょ、緒方、早いとこ西高と黒潮の大将を紹介してくれよ。気まずいつうか、何つうか……」
さっきマイクで大声を張って歌っていたのはお前ん所の奴だろうに、今更何言ってんだ?
まあいいやと木村と河内を呼ぶ。木村は普通に来たが、河内は何か愚図っていた。
「なんだっつうんだ緒方!!今千明さんと話している最中だっつううのに!!」
「喧しい。横井さんは約束を守ったんだから、お前も約束を守れ」
そして俺は松田を木村と河内に紹介した。
「こいつが山郷農林の松田。俺に協力してくれる事になったけど、山郷実業と揉めた場合に不味い事になる。だから後ろ盾でお前等の名前を使わせてくれ」
そう紹介すると、松田は軽く辞儀をする。
「俺もそっちの方には知り合いがあんまいねえから、仲間が増える事は単純にいい事だ。だから遠慮なく使ってもいいし、揉め事が起こったらウチも出てやるから心配すんな」
そう言って素直に了承する木村だった。俺が事前にメールで話したから、簡単に事が進んだ証拠だ。
「俺もいいぜ。つっても以前、俺達の名前を使って緒方を脅そうとした馬鹿野郎共は知らねえけど。お前等ダチでもなんでもないだろ?」
河内も了承した。竹山達とやらは知らねって条件付きだが。
「助かる。正直言ってあんま役にたてねえと思うけど、なるべくなら穏便に済ませたかったからな」
「じゃあ緒方の名前を使わないってのは正解だ。こいつは目に入ったら殺すからな」
ははは、と木村と河内が笑った。松田達も強張りながらも、一応笑ってはいた。
そこでなぜか対馬が加わった。
「松田だっけ?山郷にダチが居ないから、俺ともなってくれよ。つっても、西高、黒潮の頭みたいに名前は使えねえけど」
対馬もそっち方面にコネが欲しかったのか。山郷には確かに知り合いが少ないだろうしな。
「勿論いいよ。つうか逆に頼みたいよ」
そう言って握手を交わす両名。木村と河内みたいなデカい名前じゃない対馬に安心している様子の松田だった。
ともあれ、これで松田の憂いは全て無くなった訳だ。全員と連絡先交換しているし。水戸までもしているし。
遥香の方はどうだ?
「麻美さん、この人つい最近友達になった倉敷さんと鮎川さん。で、こっちが河内君の恋人さんの横井」
「え!?あの河内君と付き合ってんの!?つかあの動画の!?」
「何故河内君を知っている人達の反応は全員同じなのかしら……」
女子達も表面上は仲良く話しているように見える。心配いらないか?
『あー。ああー。お前等注目ー』
なんかマイクで注目させるヒロ。どうしても目立ちたいのかこいつ?
『初めて顔を会わせる奴等も多いから、ここらで自己紹介と行こうぜ!!俺は大沢博仁。白浜一年だ。狂犬緒方のストッパーをやっている。宜しく!!』
自己紹介は確かに必要だと思うし、その提案には賛成だが、ストッパーの件は必要ねーだろ。
そう思っていると、ヒロがマイクを隣りの波崎さんに渡した。
躊躇なく受取った波崎さんも自己紹介を始めた。
『えーっと、その大沢君の彼女の波崎優です。狂犬緒方の恋人の親友をやっています。南女一年です、よろしくね!!』
え!?波崎さんも俺をディスっちゃうの!?
ビックリしていると、隣の麻美にマイクが渡った。
『南女一年、日向麻美。狂犬緒方の幼馴染でーす』
お前もか麻美!?何で自己紹介に俺を絡めんの!?おかしくない!?
『北商一年、倉敷和美です。今日はその狂犬さんの彼女さんに誘われてきちゃいました。皆さんよろしくね!!』
まさか倉敷さんまで俺の名前で自己紹介!?
『えっと…その倉敷の友達でー。鮎川美奈子。北商一年…』
鮎川さんからは狂犬緒方は出て来なかったか…なんか安心した。
『緒方君の噂は知っているからー、見たら殺すとか、狂犬だとか。その集まりに参加するのに緊張していたけどー…』
やっぱディスられた!!なんで自己紹介に俺を絡めるんだ!?なんかのブームか!?
それからも、木村には狂犬から西高を守っているとか言われ、生駒からは狂犬と喧嘩して負けたと言われ…
全員俺を絡めての自己紹介だった!!哀しすぎるだろ!!
そして遥香の番…こいつは絶対に俺を絡める!!
『えー…その狂犬緒方の愛しの彼女、槙原遥香です。ウチのダーリン、言われるほど狂っては……いるけど、噂程じゃないからそんなに脅えないでやってねー』
「全くフォローになっちゃいねえ!!」
思わず蹲る程絶望した瞬間だった。せめて彼女だけはディスらないと思っていたのに!!
絶望の淵に居て項垂れている俺にゴンゴンとマイクを打ちつけて顔を起こさせるのは遥香。
「次、ダーリンの番。しっかり決めちゃって!!」
ウィンクなんてすんじゃねーよ。決めろって何を決めんだよ。
ともあれマイクを受け取り、自己紹介の為に立つ。
『……あー…先程から名前が挙がっているから自己紹介の必要が無いとは思うけど…白浜一年、緒方隆です…』
「なんだその自己紹介!?つまんねえぞ!!もう一回やれ!!」
野次を飛ばしたのは河内だった。こいつ本当にどうにかしなければ!!
しかし何をするにも面倒になり、大人しく隣の松田にマイクを渡した。
しかしその後も狂犬緒方、噂の緒方、あの緒方と、何故か俺を絡める自己紹介が続いた。
あの緒方とのまともな表現は、国枝君と春日さんの様な、まともな人種のみが使っていた。赤坂君ですら噂の緒方君と言っていたし。
一巡してマイクが元の位置に負った。つまりヒロがマイクを持った訳だ。
『んじゃ注文しながら勝手に歌え!!俺大盛りポテトフライトとコーラ!!隆、注文しろ!!』
いや、注文くらいしてやるけど…ドリンクはフリーなんだから、コーラは自分で持って来いよ。
しかし、確かに夕飯時。遥香も国枝君も横井さんも昼飯を取っていないから、お腹が減っている事だろう。
此処は気持ち良く俺が注文してやろうか。そんな訳で、一人一人からオーダーを取って回る事にした。
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