第16話二十九歳ー2
このまま現住所で仕事をしていても、生活は楽になるどころか一層苦しくなるだけだ。金のために毎日苛立ち、腹の虫を戒める。白髪が増えても染めることは叶わず、市外にでかけても周囲との身なりでの差で羞恥を覚える。洋服を買おうとしても、格安ブランドでさえトップスかボトムスのどちらか一着千円が精一杯。惨めさに耐えられなくなって、市外に出かける回数が少なくなる。まさに悪循環だ。
正美は自身を生まれ変わらせる土地として、県内第二の都市を選んだ。高校時代を過ごしたころと変わらず交通の便が良い。バスは市営と私営の物が十五分から三十分おきに停留所を通る。また、正社員、アルバイト問わず求人が現住所の十倍の量の求人がある。妥協せず自分に合った仕事を選ぶことが可能だ。仕事内容ではなく自動車所有の有無で採用が決まることはまずない。
また引っ越しの予算から、距離として最も適切な場所でもある。
新天地は、正美が躊躇う必要がないほど魅力的だ。
高校時代の元友人の故郷であるので偶然の再会が起きる可能性はゼロではないが、正美が知る限り、元友人だけでなくほとんどの同級生が大学進学や就職で故郷を離れている。中には東京で結婚している女の子もいる。離れた土地で結婚したら、長期休暇のたびに帰省することは困難になるはずなので、正美と遭遇する確率は極端に低い。正美が過去を探られ心を痛める必要はないはずだ。
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