第58話 日本人

 

 友達の自宅へお呼ばれ。

 これは一見何でもないこと、世間一般であればそれがどうしたのと聞き返されるくらいありふれたイベントだが、わたしは胸の鼓動をバクバクと打ち鳴らしていた。


 同い年の友達ってなにそれ、食べられるの? くらいの認識で生きてきたわたしにとっては青天の霹靂へきれき


 これほど嬉しく、また良好な人間関係を謳歌できる日がくるとは予想だにしていなかった。

 エスコートのクロエと、やれマラソンどうしよう、ドラゴンって強いのかな等とおしゃべりしていると、なんというか慎ましやかな一軒家についた。


「ここ?」

「うん、お母さーん! ただいまー!」


 クロエが大声で呼んでしばらく......。

 ドタバタと騒がしい音が近づいてきたかと思うと、家の扉がバンと勢いよく開けられた。


「もーっ遅かったじゃないクロエ! こないだも急に飛び出しちゃって心配したんだからー!」

「任務だったんだからしょうがないじゃん! それと、友達連れてきたよ」


 クロエ母がこちらを見る。

 黒髪が似合う端麗な容姿だ。


「やだ可愛い! この子が同じ部隊の?」

「うん。ティナ、この人がわたしのお母さんだよ」


 見ている限り、血は争えないようだ。

 どこかマイペースなクロエ母は、外ではなんだと家へ招き入れてくれた。


「さっ、どうぞ。狭い家だけど」

「お邪魔しまーす」


 家具は木製のものが殆どで、居間に敷き詰められた畳からはゆったりとした情緒性を感じさせる。

 この国では珍しい内装だ。


「お母さん相変わらず家はいじらないんだね、もう家具も結構古くない?」

「あら? これもわびさびがあって良いと思うわよ、クロエもそのうち分かるようになるわ」


 両親子はお茶を入れ、ササッと手慣れた様子で人数分の座布団を敷いた。何故だろう、クロエがしっかり者に見える。

 慣れないおもてなしに若干緊張するが、とりあえず正座で座った。


 フィアレス親子はその正面に着く。

 背筋の伸びた、実に美しい所作だ。


「えっと......はじめまして、ティナ・クロムウェルです。クロエさんにはいつも助けていただいてます」

「いえいえ、こちらこそいつもクロエがお世話になってます」


 とりあえず自己紹介。

 しかし、この後クロエ母から出た言葉に、わたしは目を白黒させることとなる。


「どうもはじめまして、わたしは涼月すずつき 愛凛桜ありさといいます。遠い遠い極東の地、【日本】という国の人間です」

「――――ニホン?」


 幼気な片言で無自覚にオウム返ししてしまった。

 アラル村派遣の時点でクロエがハーフだと理解していたが、聞いたことのない国名や名前、しかも性が最初に来ているとなると尚更こんがらがってしまう。


 アリサさんがそこから来た人ということは、クロエは日本人とストラトスフィア人の間に生まれた子という事になるのだろうか。


「ごめんなさいね急に、でも同じ部隊の人には一応言っておかなきゃと思って。ハーフとかで制約があると困るし」

「この国はそこまで純血至上では無いと上官から聞いていますので、ハーフくらいなら大丈夫ですよ」

「そうなの!? 良かった~」


 手を撫で下ろし、フウッとアリサさんは安堵した。

 王都に来たばかりのころ、フォルティシア中佐が言ってた黒髪黒目の民族って、日本人のことだったんだと心中で納得。


 でも、なんで中佐はあんな深刻そうな顔してたんだろう......。

 そんな考えを流すようにお茶をすすった瞬間だった。


「ところでティナちゃん、一つ提案なんだけど......」


 アリサさんがニコリと微笑んだ。


「お風呂入っていかない?」


 飲んでいたお茶を、わたしは盛大に噴き出した。

 今日はこんなのばっかりだ。


「いやっ、変な意味じゃなくてね、今日暑いし汗かいてるだろうなーって。女の子なんだから身だしなみは綺麗にしないと」

「行ってきなよティナ、ウチのお風呂は格別に気持ちいいからさ」


 クロエの後押しもあり、わたしはお言葉に甘えさせてもらうことにした。

 アリサさんに案内してもらい、主に木製の通路の先にそれはあった。


 上品な木の香りがお風呂場全体を包み、窓からは陽がいっぱいに降り注ぐ。湯舟は見たことの無い木材で出来ており、そこに透明なお湯がたっぷりと溜まっている。


「我が家自慢の檜風呂ひのきぶろへようこそ! 維持だって大変なんだからー」

「こっ、こんなすごいお風呂初めてです! ありがとうございま......す?」


 ふとアリサさんを見ると、彼女も入る気満々なのか服を脱ぎ始めていた。


「あっ、アリサさん!? これはどういう......!?」


 突然すぎてあわあわと声が詰まる。


「裸の付き合いというのがあってね、お互いに隠し事無しで腹を割って話すの。ティナちゃんに聞きたいお話しもいっぱいあるしね!」


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