06:とある未来の示唆

 鉄錆のにおいが鼻腔に滑り込んでくる。もう、何年も慣れたにおいだ。このにおいを嗅ぐだけで、全身の神経が研ぎ澄まされてゆく。

 今日もきっと、誰かの命が消える。それはここでは当たり前。

 ただ、自分がその『誰か』にならないように、戦って、戦って、生き延びるだけ。それが、少女の世界の全てだ。

 薄い胸に革の胸当てをつけ、刃こぼれしたなまくらを手にした彼女が目を閉じ顔を伏せれば、無造作に束ねた紫髪が揺れる。

「名無し」

 呼び声がする。名無し。それが自分の名前。そう認識している少女は、ゆっくりと面を上げる。

「出番だ。今日もきっちり稼いでこいよ」

 その言葉に、少女は振り返る。つりがちな目の色は、誰かと同じ碧。そこに、砂煙舞うコロシアムと、大勢の観客の姿が映し出される。

 ぼろぼろの革靴で、彼女はコロシアムに向けて歩き出す。

 今日も、殺戮ショーが始まるのだ。

 己の名も、世界の姿も、課せられた運命も、いまだ知らない少女の命を懸けて。

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