第6話

 採取しつつ、少年の姿を求めて西に歩く。目的地に近づいた。

 この付近の木は、おいしい果実が実っている。菓子類を作る際には、必ずと言っていいほどに採取に来ている。

 同じ実は別の場所にも豊富に実っているから、この場所で採る人はそういない。木々には、ほどよく熟した実が多くある。

 採取しつつ歩みを進めていたら、視線の先に目的の姿を見つけた。

 木に背中を預けて座って、豪快に果実にかぶりついている。周囲には、採取した果実が数個転がっている。

 ゆっくり近づいたうちに気づいたのか、顔が向けられた。

「おー、きのうぶり」

 自分が島でウワサになっているだなんて知らないかのような、はずんだ声。知らない地で1人で心細かったのではと考えたのが杞憂だったのかとよぎるほど、表情は明るい。

「お久しぶりです」

 きのうぶりなのに『お久しぶり』と返すのが妥当かわからなかったけど。しっくりくる挨拶が他に見つけられなかったから、仕方ない。

「教えてくれて、ありがと。すげーうまい」

 よかった。あの言葉だけでも、少しは少年を助けられていたみたい。

「島の人と会ったのですか?」

 安心と同時に気になるのは、そこ。

 会わないように伝えたはず。信じてくれなくて、少年は誰かと接触したの?

「いや、君以外とは会ってないよ」

 よぎった可能性を否定する言葉だった。

「もらった忠告を無視する男に見えた?」

 うちの言葉をそう解釈したのか、少年はおどけながらも少しさみしさをのぞかせた。不誠実そうと思ったわけではなかったんだけど。

 少年が島の人と会っていないなら、目撃証言は。

「複数でこの島に来たのですか?」

 少年の仲間だったの?

 質問したら、少年は果実を片手に視線をよそに向けた。

「んー……1人、だったように思えるんだよな」

 記憶を必死に呼び起こそうとしているのか、眉間に深いシワが寄せられている。細められた目は真剣で、虚偽には見えなかった。

 1人でこの島に来たと思われる少年。島の人と接触していない少年。島の人の目撃証言。

「どうしてそんなこと、聞くの?」

 記憶をたどるのを諦めたのか、明るさを戻した少年の瞳がうちに移る。

「島の人が『よその人を目撃した』と話していました」

 少年の眉がピクリと動いた。言いたいことがわかったみたい。

「……オレ?」

 果実の蜜で光る指先を自身に向けて、少年はおどけたようにうちに聞いた。

「そうだと推測しています」

 無関係の人が同時期に島に迷い込むとは思えない。

 少年が無自覚で、島の人に目撃されたと考えるのが自然だよね。

「そっか。……怒ってる?」

「いえ。お気をつけてとは思っています」

 この島は、よそ者にいい感情を持っていない。

 力を持たないから暴力とかはしてこないだろうけど、少年を心配に思う心は生まれてしまう。

「記憶などに進展はありましたか?」

「見て回ればなにかひっかかるかなと思って、あれから歩いたんだ。ちりちりする感覚はあってさ。ハッキリとは全然、戻らなくて」

 歩いている際に島の人に見つかったのかな。記憶を探ろうと必死だったから、周囲の気配に気づけなかったのかも。

「探索の際は、上着を脱がれたらどうですか? 発見されにくいかもしれません」

 少年が着る赤い上着は、自然では浮きそう。上着の下に見える黒に近い服のほうが、まだなじむ。目立つ赤のせいで目撃されちゃったのかも。冷える気候ではないし、上着なしでも寒くはないよね。

 そこまで考えていなかったのか、少年は自身の上着に視線をおとした。

「休まれましたか?」

「そこらで野宿したよ。念のために、人が来なさそうな場所を選んだ。安心して」

 『島の人と交流しないように』を、とことん守ろうとしてくれたんだ。初対面なのに、律儀な人だな。

 でもやっぱり野宿をさせてしまったんだ。すごしやすい気候とはいえ、なれない地での野宿は精神に負担があったんじゃないかな。

 きょうも少年は記憶を探って、野宿をするんだ。島を出る船もないこの場所。それ以外に道はないから。

 どうにか少年の心に安心を届けたい。記憶が欠けた今でも、仮の安心を感じられるようにしてほしい。

 そのためにできるのは。

「これから、お時間はありますか?」

 姑息にしかならないかも。でも現状を少しでも変えたい思いがあった。

「記憶捜索以外の用事はないよ」

「少しいいですか? ご案内したい場所があります」

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