第15話 座敷牢
とりあえず客間へとお菊を案内した。
犬八はお茶を淹れてきます、と部屋を出て行った。
二人きりになった草平は開口一番「まず、僕のことをおじさんと呼ぶのは止めにしないか?」と切り出した。
「どうして?」
「う、どうしてと言われても、なんというか、気分的に・・・」
「うん、わかった、おじさん」
「・・・」
草平は早速諦めることにした。
「一応伝えておくけど、僕の名前は界草平。君は?」
「私はお菊。ただそれだけ」
「そうなんだ」
犬八に続いてまた姓が無い人物が現れた。なんだろう、自分が知らないだけで、まだ世間では姓が無い者は多いのだろうか、と草平は唸ってしまった。
「失礼しやす。お茶をお持ちしました」
そこに犬八がお茶と御菓子を持って這入ってきた。
「ん? どうかしましたか?」
眉間に皺を寄せている草平を見て、犬八が訊いた。
「いや、なんでもない。おや、これは?」
「先日熊友さんに長崎土産に頂いたカステラです。朝飯はまだ出来ていないので」
最近姿を見せないと思っていたら長崎に行っていのだった、と草平は親友の熊友に思いを馳せた。
「うわぁ、綺麗。これカステラっていうの?」
「そうだよ。どうぞ食べて」
草平が言い終える前に、お菊はカステラを一口で平らげてしまった。
「凄ぉふおいふぃい! 甘ふてふわふわ」
無邪気に喜んでいる姿を見ていると、ごく普通の少女なのに、いったいどうして見世物小屋のようなところで怖そうな男たちに囲まれて占い紛いのことをしているのか。草平は訊いてみることにした。そして、なぜ自分の所に来たのか。
少女は驚くほど素直に語りだした。
お菊は筑波山の麓の寒村に生まれた。生まれたといっても、両親の話によると飼っていた牛が出産したらしいので牛小屋に行ってみると、生まれた仔牛の横で赤ん坊のお菊が泣いていたそうだ。
両親は(この場合育ての親ということになる)捨て子だと思ったが、そのまま放って置くこと出来ず、貧しいながら育てることにした。
その後極端に口数が少ないことを除いて、お菊は何の問題もなく育っていた。両親は手がかからなくて済むと喋らないことは気にしなかった。小学校に通い始めた頃に、ふと両親の前で村の或る家が火事になる、と漏らした。ただの子供の空想だろうと思っていたら後に本当にその家が火事になった。なんとなく薄気味悪いと思いながら偶然だと黙っていた。
しかし年に数回程ではあるが、不吉なことを口走ると、それが必ず現実に起こって、流石に両親もお菊にそんなことは言ってはいけにと厳しく口止めをした。だがお菊はそれを話すことのなにがいけないのかを理解出来ず、とうとう小学校の授業中に、担任の先生が近いうちに死ぬ、と口に出してしまい、しかも本当に先生が死んでしまって、大騒ぎになった。
お菊は学校に行くことが出来なくなり、村でも噂になって白い目でみられるようになった。両親も恐ろしくなり、ほぼ座敷牢のようにお菊を家の外に出さないようにした。
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