第59話  真夜中の会談

「また厄介なこと抱え込んでるみたいっすねぇ、犬の旦那ぁ」


 暗闇の中、勝手口で囁いたのは車夫の小十郎だった。


「また、とはなんだ」


 犬八は既に眠っている草平やカネヒコに悟られないよう、小声で不平を漏らした。


「いえ、みなまではいいません」


 小十郎は諦めた感じで返した。


「しかし、わかっちまうか? やっぱり」

「はい。いったいなんなのか判断出来やせんが、異様な気配だけは伝わってきますぜ、家の中から」

「実はな・・・」


 草平はカネヒコの出現と様子を簡単に説明した。


「ふうむ、そいつはひょっとしてぇ・・・」


 小十郎は思案気に腕組して唸った後、なにかいおうとして言葉を飲み込んだ。


「あっ、やっべ」


 弾かれたように小十郎は裏庭の闇に目を向け、舌打ちをした。


「おい、どうした」


 小十郎のおかしな様子に、犬八は緊張して語気を強めた。


「犬の旦那、あっしはこれにて失礼しやす。ただ、これから来る奴には十分注意してくれやす」

「誰か来るのか? 全然気付かなかったぞ」

「当然です。あいつはあっしら一族の中でも隠行の達人ですから。では、これにて」


 その言葉を聞いた時には、既に小十郎の姿は消えていた。

 同時に、なにかが近づいてくる気配を感じた。

 裏庭の垣根と壁の狭い闇の奥から現れたのは、警官の制服を着た男だった。


「あれ、小十郎の奴、退散しやがったか」


 中年風の警官は気だるそうにぼやいた。


「巡査がこんな夜中にどうしたんです? 他人の敷地内ですよ」


 犬八は最大限の警戒を持って牽制した。


「おまえさんが犬八だよな」

「いったいなんの用だい」

「まぁ、そう気張んなさんな。オレは榎木二郎ってんだ」


 暗闇の中、榎木二郎という警官は、微かに笑った。しかしその目は、抜け目なく犬八を見据えていた。


「小十郎がいってやしたぜ。あんたも仲間だって」

「そんなら話は早い。確かに、オレは小十郎と同じ、妖狐の眷属さ」


 榎木二郎は帽子の鍔に軽く触れた。

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