世界で一番不幸な私

蒼山皆水

第1話 幸せになりたい


 私は天乃宮舞依あまのみやまい。非リア充な社会人四年生。


 『幸せな人間は幸福税として私に毎年一万円ずつ払え』をモットーに、今日もなんとか呼吸している。


 だからって恋愛に対して興味がないわけでも、男が嫌いなわけでもない。むしろその逆。


 恋愛したいし結婚したい。イケメンに求婚されたいし、石油王の妻になりたい。

 要するに、幸せになりたい。


 最近、友人や同年代の同僚の結婚ラッシュで、出費もストレスも殺意も増える一方だ。


 先月も後輩の結婚式があった。

 自分より年下の女の結婚式に出席するたびに、精神的なダメージへの手当てとして十万円くらいが支給される制度が欲しい。


 二次会では余興のクイズ大会が行われたのだが、そこで一問目に出題されたのは『新郎新婦が初めてディズニーランドでデートしたのはいつでしょう?』という、私のメンタルをズタズタに切り裂く超難問だった。

 もしかすると、ここは地獄なのだろうか、という感想を抱いた。ハハッ。


 後輩に、あなたの夫、パンの袋留めるプラスチックの四角いやつみたいな顔してるね、とでも言ってやろうと思ったけど、グッとこらえて、こっそり旦那のものと思われるバッグに新婦の使わなそうな香水をシュッと一吹きするだけにとどめておいた。私は大人なのだ。


 その後のビンゴ大会で当たったクルージングディナーのチケットは、帰宅してすぐにゴミ箱に叩きつけた。


 先輩、おめでとうございます! じゃねえよ。私に七年間彼氏がいないの知ってんだろてめぇ。


 はぁ、私にベタ惚れのイケメンが降ってこないかなぁ。

 今日も世の中の幸せそうなカップルたちを呪いに呪いながら、私は生き延びている。


 近所のスーパーからの帰り道。夕方にもかかわらず太陽は燦々と輝き、身も心も温かくしてくれる。

 歩きながら、うっすらと額に浮いた汗をぬぐった。


 夏は私の一番好きな季節だ。その理由は二つある。


 まず一つ。夏には、クリスマスもバレンタインデーもホワイトデーもないからだ。

 それなら花火大会はどうなの? という疑問もあるかもしれない。


 花火大会といえば、浴衣を着たカップルが「花火、綺麗だね」「君の方が綺麗だよ」なんて会話を交わしてキャッキャウフフするイベントだと勘違いしている人がいるようだが、実際は違う。


 花火大会は花火の音に合わせて、カップルを射殺する妄想をしてキャッキャウフフするためのものである。このとき、どちらか一人だけを殺して二人を引き裂くのがポイントだ。


 近所の花火大会の会場は毎年、血と悲鳴と涙で、阿鼻叫喚の地獄絵図になる。あくまで、私の妄想の中でだけど。


 そして理由の二つ目は、男性が薄着になるから。

 私は腕フェチなのだ。


 特に、筋肉質な腕に浮き出る血管といったら、最高以外の何物でもない。

 ああ、想像するだけで興奮してきた。


 夕焼け空にかかるひこうき雲さえ、腕の血管に見えてくる。うへへへ。

 どうやら私の思考回路にもがあるようだ。


 思考回路に欠陥があることと関係があるかどうかはわからないけれど、私は恋愛がうまくいかない。いや、恋愛がうまくいかないせいで、思考回路がめちゃくちゃになってしまったのかもしれない。


 まあ、そんなのはどちらにせよあまり違いはない。


 ただ一つ確実に言えることは、私は負のスパイラルに放り込まれて、どんどん残念な女になっているということだけだ。このまま順調に生きていれば、キングオブ残念の称号を手に入れることもできるかもしれない。いらないけど。


 そんなわけで、私の恋愛遍歴は目も当てられないほどにひどい。


 過去の恋愛に関して否定的な話をしていると、一度も男と付き合ったことがないよりはマシじゃないか、なんてことを言ってくる人間がいる。


 しかし、私の話を聞けば、そんなことを言うやつはいないだろう。もしいるのなら私が滅ぼすまでだ。


 高校生の時に、初めて彼氏ができた。サッカー部で、クラスではみんなの人気者のイケメン。自慢の彼氏だった。


 しかし、付き合ってから二週間で、方向性が違うと言われてフられた。

 インディーズバンドの解散理由かよ!

 彼は二日後に新しいバンドを結成していた。ハゲろ。


 このときの私は、まあ高校生の恋愛なんてそんなものだろう、と高をくくっていた。

 しかし残念なことに、私の不幸はまだ始まったばかりだったのだ。


 大学二年生のとき、私のことを好きだと言ってくれた先輩がいた。

 付き合い始めてから三回目のデートで、彼は私のことを「アスカ」と呼んだ。そのことを私が指摘すると、顔をこわばらせた。


 しどろもどろになりながらの「あ、いや、明後日は暇?って言おうとして……」との言い訳に、心の中で座布団を三枚投げつけた。そして、思いっきりビンタした。こっちは心の中で、ではない。


 その日の夜に、偶然彼のSNSのアカウントのフォロワーを眺めていたら、偶然アスカという名前の女を発見した。


 まったくそんなつもりはなかったのに、偶然指が画面をタップした。

 さらに私は手を滑らせてしまい、これまた偶然「ばーかばーか」と書かれたメッセージが相手に送られてしまった。不可抗力だ。


 二回連続で不運を引き当ててしまったが、それでも私の心は折れなかった。

 きっとその分、素敵な彼氏ができると思っていたのだ。


 そうやって三度目の正直を祈っていたのだが、二度あることは三度あるのだ。

 私の悲劇は終わらない。


 大学三年生のときに好きになったのは、バイト先の高校生。

 健気に働く姿にきゅんときたのである。なんだ、年下もいいじゃないか。そんなことも思った。


 シフトが被る度に、趣味でよく焼いているという設定のクッキーをあげて餌付けしていたら、裏でクッキーババアと呼ばれていた。


 その事実が判明した日、彼にあげる予定だったクッキーは持って帰って一人で食べた。クッキーはしょっぱかった。砂糖と間違えて塩でも入れたのだろうか。


 それから五年間、私の心はときめかないでいた。

 度重なる失恋を経て、心の壁は分厚くなっていった。


 いいな、と思う人がいても、なぜか警戒するようになってしまったのだ。恐るべし、人類の防衛本能。


 仕事のできる上司はきっとマザコンで、久しぶりにメールしてきた高校時代の同級生はおそらく新興宗教にハマっていて、行きつけのコンビニの笑顔が素敵な店員さんは多分借金まみれだ。

 

 次こそは絶対にいい恋をするぞ。そう心に誓っていた。

 この誓いが通算三回目であるということについて、質問や意見は一切受け付けない。


 そして二ヶ月前から、私はとある男性に恋をしていた。


 五年ぶり、四回目の恋。


 砂漠でオアシスを見つけたように、心は潤っていた。


 さっき、イケメン降ってこないかなぁ、とか言ってたのは見逃してほしい。口癖みたいなものなのだ。

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