第69話  集結の地、上野

 榎木二郎が駆けつけた時、丁度草平たちが出かけるところだった。

 近所にある懇意の車屋で仮眠をとらせてもらっていたところ、界草平に動きがあったという報せで叩き起こされたのだ。


「まったく、この寒いのに初詣でとはお目出たいこった」


 榎木は気配を消しながら、草平たち一行の後を付けた。

 しばらく歩くと、遠くで近くで除夜の鐘の音が重く響き渡り始めた。

 辺りは普段この時間では有り得ない、人出があった。

 みんな初詣でに出掛けるのだろう。

 榎木はふと天を仰ぐ。

 いつの間にか夜空は曇り、いまにも雨でも雪でも降ってきそうだった。

 暗い空に、白い息を吐いてみた。


 さて、オレは今、警察官なのか、それとも情報屋としてここに居るのか。


 やがて街中に至り、界草平の一行は市電に乗り込もうとしていた。

 榎木は焦った。

 見失う訳にはいかないが、警官の制服で市電に乗るのは目立ち過ぎる。

 しかし迷っている暇はなかった。

 榎木も急いで市電に乗り込んだ。


 真夜中に市電が動いているなんて、大晦日くらいだ。


 車内は初詣での客で込み合い、大半が和装の着物を着込んで華やかだった。

 榎木は急ごしらえの術で平凡な袴姿になって周囲に溶け込んだ。

 目深に被ったハンチング帽から少し目を覗かせて、車両の前方に居る界草平一行を見据えた。

 書生には面が割れているので面構えも少し変えた。


 鼻が利く奴だが、最悪変化がバレても、あいつなら察して気付かぬ振りをしてくれるだろう。


 などと高を括っている榎木の目の前に、車内の人込みを掻き分け、カネヒコが近づいてきた。

 それに気付き驚愕で動けなくなっている榎木の前に、カネヒコはにこりと笑って立った。


「いつものおじさん、はつもうで、いっしょ、いこう」

「えっ・・・?」


 未だ固まっている榎木を袖を引き、カネヒコは草平と犬八の所に戻った。


「へへへ、みんなで、はつもうで、いく」

「あ、あの、カネヒコ、そちらはどちら様で?」


 驚きで目を丸くして尋ねる草平。


「ここ、この方は、よく近所を見回っている、巡査殿なんですよ」


 臭いで正体を榎木二郎だと察知した犬八は、咄嗟に紹介した。


「外をカネヒコと散歩しているときに、何度か会いまして・・・」

「そうでしたか、ウチのカネヒコがお世話になっております」


 草平は一礼をした。


「いや、その・・・」


 ハンカチを取り出して、榎木は帽子の下の汗を拭った。


「流石に大晦日の夜は、非番ですか?」

「そ、そうであります!」

「では、ご迷惑でなければ、カネヒコの我儘に付き合って、ご一緒に初詣でに行ってもらえませんか?」

「あ、はい、喜んで!」


 変装した榎木は、帽子をとってお辞儀をした。


 この俺が、柄にもなく緊張してしまった。

 しかし、このカネヒコという男、不完全とはいえ変化を見破るとは。雨夜といい、コイツといい、俺の術、質が落ちたのかな。自信無くすぜ。


 榎木は再び汗を拭いた。

 カネヒコは喜んで、榎木の手を握った。


「で、先生方はこれから何処まで初詣でへ?」

「上野のちょっと先の、古代からの火で有名な神社です」

「ああ、あそこですか。なるほど」


 榎木はそういいながら、カネヒコに握られているのとは逆の手に持ったハンカチを懐に収め、代わりに取り出した紙切れをそっと背後に落とした。


まぁこれで隠れて尾行せずに、どうどうと監視出来るわけだが・・・。


 紙切れはふわりと車内の込み合った乗客の足元を舞い、そのまま乗降口から外へ出ると、白い小鳥の姿へと変化し、夜空へと飛び立った。

 向かう先は警視庁舎で待機している雨夜の下。


 執務室の窓ガラスを突く音に気付き、雨夜は窓を開けた。

 白い小鳥は雨夜の掌に乗り、一瞬光輝いた後、元の紙切れへと戻った。


「・・・界草平たちは、やはり上野か」


 雨夜は紙切れを握ると、隣室に居る中臣旅子へ指示を出した。


「至急馬車の用意を。上野へ向かいます!」

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