第49話  暗闇を切り拓く者

 その美丈夫は、一心不乱に、しかし矛盾するようだが飽くまで静謐に、刀を振っていた。普通ならば木刀でやるところだが、彼は真剣を使っていた。


 刀の銘は『アザ丸』


 異能を絶つ力を刀身に帯び、その代り持ち主の視力を奪う妖刀。

 だが今の主は存外気にしてはいないようだ。

 なぜなら彼は生まれつき盲目だった。

 しかし目が見えないなどとまったく感じさせず、汗一つ流すことなく、延々と刀を振り下ろす。

 美しくもあり、鬼気迫るものもあった。

 真剣は、このように振るものではない。木刀などと比べようもなく重いのだ。いってしまえば金属の棒、それを振り回し、平気でいる彼は、果たして・・・。


「雨夜様、失礼いたします」


 灯りが一切ない、真っ暗な道場の引き戸が開けられ、光と共に誰かが這入ってきた。

 その声を聞いて、雨夜と呼ばれた彼は動きを止めた。


「旅子さん、どうしましたか?」


 射し込む光の中でかしこまり膝を付く旅子は、顔を伏せたままだ。


「先読みの者たちからの報告がありました」

「大事ですか?」

「これから数日の間に、変事があるという見立てです。場所は上野付近だそうです」

「上野・・・」

 雨夜は呟いた。


 また、上野か・・・。


 秋に上野でひと悶着あったばかりだった。軍部の一部と宗教団体との予言娘争奪戦。しかし真相はそれほど単純な物ではなかった。

「で、規模は?」

「中以上、とのことです」

「年の瀬で忙しいというのに」

 雨夜は軽く溜息をついた。

「まったくです」

 旅子が相槌を打つ。


 先読みたちから直接の進言とあれば、我々警視庁特務課“客人対応係”管轄の案件だろう。的中率はまだ四割といったところか。しかしその数字、無視出来るものではない。


「あいわかった。今後上野を中心に終日警戒を強化。一般の警邏と共に当たって下さい。組み分けは各部隊長の相談の上、決めて下さい。あと、先読みたちには更に詳しい内容がわかり次第、報告するようにと」


 雨夜は一気に指示を伝えた。


 旅子は客人対応係の長の言葉を受諾すると、下がって引き戸を閉めた。

 道場は再び暗闇で満たされ、静けさを取り戻した。


 さて、此度はいったいなにが出てくるやら。

 雨夜は今後の対応の見定めに沈思した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る