文化祭~003

 予定調和のプリンを食べて(俺は食わなかったけど)暫しマッタリ。

 つうか結構マッタリ。何故ならば…

「ふう、気持ち良かった。次ダーリン、入って来て」

 遥香がバスタオルで髪を拭きながら部屋に入って来た。こいつ、俺ん家の風呂に入りやがったのだ。

 湯上りでほんのり色っぽいのはいい。だが少し待って欲しい。

「泊まっていくとか言わねーよな?俺バイクあるんだからな?楽勝で送る事が出来るんだからな」

「言うよ、勿論。バイクがあろうがなかろうが、泊まる決意を覆す事はダーリンにもできないよ」

 ふふんと勝ち誇ったように笑いやがった。お前の匙加減じゃねーかよそんなもん。

「つうか既に俺のスェット履いているし…」

「上はTシャツだけど。勿論ダーリンのヤツ」

 知っているよ。お気に入りの面白Tシャツだよ。ライオンのプリントで『獰猛でどうもすいません』って書かれている黄色いTシャツだよ。

「因みにノーブラ。どう?このポッチ」

「胸を張るな。見せるな。理性が飛ぶ!!」

「飛んで欲しいんだけど。いつまでも処女じゃ喪女とか呼ばれちゃうし」

「呼ばねーよ。まだ高校一年生の女子に」

「それに、早くしないと、隆君が魔法使いになっちゃうし」

「30まで童貞の話だろそれは!!俺も高校一年生!!童貞でいいんだよ!!」

 興味はバリバリあるけれど、俺はヘタレなんだ!!だから焦らすなよ!!

「まあいい…俺も風呂に入ってくる…」

 全く良くないが、ここではもういい。どうせ口で遥香に勝てないんだし。

「スッキリして来てねー」

「お前は何故心が読める!?」

 素で驚いて突っ込んだ。

「え?お風呂に入ればスッキリするでしょ?汗を洗い流すんだし?」

 ……………ど、どうやら早とちりだったようだな…俺が風呂で賢者になって戻って来るとは、流石に読めなかったか…

「賢者タイムは私との後ねー」

「やっぱ知ってんじゃねーか!!」

 もう俺には妄想すら許されない。全て看破されてしまうのだから!!

「別にいじゃない?付き合って、好きあっているんだし」

「そう言われりゃそうなんだけどさ…」

 ぶっちゃければ拒む理由は皆無なのだ。単に俺がヘタレなのがいけないのだ。あと、こっちの緒方君の記憶っつうか、後ろめたさっつうか。

「と、兎に角風呂入ってくる」

 これ以上の問答は時間的に惜しい。俺も結構な汗を掻いた事だし。仕事中も、今現在も。

 超長風呂した。上がってくる頃には遥香が寝ている事を期待して。だが、それは儚く砕けた。

「おかえりダーリン。お茶飲むでしょ?」

 冷たいお茶を出してのお出迎えであった。肩を落としつつもお茶を受け取った。

「なあ、マジで泊まっていくの?」

「マジもマジマジ。大マジだよ?」

 小首を傾げられてもね…いや、可愛いけどさ。

「随分長いお風呂だったけど?」

「お前が寝ているのを期待していたんだよ」

 本心を言いながらお茶をごくごく。風呂上りの冷たいお茶はうまいぜ。

「あはは~。いや、ダーリンがその気になるまで待つのも選択肢の一つだけどさ、迫るのも当然選択肢の一つだよ?」

 そう言ってにじり寄って来る。風呂上りのシャンプーのいい匂いが鼻腔を擽る…理性が飛ぶよなぁ、コレ。

 つうか、ちょっと待て。

「こんないい香りのシャンプーは家には無い筈だが?」

「自分の家から持って来た。勝負服ならぬ勝負シャンプーですよ」

 ほほう…誰と勝負する為に家から持って来たのかな?やっぱ俺だよな?じゃあその気になるまで待つって選択は無いも同然じゃないのかな?

 それは兎も角、夜も遅い。

「なのでもう寝よう。そうしようそうしよう」

 布団被って精神集中すれば寝れる。寝たら理性が飛ぶ事は無い。我ながら名案だ。

「まだ10時に少し今くらいだよ?」

「いや、ほら、俺って早朝ロードワークがあるからね。早寝、早起きは性みたいなもんだから」

「じゃあちょっと早いけど、寝ようか。一緒に、一つのベッドで」

「と、思ったけど、早いなやっぱり。もう少し起きていよう。その方がいい」

 ちくしょう、こんな早い時間に一緒に寝たら、絶対に寝付けないから理性が飛ぶ!!

「あはは~。大丈夫だよ。迫ったりしないから。尤も、ダーリンがその気になれば応えるけど」

 その気になってたまるかと言いたいが、言えない。何故ならあの爆乳に密着されて(しかもノーブラ)その気にならないなんて絶対にないからだ。

「ま、まあまあ、ほら、俺ってお喋り好きだろ?だからちょっと話をしようかと」

「ダーリンに限って全く無いと思うけど…」

 その通りで、俺はお喋り好きではない。流石遥香、解っていらっしゃる。

「だけどそうだね。明日の事、ちょっと話そうか」

 頷く。話題はなんでもいい。時間が過ぎて眠くなってベッドで速攻バタンキューが理想だ。

 全く取り留めのない話しをした。時間が過ぎて眠くなる事ばかり期待して。

 そして、その時が訪れて、遥香の目蓋が重くなったのが2時過ぎ。ベッドに入って眠ったのを見計らって、床に座布団等を敷いて寝床を作って寝たのが3時に差し掛かろう時間だった。

 なので早朝ロードワークの眠い事眠いこと。

「おい隆、ちゃんと気合入れて走れよ。ちょっとだらけ過ぎだぞ?」

 この様にヒロに注意させてしまう始末だった。

「仕方ねーだろ…遥香が泊まりに来たんだから…だからあんま寝てねーんだよ…」

 言ったらヒロの脚が止まった。

「なにやってんだよ?お前が止まってどうすんだ?」

「お、お前…槙原がお泊りしたから眠いって事は…つ、遂に大人の階段を昇っちゃったのか!?」

 物凄くげんなりした。もしそうなら誰にも話すか。

「真逆だよ。理性が飛ぶのを防ぐ為に、遥香が眠くなるまで頑張って頑張ってお喋りしたんだよ…」

「そ、そうか、そうだよな…お前みたいなヘタレに先を越される訳ねえか…」

 うるせーな。いいんだよ俺は。焦らずゆっくりやって行くんだよ。お前みたいにがっつくのは俺のキャラじゃねーんだよ。

「そう言うお前はどうなんだ?波崎さんの家にお呼ばれさたか?」

 嫌味を言ったら項垂れた。超項垂れた。具体的には四つん這いになって真っ白になった。

「じゃあお前から誘って家に来た事はあるのか?」

「……………………………………………………………………………………………………………………」

 ダンマリであった。つうか、黙るしかないのだろう。来た事が無いから、言う必要がないのだから。

「そろそろ名前呼びとかは無いのか?」

 流石に名前で呼んでもいいくらいは、付き合いは深いだろう。

「いや、まあ…うん………」

「まだなのかよ…お前だけでも呼んだらどうだ?そしたら向こうも釣られていつか呼んでくれるんじゃね?」

「いや………」

 ああ、呼んだ事があるのか。その時に驚かれて叱られたとか?

 前回は結構早い段階で名前呼びしていた筈だけどなぁ…

 まあいいや、他所の事情に踏み込むような無粋な真似は出来ん。

「早く終わらせて帰るぞ。今日は文化祭の本番なんだ」

「…………………………………………………………おう……………」

 物凄く元気が無くなっちゃったが、やはり口出しは出来ない。その問題は俺ではどうしようもないのだから。

 ランニングを終えて家に帰ると、案の定遥香がタオルを持ってスタンバっていた。

「おかえりダーリン、シャワー浴びて来て。いつもより早く出なきゃいけないから、急いでね」

「ああ、そっか、打ちあわせの為に一時間前に教室に居なきゃいけなかったんだっけ?」

 受け取ったタオルで汗を拭きながら訊ねた。

「そう。前日の売り上げの報告もあるから、結構楽しみではあるね」

 それに全面的に同意して風呂に向かった。上がったら朝飯。しかし時間が無いから簡単な物しか出来なかったそうだ。

 つまり、朝飯を作ったのは遥香。ご飯と目玉焼き、みそ汁に浅漬けと言うシンプルな朝食なれど、親父は美味い美味い言いながら食っていた。こんなもんで幸せを感じてくれるのなら安いもんだ。

 食ったら慌てるように家を出て、若干小走りになりながらも学校を目指す。

 遥香が真っ赤な顔でついてくるのがちょっと心配だったので訊ねた。

「大丈夫か?ペース落とそうか?」

「い……いい………!!」

 いいっても息が切れてんじゃねーか。やせ我慢はいけない。結局後で辛くなるだけなんだから。

 これから一日中働かなきゃいけないんだから、ここで体力を全消耗させても仕方がない。

 なのでペースを落とす。遥香に気付かれないように、徐々に。

 露骨に落としたら、こいつの事だ。自分のせいでって落ち込んじゃうし。俺にだけなんだよな、そうやって落ち込むのは。他の人達にはそんな事無いんだから、気にしなくてもいいのに。

 で、どうにかこうにか約束の時間に間に合って教室に着いた。

「お、緒方、結構ギリだな?槙原がハンパなく疲れているようだけど?」

 蟹江君がおはようの代わりにそう話し掛けて来た。遥香は俺の肩に手を置いて、全身で息をしているから返せない。なので俺が返そう。

「俺のペースに頑張ってついて来てくれたからだよ。時間ちょっとヤバかったから急いだんだ」

「そうか。緒方のペースに着いて来たんじゃ、そうなるか。じゃあ椅子に座れよ」

 恐らくは順番待ちのお客用であろう椅子に遥香を座らせる俺。遥香は何度も頷いて拒否していたが、やはり辛いモンは辛いようで、最終的には座って身体を休めた。

「みんな揃ったかしら?」

 此処で横井さんが教壇で声を張る。

「いや、まだヒロが来ていない」

「大沢君か…時間厳守って言ったのに…」

「いるぜ!!!!」

 文句を言おうとした横井さんの前に、ヒロが教室に飛び込んできた。

「大沢君、ちょっと遅刻じゃない?」

 やはり文句を言われた。俺がギリだったんだから、5分程度の遅刻だが。

「まあまあ、そんな事よりも、ミーティングやろうぜ。時間が勿体ない」

 時間が惜しいのは同感だが、お前が言っていいセリフじゃねーだろ。遅刻した事実があるんだし。

 ヒロのお前が言うなに賛成の頷きをして、横井さんが続けた。

「昨日の売り上げだけれど、学年二位にはなりました」

 学年二位にクラスの雰囲気が重くなった。結果だけを見れば上出来なのだろうが、学校全体で言うと…

「やはり屋台の権利を持ったクラスが強い様ね。でも一年では屋台を出しているクラスはいないから…」

 屋台展開無しのクラスに負けているのか…キツイよな…

「因みに一位はどこだ?」

 中畑君が問う。クラス委員として代表で問うた感じだ。

「C組ね。メイド喫茶はやはり強いわね。そのCも学校全体では五位よ」

「じゃあウチのクラスは?」

「集客数で行けば全体で四位。売り上げでは七位」

 やっぱ集客数は勝負になったか。だが、前回よりもブースが一つ増えているんだ。回転率を上げれば何とか…

 此処で何とか回復した遥香が挙手した。

「多分集客数はトップ取れると思う。だから、売上をもっと上げるように努めようよ」

「どうやって?昨日もハーブティーやらおみくじやら結構売ったんだぞ?」

 そりゃそうだ。来たお客に営業を掛けるのは当然の事。

 それでもこの順位だ。本番の今日はもっと食べ物屋の売り上げは上がるだろうし。

 見料の他にお金になるのはおみくじ、お守り、ハーブティー、薬膳クッキー、入浴剤だ。仮に一人のお客が全部購入した場合700円。見料と合わせて800円。

 流石に全員全部購入する事は無いと思うから、半値位が妥当と見て400円か…

「因みにお守りはどのお守りが一番売れたの?」

 遥香の質問の答えたのは、おみくじ、お守りブース担当の角田君。

「恋愛成就だな。殆どがそれかな?」

「占いは?何を一番頼まれたの?」

 遥香の質問の答えたのはタロット占いの蛯名さん。

「やっぱ恋愛関係だよ。霊感占いも星座、血液混合占いも同じでしょ」

 国枝君と最上さんが同意の意味で頷いた。

「やっぱり恋愛系が一番人気か…じゃあ…」

 チラリと赤坂君に目を向ける遥香。赤坂君、頷いてカバンを漁って一枚のハガキ大の紙を出した。

「なにこれ?」 

 横井さんがそれを覗き込む。俺もチラッと見たが、なんかハートが描かれているイラストだった。

「片思いの相手と両想いになれるおまじないのイラストを大量に印刷して来たんだ」

 それに被せるように遥香が続いた。

「お守りを値上げしたい所だけどそれはもう無理だから、このイラスト含みで400円で売ろう」

 成程!!既に前日買った人が居るんだから、もう値上げは出来ないから、付属品を付けて実質値上げするって事か!!

 つーか赤坂君、いつの間に遥香とそんな打合せしていたんだ!?一日二日で準備できる量じゃないだろ!!

 俺はいい考えだと思ったが、赤坂君と横井さんが渋い顔。

「何か問題があるのか?」

 俺の問いに答えたのは赤坂君。

「槙原さんに頼まれて一応準備はしたけど、こんなのは所詮ネットから拾った画像をプリントしただけだから、知っている人は知っているから、そんなに付加価値が付かないと思うんだよね」

 な、成程、おまじないをやるような層は既に知っているって事か…

「それに、これは実質値上げになるから、前日のお客さんがまた来てくれた場合、面白くないと思うのよね」

 横井さんの懸念にも納得だ。リピーターが来てくれるかもしれないから、お守り自体の値段は変えたくないって事か…

「……それもそうか…ねえ赤坂君、恋愛成就の他のおまじないは?」

 遥香に振られても動じる事無く。

「学業上達、金運向上、無病息災。昨日のお守りの売り上げのトップ4は押さえたよ」

「そう、じゃあそれをお守りを買ってくれた人にオマケで付けよう」

 ざわついた教室。赤坂君の人件費は経費には入らないが、フォト用紙はお金が掛かっている。それは経費になるから、タダなら赤字になるんじゃないか?

「……成程、リピーターが来てくれた場合でも、昨日買ってくれたお守りのサービスって事で渡せばいい訳ね。そしてそのサービスはもしかしたら…」

 頷く遥香。

「赤坂君にお願いしたのは、おまじないのイラストをフォト用紙にプリントして貰う事で、使い方も説明書きがあるから。例えば恋愛成就を買った人が他のお守りも買ってオマケを欲しがる人も出て来るかも」

「そうね。赤坂、一応聞いておくけれど、このおまじないは画像はあるけれどイラストは売って無いのよね?」

「うん。と、言うよりも、さっきも言ったけど、拾い物の画像をプリントしただけだから、こんな感じにしてコルクボードに貼っている人もいるかもだけど」

 その可能性もあるんだろうけど、このイラストは普通に綺麗、可愛いから、欲しい人も出て来るかもしれない。結果他のお守りもイラスト狙いで買ってくれる人が出てくるかもしれない。

 さっきまでのざわつきが熱に変わった。

 イケるかもしれない。総合一位を取れるかも、に。

「じゃあ…ちょっと早いけれど、準備しましょう。総合一位、二冠目指して!!」

 横井さんのコールに沸いた我がクラス。

 恐らく隣のおクラスが何事かと思うくらいの歓声だった。

「じゃあ昨日ノルマ達成していないグループは引き続きチラシ配りと営業」

 あれって営業も兼ねていたのか…良かった女子とペアで。俺一人だったら絶対にできなかったぜ。

「良かった昨日黒木と組んで…」

 ヒロが心底安堵したように息を吐いていた。確か前回はノルマクリアできずに本番でもチラシを配っていたんだったか。

 ん?じゃあ赤坂君は?確か前回は一人だった筈だが?

「赤坂君はノルマクリアしたのか?」

 一応気を遣って小声で訊ねた。気を遣った理由は一人だったら切なかろうとの理由だ。

「僕はチラシ配布には回らなかったよ。槙原さんに仕事を言いつけられたって言っただろ?」

 ああ、あのおまじないのイラストと説明書のプリントか…遥香も一応気を遣ったのか?当日一人でチラシを配らなくするようにと。

 じゃあノルマクリアした俺達はどうすんだ?

「横井さん、俺達は?」

「緒方君には特殊な仕事を頼みたいから…本来ならノルマクリアしたのだから、今日は自由に文化祭を楽しんで貰いたかったのだけれど…」

 申し訳なさそうに俯きながらそう言った。

 つか、仕事があるのなら引き受けるが、特殊って?

「……河内君の相手とか…」

「あー」

 納得だった。だけどそれって結局は仕事じゃないんじゃ?河内は友達だから、普通に文化祭を案内するんだろうなぁと思っていたから。

「ダーリンは招待した中学生の接待とか、チラシ配りで協力してくれた麻美さん達への接待やらで忙しいいよ」

 遥香が暗に遊んでいる暇はないと言いやがった。いや、いいんだけどさ。それはそれで。

「じゃあ客が来るまでどこかで待機しておくか…」

「いえ、既に河内君が来ている様なのよ…」

「まだ開演前なのに!?」

 アホだろあいつ。こんなに早く来ても学校には入れないってのに。

「仕方がない…開演まで河内の相手をしておくよ。遥香はどうする?」

「私もご一緒したいけど、やる事が沢山あるからね」

 遥香は遥香で忙しいって事か。

「じゃあヒロ、一緒に来い」

「波崎がいつ来るか解らねえ状態なのに、河内に構っていられるか」

 こいつもブレが無くて何より。朝っぱらから来るとは思えんけども。

「仕方がない。一人で行ってくる。校門前?」

 訊ねると頷いたので校門前に移動。

 いねーじゃんと思ったら、河内がバイクじゃなく徒歩で此方に向かって来るのが見えた。

「あれ?バイクで来たんじゃなかったのか?」

 来ているようだと言ったからには確かに来たんだろうが、今来たような?

「おう緒方、なんかさ、千明さんがさ、バイクで来るなとか言ってさ。だからZXR、お前ん家に置かせて貰いに行ったんだよ」

 俺ん家にかぁ…いや、いいんだけどさ、別に。

「その横井さんから頼まれた。まだ学校に入れないからどこかで時間潰してくれって。要するに、俺はお前のおもりだな」

「えー?いいじゃねえかよ面倒くせえな。俺一人くらいどうにかしろよ」

「って横井さんに電話で聞いてみるから、少し待て」

「と言うのは冗談だ。駅前の喫茶店にでも行こう。コーヒーくらい奢るから」

 涙目で縋って来る河内。そんなに横井さんに嫌われたくないのか…気持ちは解らんでもないが…

 だがまあ、コーヒーを奢ってくれるの言うのなら是非も無い。なので早速例の喫茶店に向かう。

 扉を開けると軽い鐘の音。それとほぼ同時にマスターの「いらっしゃいませ」の挨拶。

 朝早いので誰もいない。よって席は選び放題。窓際の席に陣取る。

「えっと、朝飯食ってねえからモーニングだな。お前は?」

 俺は朝飯を食って来たからモーニングはいらない。なのでホットと言おうとした所――

「お前もモーニングでいいだろ。一番安いし」

 そう言われて勝手に注文された。

 マスターが注文を聞いて厨房に引っ込んだところを確認してから言う。

「俺朝飯食ったんだけど…」

「トーストとベーコンエッグとサラダくらいどうにかしろ」

 まあ、軽食はあんまダメージが無いからいいんだが。そういや此処のモーニングを食べるのは初めてだな。

 ともあれ水を飲みながら文句を言う俺。

「お前ちょっと早すぎるだろ。横井さん迷惑そうにしていたぞ?」

「大丈夫だ。代わりに客をいっぱい連れて来るんだから」

 お客さんがいっぱい来てくれるのは有り難いが、朝早くじゃなくその人達と一緒に来いよ。

 横井さんもお客には感謝しているんだろうから、あんま邪険にしなかったってのもあるんだろうけど。

 んじゃあ、と聞いてみる。

「昨日山郷農林に行ったんだけどさ…」

「山郷?俺と木村の名前を使ってお前を脅そうとした奴の学校?」

 頷いて話を進める。

「そこで松田って人と知り合ったんだよ。で、噂の出所って言うか、例の馬鹿共の友達から何かしらの情報を引っ張ってくれる事になったんだ。だけど、その馬鹿共の友達も馬鹿共らしくてさ、荒事になったら負けるっていうんだよ」

「喧嘩になったら俺とお前でやっちまおうって事か?」

「いやいや、そうした方が手っ取り早いような気もするけど、そうじゃねーよ。穏便に事を進めたいんだって。地元だから後々ウザい目に遭いたくないって事なんだろうけど、そこでお前と木村の名前を使わせて欲しいそうだ。西高と黒潮の頭と友達なら、簡単に揉められないだろ?」

「ふーん。お前がいいんならいいけど、お前ってそう言うの好きじゃねえんじゃねえの?」

 嫌いも嫌い、大っ嫌いだが、松田達の懸念も解るし、何より俺は松田達と友達になった訳だから、友達に危害を加えられたくない。

「だから俺としちゃ、西高、黒潮の後ろ盾って言うよりは、普通にお前と木村と友達になればいいって言ったんだ」

「まあ、お前のダチつうなら、俺は構わねえけど」

 あんま考えて無い体だが、一応は了承してくれた。半分以上俺の為な感じだが、それはそれで有り難い。

「じゃあ松田達が来た時に紹介してもいいんだな?」

「いいよ。向こうの方に知り合いはいないから、俺としてもいい話ではあるしな」

 それもその通りなんだろう。何が起こるか解らないから、コネクションは多い方がいい。俺の場合、殆ど単騎だったが。今は違うよ?友達が沢山いるからな!!

 此処でお待たせしましたとモーニング登場。

「来たぜ緒方、食おう。食い終ったら時間もいい頃合じゃねえ?」

 まあそうだな。冷めたら不味いし。

 なので戴きますしてたっぷりバターを塗ったトーストを齧る。

「最初からバターが塗られているのは珍しいな」

 バター塗りもサービスなのかもしれないが、このたっぷりがミソなんだろう。だから塗って来たと推測。

 実際濃厚で美味い。河内はベーコンエッグをパンに乗せて齧りついている。

「その食い方も美味そうだな」

「意外とベーコンエッグデカいから、パン一枚じゃ足りねえかな」

 確かにスクランブルの卵は一個よりも量が多い。多分俺と河内で三つ使ったのだろう。恐らくサービスだなコレ。

 軽食故に瞬く間に胃袋に収まり。食後よろしくコーヒーを啜る俺達。

「そういやこの喫茶店で、大洋の中学生達と吉田君達をセッティングするんだったな」

「えー?俺ツインテちゃんと顔合わせ難いな。ほら、彼女いるからさー」

「なんでお前も参加するつもりなのか解らんが、お前と顔を合わせたくないのは向こうも同じだと思うぞ」

 寧ろ中学生達の方がお前と顔を合わせたくないと思うが。色々やらかしたからな、お前。

 コーヒーを堪能し終えると、確かに頃合いの時間。なのでちゃんと御馳走になって学校に向かう。

 途中途中でお客らしい人達とすれ違う。結構な人が来るようだな。

「お前って占って貰うのか?一応お客扱いなんだけど?」

「別に興味はねえけど、千明さんが絶対に占えって言ったからな。なんかお茶とクッキーも食うようにだったか。あとおみくじとお守りと。ああ、お土産に入浴剤も買うよう言われたな」

 全部じゃねーかよ。横井さんも容赦ねーな。

「んで、お前の友達の黒潮の人達って何時頃来るの?」

「どうだろ?適当じゃねえ?流石に時間指定までは出来ねえし」

 まあそうだな。強制参加じゃあるまいし。

「だけど、必ず占いはしろっつっておいたから、お前のクラスの売り上げ貢献にはなるだろ」

「俺のクラスって言うより、横井さんに対しての貢献だろ」

 結果クラスの為になるのならいいけど。

 で、校内に入り、クラスを目指す。

 途中Aクラスで足が止まった。

「何かいいにおいがするが、ここは食いもん売ってんのか?」

「ああ、グローバル焼きそばだな。豚肉が喰えないイスラム教徒の為に羊肉を使って、オリーブオイルで炒めたんだ」

「それジンギスカン焼きそばじゃねえの?」

 全く以てその通りだと思う。いや、普通にうまいよ?肉がちょっと臭い感じだけど。

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