大歳火
第42話 神聖な火
町田透一は、懐手のまま下を向いて歩いていた。
ただとぼとぼと、ふらふらと、当てもなく。
頭の中は刀のことで一杯だった。
何かが足りない。決定的な何かが。
私のような凡才では、ただ精魂込めて鍛えただけでは評価は得られないのだ。
来年の正月に、刀剣の品評会がある。透一はそこでなんとしても入選したかった。それくらいの箔がなければ、刀鍛冶などこのご時世、続けていくことは出来ない。
安価な洋鉄や工場製の鋼では、一流の刀を作ることは叶わないのだ。
でなければ、単なる刃物鍛冶に身を費やすまでだ。
何か一工夫、何か一手間、しかも劇的な変化をもたらすもの・・・。
そんな都合の良いモノなどそう軽々しくある訳がない。
透一は歩きながらかぶりを振って唸った。
「ねぇちょいと。そこの獣みたいな声出しているお兄いさん」
正に今現在の自分を言い当てている言葉を耳にし、驚いて立ち止った。
「そうそう、あんたのことだよ。見た感じ随分考え込んでるみたいだねぇ」
振り返ってみると、そこには紫のほおっ被りをした、女の辻占い師が小さな机を出して座っていた。
「気分を変えてみる積りでさ、ちょっと占ってあげようか?」
目つきの鋭い年増の女だが、どこか惹きつけられるものがあった。
案外こういった事に、妙案が含まれているかもしれない。
透一は駄目で元々といった心持で、占い女の前に腰を下ろした。
「それじゃ、これに名前を書いとくれ」
墨の付いた筆と紙を渡され、それに自分の名前を書いた。
「どれどれ、はぁん」
女は名前の書かれた紙をしげしげと眺め、声を漏らした。
「それで占うのかい?」
「そうだよ。姓名判断っていうのさ。名前は人となりを表すってね」
「何がわかるね」
透一は疑いというよりも、好奇心で訊いてみた。
「ふーん、あんたは“火”に係わる事をしてるね」
確かに、刀鍛冶にとって火は大切なものだ。
これは偶然だろうか。
「とてもとても神聖な火が視えるよ。それがあんたにとって何か特別な力を与えてくれる。あんたが何か特別なものを作りだす手助けになってくれる」
透一は生来神秘的なものとは縁遠かった。しかし刀鍛冶の仕事は、神事に近く、儀式めいたものがあるので、信じている方だった。
しかも今の彼は、前途のために藁にもすがりたい心持だった。
「実は、私、刀鍛冶をしておりまして・・・」
不思議と自分の境遇が後から後から湧いて出てきた。
ああ、私は誰かに聴いて欲しかったのだ。
刀匠としての平凡さを、仕事の行き詰まりを、時代の移り変わりを。
「これからあたしが話すことが、お兄さんのお役に立てればいいんだけどね」
そして、女占い師は、神聖な火について、語り始めた。
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