夜行列車と彼女と
奇村 亮介
第1夜 乗車
探し物は、最後に探す場所で必ず見つかる。
【ブーブの法則】
◆-----------◆
――ガタン、ゴトン。
暗闇の中、一本の列車が走っている。
列車の中からは、蛍の光のように淡い光を発しながら、どこまでも続いている線路を走っていた。
この列車が何処を目指しているのかは分からない。
時刻表も、線路図も無い。
けれども、列車は何処かにあるであろう〈目的地〉を目指して走り続けている。
列車の中の椅子は木で作られており、少し上等な緑色のシートが張られている。
座席はボックス型になっており、座ると乗客と乗客が向かい合う設計になっていた。
つまりは、一つの区画で四人座れるようになっており、必然的に互いの顔を見ることになる。
これを意図して作られてのか、それとも限られた空間を効率良く使う為の方法なのか、この列車の制作者に聞いてみなければ分からない事なのだろう。
そしてその座席に座っている乗客達は、それはそれは摩訶不思議な『人』達ばかりだ。
物の怪のように奇怪な姿をしている訳ではなく、身体が透けているのだ。
人の形はしているのだが、目や鼻は無く、まるでのっぺらぼうのような顔立ちで、全身が透けている。
身体の色は青紫で、例えて言うならば巨大なスクリーンの間に人を置き、紫色のライトを照らしたときに出てくるシルエットにそっくりだ。
そのシルエット達は、各々が違った服や帽子を被っており、あたかも個性を主張しているかのようだった。
黒い煙突のようなシルクハットを被ったシルエット。
貴婦人のような高貴な服装のシルエット。
クリーニングに出した後のように、糊が良く効いたスーツを着込んだシルエット。
実に様々である。
列車の座席は、ほとんどそんなシルエット達で埋め尽くされていた。
だが、一ヶ所だけ一人しか座っていない区画の座席がある。
その座席には、少女が座っている。
他のシルエット達とは違い、目も鼻もあり、まして透けていることも肌が青紫色ということもない。
正真正銘の人間であり、何の変哲もない少女だ。
上は雪のように真っ白なタートルネックを着ており、下は脛まである墨のように黒いスカートを履いている。
どこにでも居そうな、普通の格好をした少女だ。
ただ、上着が白いせいなのか、漆黒のように長く垂れ下がった髪がやけに栄えて見えた。
彼女は奥の席に座っており、窓の下に設置してある肘掛けに肘を乗せ、頬杖を杖きながら物憂げな表情で窓を見つめている。
その窓の向こうにあるのは暗闇だけ。
暗闇は、彼女の髪質に似ている。
時折、思い出したように現れる街頭の眩しさに彼女は目を細めていた。
あの街頭には、列車の線路を照らす以外に役目はあるのだろうか。
彼女はふとそんな事を思った。
彼女は頬杖を杖いたまま、何も見えない真っ暗な外を見つめ続けている。
何もすることがないからそうしているのか、それとも真っ暗な外を見るのが好きなのか、彼女が外を見つめている理由はそのどちらかなのだろう。
列車は何の予告もなく、スピードを落とし始めた。
徐々に徐々に、眠っていれば気づかない程にゆっくりと。
そうして、列車は何処かに止まった。
外を見ても、ここが駅であることを標した物は何もない。
故に、ここが駅であるかどうかすら不明だ。
幾何か停車した後、何の音もなく、何の振動もなく列車は再び動き始めた。
列車は徐々に徐々にスピードを上げていく。
眠っていれば気づかない程に、ゆっくりと。
ややあって、連結部の扉がガタガタと音をたてながら開く。
そして、一人の男が入ってきた。
男は、これから会社に出社でもしようとしていていたのか、少し青みがかった黒いスーツを着ていた。
顔はまだ幼さが残っており、スーツを着てなければ学生に見間違えられてもおかしくはないだろう。
好奇心はあるが不安もある。
そんな顔をしながらきょろきょろと辺りを見渡す姿は、まるで路頭に迷った子供のようだ。
やがて男は、革靴を鳴らしながら通路を歩き始める。
座席に座りたいのか、シルエット達が占領している座席を見ては肩を落としていた。
次を見ても、その次を見ても、座席はきっちり四人座っていた。
それでも懲りずに男は歩き、やがて彼女が座っている席に辿り着く。
ようやく空いている席を発見した男は、まるで喫煙家が外で灰皿を見つけたように、ホッと胸を撫で下ろし、ため息をはいた。
しかしそこは、完全な空席ではない。
一人だけではあるが、先客が居る。
進行方向に座席が全て向いているのなら、或いは左右に座席が並んでいる形なら特に断り無く座るが、ここはボックス型である。
男にとってボックス型というのは、仲の良い者同士で座るのなら最適な形だが、見ず知らずの赤の他人同士で座るとなると、これ以上ないくらいに最悪なタイプだ。
一番遠い位置――対角上に座っても、膝と膝がぶつかり合うほどに距離が近い。
ましてや、少女の横に座るわけにもいかなかった。
そこは車でいう助手席のようなもので、親しい者しか座る権利がないのだ。
かといって、辺りを見渡してみても他に空いている席はない。
ここ以外、全てあのシルエット達で埋め尽くされている。
少しオドオドしながら、男は拝むように片手を上げ、彼女に向かって言う。
「相席、いいかな……?」
「ええ……構わないわよ」
窓の向こうにある闇を見つめたまま、彼女は素っ気なく返事を返した。
男は、「どうもね」と軽く頭を下げながらお礼を言った後、通路に近い方――彼女の対角上に座った。
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