第2章

第33話「第二章 プロローグ」

「お前らに折り入って頼みがある」


 文化祭での演劇公演が終わり、ひと段落がついた十一月の中頃。

 部活動を引退後、受験勉強に専念しているはずの本間雄一先輩──マッさんに突然呼び出された僕と嘉樹の二人は、到着早々頭を下げる先輩に困惑しつつ詳しく話を聞くことになった。


「実はな、明日他校の生徒と交流会をする事になってるんだが……」


 マッさんの話を要約するとこうだ。

 明日、他校の生徒と交流会をするそう。マッさんもそこに呼ばれており、他にも僕たちの高校から数名男子が参加する予定だったのだが、参加予定のうち二名が急に来れなくなりメンバーが足りないとのこと。


「そこで頼みなんだが……頼む、お前ら二人に代役として参加して欲しいんだ」


 先輩の友人はみな受験生という事もあり断られらしい。そこで二年生の僕たちに白羽の矢が立ったという訳だ。


「参加するのは別に構わないですけど、良いんですか? 僕たち二年生ですけど・・・…」

「ああ、それは大丈夫だ。確かに三年生が中心の会だが、別に三年生じゃなきゃダメって訳じゃないからな」

「なるほど……」


 費用は既に支払ってあるみたいだし、それなら特に断る理由も無い。


「僕は良いですよ、明日は特に予定も無いですし」

「おお、そうか! それは助かる!」


 そう答えると、隣で聞いていた嘉樹も


「優介が参加するなら俺も構わないっすよ。先輩の頼みですしね」

「本当か! 二人ともありがとうな!」


 僕たちの返答に安堵の表情を浮かべるマッさん。

 普段お世話になっている先輩だし、こんな事でお返しが出来るなら僕たちとしても嬉しい。


 ……この直後、マッさんがあんな事を言い出さなければ、そう手放しで喜べたのだが。


「いやー、ほんと助かったよ。これで予定通り『合コン』を開く事が出来そうだ」

 ……ん?

「あの、マッさん。今なんて言いました?」


 思わず聞き返してしまう。

 何だか今、聞き捨てならない単語が混ざっていた気がしたんだが。


「だから、これで無事『合コン』を開く事が出来そうだって……」

「合コンですか!?」


 やっぱり! 僕の聞き違いじゃなかった!


「お、おう……スマン、何か都合が悪かったか?」

「いや……都合が悪いというか……」


 思わず慌ててしまう。こんな場面、朱莉に聞かれたら……!


「まぁ年上ばかりで萎縮してしまうかも知れないが、お前たちも気軽に参加してくれると嬉しい。何だったら良い出会いがあるかもしれないからな」


 ハッハッハッと笑いながら、僕の肩を叩くマッさん。

 いや違うんです……! 僕の懸念ポイントはそこじゃないんです!

 合コン、出会い。今まで避け続けたこの二ワードが一挙に押し寄せ、軽くパニックに陥る。どうしよう、朱莉が知ったら大変な事に……。


 と、そこでふと数週間前の出来事が頭をよぎった。

 


『今日から私たちは、普通の兄妹だから!』

 七海との一件で、僕は朱莉との関係に一つの決着を付ける事が出来た。

 それは、普通の兄妹になるというもの。

 今まで朱莉は僕の事を一人の異性として好いており、盗撮、盗聴などを繰り返す異常な愛を見せていた。

 だが先日、そんな朱莉の胸の内を知り、僕も朱莉からの好意に対してハッキリと答えを出し、結果として僕たちは『普通の兄妹』に戻る事で納得した。


 そう、だから今この場で慌てる必要は無い。

 これまでは朱莉に盗聴されている事を知っていたので、なるべく女子と接する事を少なくするよう気をつけていたし、友人とも恋愛関係の話題で盛り上がるのを必死に避けて過ごしていた。

 だが、普通の兄妹に戻った今は違う。

 朱莉を気にすることなく、普通にこうした話題を口にしても大丈夫なんだ。



「とりあえず集合場所だが、駅前のカラオケ店に十三時に来てくれ。メンバーは俺とお前たち、それから三年の男子が二人で合計五人だ。それで相手なんだが、白菱学園しらびしがくえんの女子生徒が五人ほど来てくれる事になってる。全員三年生らしいが、まあ気にせず楽しんでくれ」


 聞いてはいたが、三年生ばかりの空間に混ざるのは緊張するな。


「分かりました。優介と二人、遅れず向かいます」

「おう、スマンが頼んだ。後でまたお礼するから」


 そう言って立ち去ろうとするマッさん。


「あ、ちょっと待ってください」

 そんなマッさんを引きとめ、僕は一つどうしても気になっている事を聞いてしまった。


「受験生なのに合コンなんかしてて大丈夫なんですか?」


 だが、マッさんは僕の言葉を無視して、その場から逃げるように去ってしまった。

 どうやら都合の悪い事は無視する性質らしい。





「ふうん……お兄ちゃん、合コンするんだ」


 パソコンに繋いだヘッドフォンから、兄とその知り合い二人の会話を聞いていた私──並木朱莉は、合コンというワードを耳にし、無意識に内にボールペンを持つ手に力が入っていた。

 どうやら兄は、先輩の頼みで合コンに参加するらしい。

 それも、年上の女性と。


「駄目だよお兄ちゃん、他の女と一緒になんて……」


 兄が私の知らない女と楽しそうに会話する場面を想像し、怒りがこみ上げてくる。

 兄をそんな場所に誘ったこの男にも、そしてお兄ちゃんが合コンに参加する事を知っていて、何も出来ない自分に対しても腹が立つ。

 けど、今はまだ我慢しなければいけない。

 ここで動いてしまっては、せっかくの『計画』が台無しだ。


 先日の一件以来、すっかり私のことを信用している様子のお兄ちゃん。

 今もきっと、私がこうしてお兄ちゃんを盗聴しているなんて、微塵も思っていないはずだ。

 だって私達は、『普通の兄妹』なんだから。


「ホントお兄ちゃん、人を疑うって事を知らないんだから……」


 普通の兄妹に戻る。そう言って納得したお兄ちゃん。

 だけどそんなのは嘘だ。真っ赤な嘘。


 そもそも私の思いが、たかが一回の失恋で無くなるなんて、そんな訳が無い。

 まあフラれるところまでが計画の第一段階だったから結果的には予定通り行っている訳なんだけど……流石にここまで上手く行くと、それはそれで心配になる。


「とりあえず、この新しい『計画』の方も大事だけど、明日の合コンにも要注意しなきゃね」


 以前までなら、私の事を気にして合コンなんて参加しなかっただろう。

 だけど、今は私を『普通の妹』として認識している。もしかすると、これからもこういう機会が増えるかもしれない。


「まあついこの間あんな事があったんだし、大丈夫だとは思うけど……」


 流石に明日の合コンでどうこうなるとは思わないけど、用心するに越した事はない。

 念のため明日も、お兄ちゃんの動向をしっかりチェックしておかないと……。

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