顔合わせ~005
一応決着の形となって一安心。喉がやたらと乾いている。まあ当然か。アレ見ちゃったからなぁ…
「麻美、波崎さんとお前のコップ持ってきて」
「うん。解った」
麻美も同じだったようで、素直に応じて取りに行く。
そして遥香に非難の目を向けた。
「お前、無茶させ過ぎだろ…」
「あはは~。早く紹介して貰いたかったからさ。ついでに波崎も、ってのが本音」
「ついでって…」
ついでにヒロも告白したらいいさ、って事かよ?そりゃいくらなんでもさあ…
「だって早く紹介して貰いたかったし、早く見て貰いたかったんだもん」
しゅんと項垂れる。別に怒っていないんだけど…そんなにおっかなかったのか?
「いや、怒っている訳じゃ無くて…」
「早く麻美さんに会いたかったし…早く私を見て貰いたかったのよ…」
麻美に?そういえば…麻美に敵意出していたよな?なんでだ?
「お前、麻美を敵視していたようだけど…なんで?」
初めて会った麻美に敵意を抱くとは訳が解らん。解らん事は素直に聞く。素直が売りの緒方だからこその質問だった。
「うん……ダーリンから聞いた事でさ、私、春日ちゃん、楠木さんで取り合いしたって」
超小っちゃい声での回答。誰にも聞こえないように。この話は春日さんにまだ言っていないし、波崎さんにも話していないから、内緒話的なアレで小声なんだろうけど。
「春日ちゃんが麻美さんに勝てないから離脱。楠木さんは隆君の死で怖くなって逃亡。だったよね?」
確認のように。俺も内緒話に乗るように、ただ頷いて応える。
「私の性格上、多分だけど、故人相手なら勝ち負けも無い、寧ろ生きている自分の勝利だと思うんだよね」
まあそうだな。遥香の性格云々じゃなく、俺も本当にそう思う。死者は生者には勝てない。それも理の一つ。
「だけど、春日ちゃんは刺殺する程好きだった隆君を諦めざるを得なかった。それ程麻美さんの存在が隆君の中で大きかった。それが辛いと」
頷く。確かにそんな事を言っていたし、勝てないから諦めて友達になって傍に居る。それを選択したと。
「じゃあまた私の性格なんだけど、一番になりたいのなら麻美さんを倒さなきゃ、って思うんじゃないかな、って…」
またまたしょんぼりする遥香。つか、敵意の理由がそれ?
俺は呆れて息を吐く。
「アレは俺が前に居た世界の話だし、今の世界は麻美は生きているし、彼女はお前だし」
今朝も似たような台詞を言った筈だが。不安なのは解らんでもないけども、ちょっとなあ……
「解っている。解っているけども…」
解っちゃいるんだろうけど、心が付いて行かないって言うか…
つか、こっちの遥香は俺の世界の事情とは関係ない筈なのに、何でそんなに拘るんだ?
「また言うけど安心しろ。俺はお前が好きなんだから」
そう言うしかねーじゃねーか。実際そうなんだけどさ。
「うん…ごめん……」
ホントしょぼんとする遥香。つか、しょぼんとし過ぎ。泣きそうになっているし。
「お待たせ波崎さん」
麻美がコップを持って帰ってきた。そして躊躇なくテーブルに向かう。
「波崎さんはどっち?私お茶にしよーっと」
言いながらコップにお茶を注ぐ。嬉しそうに。
「あ、じゃあ私もお茶を」
「おっけー。ついでにみんなのお代わりも入れてあげる」
波崎さんのコップにお茶を注いだ後に、ペットボトル二つ持って俺の部屋を駆け回る。言うほど駆けていないけども。
みんなの要望を訊き、コップに注いで回っただけだが。一応給仕になるのか。
そして最後に俺と遥香の元に来た。
ニコーっとして遥香に訊ねる麻美。
「槙原さんは?お茶でいいの?」
「うん。ありがとう麻美さん」
素直にコップにお茶を注いでもらう遥香。先程の敵意は薄れている。この分だったら問題無いか?
「しかし隆にこんな可愛い子がねえ…土下座したんだって?」
「あはは~。うん。土下座で迎えに来てくれたんだ」
「大沢も土下座して告白していたけど、あんな感じだったの?」
それは俺も聞きたい所だな…クラスメイトには意外と好印象だったが、ヒロのは引いたしな…
「う~ん…なんて言ったらいいか解らないけど、全然違ったよ。見た感じは大沢君のと同じだけど、迫力が、っていうか気持ちが、って言うか……」
一応繰り返しと出戻りの事は控えてくれたようで。土下座で迎えに行くの件は言わなかった。
「ふ~ん…でもクラスで結構騒ぎになったんじゃない?ギャラリーも大沢の比じゃないだろうし」
そりゃ、俺はクラスメイトがほぼ揃った状態での土下座。ヒロなんて5人程度、しかも全員友達だから、比較にもなんないだろ。
「なったよ。羨ましい、って女子は言ってくれたよ。公開告白だしね」
それを好印象と知ってパクる奴も今後出て来るんだろう。効果の程は定かじゃないが。実際此処にパクってヤバかった奴がいる事だし。
「じゃあ隆のどこが気に入ったの?」
もう好奇心全開である。遥香にぐいぐい接近しちゃっているし。遥香は余裕の表情で笑っているけど。
「全部」
言い切っちゃった彼女さん。俺も横で聞いているんだけど。恥ずかしいからちょっと抑えて!!
麻美さんは破顔して頷いた。何度も何度も。
「これから隆の事よろしくね!!」
美しい辞儀までかましてのお願い!!お前は俺をどんだけ心配してんだよ!!
「あはは~。うん。任せて」
大きな胸を張って、お願いに応えた彼女さんだった。
で、と切り替えて麻美に小声で尋ねる。
「ぶっちゃけダーリンの繰り返しや出戻りの事、信じているの?」
ひそひそ声だった。春日さんに聞こえないようにって配慮なんだろうけど、ちょっと大袈裟過ぎないか?見ようによっては内緒話している様だぞ?実際そうなのか。
「う~ん…信じられる所はあるにはあるんだけど…無い所もあって…でも、大まかだけど信じているよ」
あんま信じていないんじゃねーのか?いや、信じてくれるんなら有り難いんだけどさ。
そっか、と頷きスマホを出す。そしてみんなに通るように声を出した。
「麻美さん、連絡先交換しようよ?いいでしょ?」
わざわざその為に声を張ったか。麻美は普通に頷いて了承した。
「うん。いいよ。つか、みんなとも交換したい!!」
はしゃぎながら皆さんの所に回る麻美さんだった。ちゃんと遥香とも交換しているし。
「なんつーか…一安心だな…」
何故か解らないけども安心した。心底安心した。なんか不安だったから。
なんで不安に感じたのかさっぱり解らないけど。いや、遥香の敵視があったからか。多分そうだな。
まあ取り敢えず、ヒロに祝福しに行くか。
俺は波崎さんの隣から離れないヒロの元に行く。
「おうヒロ、取り敢えずだが良かったな」
取り敢えずとは仮契約みたいなもんだからだ。俺の世界ではそんな契約していなかった筈だが、やっぱズレがあるんだな。全部同じって事はねーよな。因果律が違っているから。
「おう。油断が全くできない状態だが、取り敢えずは良かったな…」
超緊張の面持ちだった。俺の世界で、浮気が原因で別れたと言ったからか、慎重になるのも頷ける。
それ程波崎さんを手放したくはないと言う事だろう。ヒロには正直勿体ないと思う程可愛いし。
「緒方君、大沢君とのゴタゴタで挨拶が遅れちゃったけど、波崎優。遥香共々宜しくね」
深々と頭を下げる。ほら、礼儀を知っているいい子だ。ヒロには勿体ないだろ。
「俺も一応自己紹介。緒方隆。このアホ共々宜しくお願いします」
礼には礼を返すのが礼儀。俺も深々と辞儀をする。
「誰がアホだ」
「お前だ」
「君でしょ?」
俺の突っ込みは兎も角、波崎さんからの突っ込みは予想外だったようで、ショックで項垂れるヒロ。だってアホだもん。二匹目のどじょう作戦とかさ。
「隆のは高評価だったのに……槙原だって喜んでいたのに……」
だから真似したってのが丸解りだからだろうが。どうしようもねーな。
「さっきも言ったけど、二番煎じだからだってば。しかも私の顔、あんま見ていなかったし。そうなると思い当たる事があるし」
「な、なんだ?」
俺もヒロも身を乗り出す。思い当る事、これが結構重大な気がしたのだ。
「ぶっちゃけ女なら誰でもいいや、って思われても仕方なくない?」
……そりゃそうだ。顔も碌に見ないで、話もしないでの告白。そう思われても仕方がない。
つー事は、俺の事もそんな目で見ている…のか?女なら誰でもいいと?遥香じゃなくてもいいと?
真っ青な顔をしていたんだろう。波崎さんは笑いながら安心して、と言う。
「緒方君の場合、なんか違うような気がするんだよね。前から遥香を知っていたような…」
波崎さんは少しだが霊感がある。前回麻美が憑いていた事を知っていたし。その関係で勘も鋭いのだろう。
「まあ、そんな感じだ。約束だったしな」
「約束って?」
「遥香に土下座して迎えに行くって約束したんだよ」
「どんな王子様それ!?」
仰け反る波崎さん。遥香の突っ込みと同じだったのが面白い。多分それが女子の共通の感想なんだろう。
「ま、まあまあ…それに遥香の方も狙っていたからね。中学時代、片思いの君の事をどれだけ聞かされたか…」
肩を竦めて首を振る。うんざりだったみたいな感じで。
「ほう…どんな話を聞いた?」
「怖くて、悲しくて、寂しそうで、でも優しそうで…とか、細かい所は、あの拳にどれだけの覚悟が詰まっているのか、とか、幼馴染の女子ちょっとムカつく、とか」
麻美に向けた敵意は繰り返しの事だけじゃねーのか。
まあ…中学の時は麻美しか話す女子がいなかったからな…
そのまま暫し談笑。つっても麻美と遥香が主に騒いでいたが。
(仮)だとは言え、本日目出度くカップルとなったヒロと波崎さんも、ぎこちなく話している。まあ、そんなもんだろう。
春日さんは国枝君が話すのに相槌を打っているだけ。こっちも今はそんなもんか。
と、誰かの着信音が鳴る。
「はいはい~」
出たのは遥香。遥香のスマホか。
「終わった?解った。じゃあ迎えに出すから待ってて~」
電話を終えて国枝君を見る遥香。
「国枝君、くろっきーを迎えに行ってくれる?」
黒木さんの部活が終わったのか。だけど国枝君に迎えを頼むのはちょっと違うだろ。此処は俺ん家。だったら俺が迎えに行くのが筋じゃねーのか。
そう思って腰を浮かす。
「あ、国枝君一人じゃ寂しいだろうから、春日ちゃん、一緒にお願いしてもいい?」
浮かせた腰を下ろす。
成程、親密度をもっと上げるのか。流石遥香。なかなか考えていらっしゃる。
国枝君の方もピンと来た様で、春日さんの方をやや遠慮がちに見て聞いた。
「春日さん、申し訳ないけど、お願いできるかな?」
ちょっと迷った春日さんだが、コックリ頷いた。
「じゃ…ちょっと行ってくるよ。場所は何処かな?」
「うん。十字路で待っているってさ」
やっぱり駅に向かう十字路か。あそこが一番解り易いからな。
「……ついでに何か買ってくる?」
春日さんの有り難い申し出。お茶もコーラも乏しくなったから、尚更有り難い
んじゃ…とみんなを見る。誰も発しない。遠慮してんのか?気を遣っているのか?
ならば俺が代表でお願いしよう。
「じゃあお茶、それと適当にジュースをお願い」
そう言ってお金を渡すが、春日さんはそれを拒んだ。
「……さっきのお菓子とかお茶…私だけお金出していないから…今回は出させて?」
そうだったのか?てっきりヒロだけ出してないと思ったよ。
まあいいや、んじゃお言葉に甘えよう。俺は遠慮なくお金を財布に仕舞う。みんなの目が点になったが、気にしてはいけない。
ともあれ、国枝君と春日さんは、仲良くお迎えとお使いに出て行った。
同時にみんなが俺を見た。
「お前…春日ちゃんに金出させるなんて…」
全くお金を出していないヒロが慄いて発した。お前も金出せよなぁ。
「た、隆君、春日ちゃんには一応気を遣って…ほら、みんなと仲良くなって貰う為に、こっちから呼んだんだから…」
遥香の言いたい事も解るけど、だ。
「お前等は友達が御馳走するっつってんのに断るのかよ?お前等は友達にそんなつまらない気を遣うのか?」
春日さんはみんなと対等にいたいんだ。みんなと同じ目線でいたいんだ。
特別ゲスト扱いは逆に失礼だろうが?前向きに頑張ろうとしている人に向かってさ。
「……あ~…遥香って、ホント良い人見付けたよね~…」
波崎さんが頭に腕を回して仰け反って言った。羨ましそうに。俺が言いたい事を理解してくれたようだ。
「隆の癖に良い事言った。自分が友達居ないから、余計にそう思うんだとしても」
「後半要らねーだろ!!ガチで酷いなお前は!!」
戻ってから心が砕かれ過ぎだった。繰り返し最中の麻美はもっと……酷い事ばっか言っていたな…うん…
「いやいやいやいや!!流石私のダーリン!!本当にカッコ良すぎ!!」
感極まって抱き付いてきたー!!おっぱいが俺の身体に密着だー!!
ま、まあ、此処は照れ隠しで誤魔化そうか。素じゃ流石にハズいからな。
「そうだろうそうだろう。お前ホントにラッキーだぞ。俺と付き合っているなんて、こんな優良物件他にない」
「うん!!本当にそう思うよ!!ねえ、キスしよっか?」
照れ隠しの冗談がデッカイ爆弾になって戻って来たー!!超密着状態、キスなんて楽勝でできる位置で!!
「待て待て待て待て!!みんな見てる!!興味津々でみんな見ているから!!」
強引に腕を突っ張って難(?)を逃れた。あのままだったらヤバかった。遥香の目、マジなんだもん。
「すれば良かったのに」
「お前がスマホを俺に向けていなきゃ考えていたけどなっ!!」
こいつ絶対キスの瞬間、写メ撮ろうとしてやがったよな?ヒロの土下座告白だけじゃ足りないってのか!?
「お、俺もそう思っていたけどな。ダチなんだから気ぃ遣うなよ、って」
「お前は一緒に買い物に行ったっつうのに財布出す素振りすら見せなかったよな!?」
その前に、お使いのお金出させた事に驚いていたじゃねーか。波崎さんもちゃんと聞いていたぞ。証拠に、お前に軽蔑の眼差しを向けているし。
墓穴掘りまくりのヒロは置いといて、だ。
「波崎さんはバイトとかしないの?」
先走った感があるが聞いてみる。あのファミレスは俺の拠点の一つとも言えるからだ。
「うん。昨日面接に行ったんだ。西白浜駅の所のファミレス」
西白浜駅って言うのは、俺の最寄駅から五つ先の駅の事だ。西高御用達の喫茶店やら、図書館やら、大型書店やら、天むすしか注文した事がないお好み焼き屋やらが、この駅周辺にある。
昔は白浜駅の方が栄えていたらしいが、今じゃ逆転されて西白浜駅の方が栄えている。どうでもいいプチ情報だが、念の為。
「へえ?受かると良いね」
一応すっとぼけて激励してみる。遥香とヒロの強引なポーカーフェイスが実に面白い。
「うん。そこのファミレスって制服が可愛いんだよね。受かったら緒方君、食べに来てよ?」
「隆だけ誘うのか……」
「え?大沢君は緒方君が行けば来るんでしょ?」
「隆が行かなくても、俺一人でも行くんだけど…」
可哀想な程項垂れちゃったヒロ。あんま追い込まないでくれ。一応(仮)とはいえ彼氏なんだしさ。
「ま、まあまあ。受かったらみんなで食べに行くよ。いいだろ遥香?」
いきなり振られてもキョドる事も無く。
「うん。多分波崎のオゴリだしね」
「お給料貰う前から!?」
「しかも大人数だし。ねえ麻美さん?」
こちらもいきなり振られてもキョドる事は無く。
「うん。大沢もお金出してくれるよ。きっと」
「俺は……うん…波崎だけに負担させる訳にはいかねえし…」
「「冗談に決まってるでしょ!!」」
ヒロのアホな発言に同時に突っ込んだ彼女さんと幼馴染さんだった。何でたかると思うんだよ!?
「いやホント、隆の残念頭を弄っている場合じゃないよ大沢…」
ジト目の麻美。俺もそう思う。切実に。いや、その前に。
「つか、中間って5月末だっけ?」
全員頷く。俺は確かに末期だったが、最後の繰り返しの時はクラス中間をキープしていたが…
「そういやお前、まじめに授業受けいたな?先生の言っている事が解ってんのか?」
からかってくるヒロに対して真顔で頷く。そう言えば理解はしていたな。流石に残念頭まで戻ってはいなかったか。
積み重ねは無駄じゃ無かったって事だな。ちょっと安心した。
だが、からかったヒロが青くなったのは見逃さない。こいつ、塾辞めてから成績が下降しまくりだったが…
「まさか、お前…」
震える指でヒロに指を差す。
「……中間まで二か月近くある!!」
「やっぱそうなのかよ!!」
びょーんと飛んで突っ込んだ。こいつ、赤点がどんなもんか理解してないのか?
老婆心ながら忠告してみる。
「中間の赤は期末で取り返す事ができるけど、期末の赤は追試通らなきゃ補習なんだぞ?夏休みパーになるぞ?」
「赤取らなきゃいい話だろ」
そりゃそうだが、お前二年の期末に赤取って、追試も赤で、夏休みに補習受けていたんだけど…
それから少し経った頃、また呼び鈴が鳴る。
多分国枝君達だろう。俺はお出迎えをする為に立ち上がった。
「ああ、いいよ。私が行くからさ」
何故か遥香が立ち上がって出迎えを買って出た。
「いや、俺ん家だから俺が出るよ。遥香はお客さんだから寛いでよ」
「いやいや。彼女ですから。愛するダーリンのお手を煩わせる訳にはいかないでしょ?」
「いやいやいや。いくら彼女だっつっても出迎えさせる訳にはいかないだろ。此処は俺ん家。俺が動かないでどうするよ?」
「いやいやいやいや。私は彼女ですよ?お嫁さん候補ですよ?今から練習しておかなきゃだし」
「お嫁さん候補って…随分ぶっ飛んだが…いやいやいやいやいや。それは兎も角だな」
「え?好きなら将来そうなるでしょ?それとも遊びなの?いやいやいやいやいやいや。それはちょっと聞き捨てならない」
「「「いいからさっさと出ろ!!!」」」
ヒロと麻美と波崎さんの三人同時突っ込みによって、不毛な会話が終わりを告げた。
なので仲良くお出迎えする事になった。
十数歩程度の移動なのに、やけに疲れていたが、気にする事は無い。
俺達よりも、ヒロと麻美と波崎さんの方が疲れた表情をしていたのだから。
玄関を開けたら、来客はやはり国枝君達だった。
「遅かったね?何かあったのかい?」
買い物袋を俺に預けながら訊ねる。
「いや、何もないよ。黒木さん、いらっしゃい」
「うん。お邪魔するね緒方君」
そう言って鼻歌を歌いながら入って行く。国枝君と春日さんを置いて。
「あはは~。くろっきーもなかなかだね」
「お前程じゃないと思うが…」
切実にそう思った。俺ん家に早朝に来て、部屋に入ってコーヒー飲んでいたとか、朝飯の準備していたとかな。
「それはそうと、ありがとう春日さん」
春日さんはフルフルと首を振る。
「……こういうのも楽しいから…遠慮しないで…」
「春日さんだけじゃないよ。黒木さんも差し入れしてくれたんだよ」
マジで?お礼言いそびれちゃったな…
しかし、これで益々お金を出していないのはヒロだけになってしまった。この事実を波崎さんに伝えたらどうなるのだろうか?
兎も角上がって貰い、俺は黒木さんのコップを取りに台所に向かった。
「へー!これが隆君の家のキッチンかー!」
着いてきちゃった彼女さん。俺ん家の台所に興味津々である。
「別に珍しい物は無いだろ?」
「いやいや。流石に物色は出来ないけど、したら大体解るから興味深いよ」
とんでもないと首を振って言った。物色する隙を狙っていたのか?しないって今言ったか。
「何が解るって言うんだ?」
「隆君の好きなおかずとか。調味料を見れば、どれが減っているか解るでしょ?」
その弁を辿れば、調味料を見れば、ある程度俺の好みが解ると言う事になるが…
面白い。是非名推理を見せて貰おうか。
俺は調味料棚についっと手を向ける。
「調味料は此処。マヨネーズとかソースとかは冷蔵庫だ」
「ああ、大体解っちゃった」
なんですと!?まだ調味料を見ていないのに!?
訝しげな俺に、遥香は大した事じゃないと笑いながらネタばらしをする。
「マヨネーズ、ソースって口に出したよね?サラダだったらドレッシングもあるのに、揚げ物だったらタルタルソースもあるのにさ?」
「だからなんだ?」
「いつも使っているのがマヨネーズとソースでしょ、ってこと。サラダだったらマヨネーズで、揚げ物だったらソース。で、ソースを使う揚げ物はアジフライとか、とんかつとか」
マジかこいつ!?俺は本当に驚愕して遥香を見る。
「その様子だと当たっちゃった?」
「当たっちゃったが、まだだ!!アジフライかとんかつ、どっちだ!?」
「どっちも美味しいからいいでしょ?私ならとんかつの方が好きだけどさ」
「そりゃ俺だってそうだよ」
「あ、とんかつ好きなんだ」
自白させられただと!?なんてこった!!
四つん這いになって項垂れる。全く優位に立てる気がしない!!
「あはは~。隆君には浮気は無理だね。直ぐにバレちゃう」
「お前相手に出し抜こうとか思ってねーけど、浮気なんかするか。俺はお前が好きなんだから」
「あはは~。うん。信じるよ。例え嘘だって解っても信じるよ。ダーリンが違うって言うのならね」
……仮に浮気なんかした日にゃ、俺は精神的に殺される!!
出戻ってからの死因が自殺になっちゃう!!いや、自殺はしないけども。仮にも高等霊候補だったし。つか、浮気もしないけどな!!
ともあれ、みんなが待っているであろう自室に戻る。
黒木さんは既に麻美とキャッキャと楽しそうにお話し中だ。この人も順応性あるなあ。
そんな黒木さんにコップを渡してお礼を言う。
「黒木さんも差し入れしてくれたんだってな。ありがとう」
「いやいや、私も食べたかったし、いいんだよ」
慌てて手をパタパタをと振る。袋の中にはポテチとカラムーチョが入っていたな。じゃああれが黒木さんの差し入れか。
カラムーチョのチョイスが意外だったが有り難い。
そんな黒木さんの手を遥香が取る。
「麻美さん、彼女が親友の黒木綾子さん。波崎共々よろしくね」
親友って、いつなったんだよ?つか、黒木さんもビックリしているけど。
「うん。綾子ちゃんね。よろしく」
「さっき挨拶したばっかなのに…」
そうだろうな。挨拶抜きでキャッキャは出来んだろうな。
「しかし、隆にこんなに友達が出来るとは…中学の時からしたら、想像も出来ないよ」
感慨深い麻美さん。俺だってそう思うわ。つっても殆ど最後の繰り返しの時に築き上げた人脈だけど。
「緒方君の中学時代ってどんなの?」
興味津々に訊ねてくる黒木さん。よく見たら春日さんも聞き耳を立てていた。そんなに興味深いのかよ?
「中一の頃は虐められていたよ。自殺するレベルで。んでボクシング始めてから、怖がられるようになったんだよね。報復が酷すぎてさ」
頷く黒木さんと国枝君。
「噂には聞いた事あるよ。年上だろうと、どんな大人数だろうと関係なく喧嘩するって」
まあその通りだ。ぶち砕いた糞がたまたま年上だっただけ。それが結果だ。
「あの頃の隆は見ただけでぶん殴っていたからな。あの手の連中を」
「そうそう。大沢と私が止めなきゃ、絶対に人殺していたよ」
まあその通りだ。こっちの緒方君が俺と同じならそうだろう。
「負けた事無かったの?」
遥香が俺に振る。なので正直に答えた。
「何を以て負けとするかだが…例えば大人数相手なら、そりゃ負けるよ。だけど」
「その後一人一人捜して報復するからな。最低病院送りで」
ヒロが被せてくる。これもその通り。つか、こっちの緒方君は殺す気だったんだろうけど。ヒロが止めただけで。
「じゃあ一対一なら?」
「ヒロにスパーで負け越している」
ほほ~と波崎さん。見直したように。
対するヒロは真顔を貫いている。大した事じゃないアピールで。
ガラガラと玄関を開ける音。同時に「えええええええ!?」と驚いた声。
「おばさん帰って来たみたいだよ」
解るけど。「えええええええ!?」の意味も解るけど。
「玄関に靴がいっぱいある!!!」
二階にまで聞こえて来たぞ。そこに驚いたのには簡単に解ったけどさ。
やれやれと一階に降りる俺。何故か遥香も着いて来た。
「おう。お帰り」
「おかえりって…こんなに沢山の靴……そちらのお嬢さんは?」
俺が紹介する前にぺこりをお辞儀して自ら名乗った。
「初めまして。槙原遥香といいます。隆君とお付き合いさせて戴いています」
目を剥いて仰け反るお袋。背景に雷光のエフェクトが走ったのが見えた。
「た、たたたたたたたたたたたた隆にこんな可愛くて賢そうなお嬢さんが!!?」
驚きすぎだろ。確かに遥香は可愛くて賢いけども。
「まあ、そんな訳だ」
「隆!!なんて言って騙したの!?」
「驚いて信じられない気持ちは察するが、酷いだろそれは!!!」
自分の息子をなんだと思ってやがるんだ!!中学時代の事があるから気持ちは解らんでもないけれど!!
とたた、と麻美も降りてくる。
「おばさん。隆の友達もいっぱい来たよ!」
「この靴はやっぱりお友達の靴!?」
それ以外に何があると言うのだ。逆にそれ以外の理由を聞きたいわ。
「ど、どうしよう麻美ちゃん!!晩御飯すき焼きにした方がいいかな!?」
「何故俺の友達がいっぱい来たらすき焼きになるんだ……」
色々意味不明で付いて行けない。お袋の方も付いて行けないんだろうが。
「だって晩御飯御馳走しなきゃならないでしょ!!アンタの友達になってくれた奇特な人達を持て成さなきゃ!!」
「なんで俺の親は俺におかしな厳しさを発揮するんだ!!」
親父といい、お袋といい…俺を精神的に追い込もうとしているとしか思えない!!
遥香がこそっと耳打ちをする。
「あはは~。相当嬉しいみたいだね、おばさん」
嬉しいのか動揺しているのか解らん。どっちもなんだろうけど。
「まあそれは良いからさ、取り敢えず二階に来てよ。みんなを紹介したいからさ」
「紹介…そ、そう…そうね…隆の母ですと丁寧にお辞儀しなくちゃ…」
なんでそうなるんだ?普通には母親だって言えばいいだろうが?
兎も角、ある種の疲労を感じつつも、俺達は二階に上がって行った。
ともあれ二階に上がったお袋は、俺の友達を見て涙ぐんでいた。
そんで全員に晩飯食って行けと。
流石に断ったのは初めて訪ねた女子三人。勿論遥香は除く。
だが、ヒロや国枝君が素直に応じ、麻美も誘った事から、最終的には頷いた。
そして親父に電話をしてあれこれそうよと。親父は今日残業予定だったが、すっ飛ばして帰って来るらしい。
そして公言通りのすき焼きだった訳だが…
「ほんんんんんとうに隆と付き合っているのかい!?」
俺の隣に座った遥香にその質問ばっか!!
「だからおじさん。そう言っているじゃん」
麻美さんはすき焼きを頬張りながら、やや呆れて言う。
「だけど麻美ちゃん、こんな可愛らしいお嬢さんが…」
「本当ですって。隆君の事、好きですし」
遥香もその受け答えを何回繰り返すんだ?俺が記憶しているだけで、もう8回目だぞ?
「それでヒロ君にも彼女が出来たと?」
お袋はヒロと波崎さんを興味深げに交互に見ているしさ。結構失礼だろ。
「マジだっておばさん。つっても仮だけどさ」
「一応彼女になりました。ははは」
このやり取りも、俺が記憶しているだけで6回はやっているぞ。
「じゃあ黒木さんは?」
いきなりお袋に振られてやや言葉に詰まるも、ちゃんと答える。
「私は好きな人がいますから。まだ片思いですが」
その片思いの相手の顔も知らないんだよな。つーか、片思いって断言しちゃうのか…
「そうなの?でも、黒木さんも可愛いから大丈夫だと思うけどな。おばさんは」
まあ、同感ではある。多分余程の事がない限り、付き合う事にはなると思う。
「そうなると、国枝君と春日さん……?」
肉を噴きそうになる国枝君と春日さん。ビックリだろうな。弄られそうになるとは思っても居なかっただろうし。
つか、マジで此の儘付き合いそうではあるが、春日さんが躊躇しちゃうんだろう。中学の時の傷が原因で。
「ほんんんんんんんんんんんとうに隆と付き合っているのかい!?」
「まだ言ってんのかオッサン!!本当だって何回も言ってんだろ!!」
これ以上は遥香に申し訳ない。同じ質問を何回もとか……
「だけどお前、こんな可愛らしいお嬢さんが…」
「それも何回も言っているぞ!!いいじゃねーかよ可愛らしいんだったらよー!!」
イラついてご飯をかっ込む。そして茶碗が空になる。
「あ、隆君お代わりは?」
「あ、んじゃ軽めで」
何の躊躇も無く遥香に茶碗を預けた。親父とお袋マジ仰天。
「本当だった!!」
「隆が他所様のお嬢さんのご飯を装われるなんて!!」
「本当にいい加減にしろよ!!」
なんで身内に此処まで追い込まれなきゃいけないんだ?彼女出来たんだから、寧ろ喜んでくれよ!!
「あはは~。漸くご両親公認みたいな?」
ニコニコしてお代わりを俺に渡す。こいつ等の公認とか別に必要ないだろと言いたい。
兎も角、これ以上弄られちゃ堪らん。なので俺は速やかにご飯をかっ込む。早々に部屋に引き上げる為だ。
それはヒロと国枝君も同じだったようで。
これ以上弄られちゃ堪らんと言う事で、早々に茶碗を空にした。
「「「ごちそうさま!!」」」
三人同時の御馳走様宣言。これで弄られ回避になる筈。
と、思ったが違った。女子達はまだ食べている最中だったからだ。
流石に勝手に食ってろとは言えず、食べ終わるまで待つ事になる訳で。
そうなると結局弄られる訳で。
結果全員が食べ終わる頃には、俺達男子は精神的疲労で部屋でぐったりになっていた。
「……隆のおばさん、喜んでたなあ…俺が彼女出来た事に…」
「……春日さんと付き合っちゃえばって何回も言われたよ……」
ヒロと国枝君の言う通りだった、と言う事は、波崎さんも春日さんもそう言われた訳で。
「確かに。私と大沢君の事、ホントに喜んでくれていたね。いい母さんだね緒方君」
「……恥ずかしかったけど…ご飯に呼ばれされた事…本当に嬉しかったな…」
なんか知らんが俺のお袋の評価が高いな…
波崎さんも春日さんも別に不快に思っていないし…俺が気にし過ぎか?
「あはは~。うん。本当にいいご両親。いずれ私の義理の両親になるだけはあるわ」
「お前は本当にぶっ飛ぶんだなあ…」
付き合い始めて日が浅すぎだってのにそこまで考えるのか?いつもの冗談だと思いたいが、そうなったらそうなったで嬉しい限りだ。
「それだけ隆の事が好きだって事だよ」
にこーっと笑う麻美さん。そして徐に立ち上がる。
「さて帰ろうかな。みんな、今日はお友達になってくれてありがとね」
帰る?もうそんな時間か?
「あ、ホント。晩御飯戴いたとしても、ちょっと遅い時間になっちゃったな。私も帰るよ。麻美さん、途中まで一緒に帰ろ」
黒木さんも立ち上がる。倣ったのか、春日さんと国枝君もだ。
「じゃあ僕もそろそろ。緒方君、今日は晩御飯有り難う」
「……私も…久しぶりの温かいご飯…美味しかったよ…」
俺は頷いて返した。喜んでくれたなら良かった。
「じゃあ私も帰ろうかな。大沢君は?」
「途中まで送ってやるよ。じゃあな隆」
波崎さんとヒロも帰ると言う。だったら…
「あ、私は今日お泊りしようかな、と」
「「「駄目に決まってんだろ!!」」」
遥香の爆弾発言に、俺とヒロと波崎さんが同時突っ込み。遥香はなんで?ってな表情だった。
「私も帰るんだから、アンタも帰るの!」
「ええ~……しょうがないか…」」
超不満顔なれど、渋々立ち上がる遥香。
「じゃあねダーリン。この次は二人っきりでね?」
貞操の危機を感じる……以前も思ったが、普通は逆だろ。
「俺が途中まで波崎と槙原送って行くから、お前はいいよ。飯の礼だ」
労いで送りの労を減らしてくれるのか。飯を振る舞ったのはお袋なんだが。
「じゃあね隆。明日も早いんでしょ?ちゃんと寝なよ~」
手をフリフリして退場の麻美さん。その後にみんなが続く。
一応玄関までは見送って部屋に戻る俺。そしてベッドに寝転がる。
「……これからどうなるんだろうな…」
漠然とした不安に駆られた。先が解らない状態だ。ある程度は予想できるけど。
…今から不安に思っていても仕方がない。今回、最初から大勢の味方がいる。どうにでもなる。俺一人じゃ解らない事でも、みんなが居るから相談もできる。
そう思いながら、目を閉じた。そして、何となく寝苦しく感じながらも、俺の意識は遠くなる…
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