第5章:赤い聖剣『フォルティス』(5)
ミサクも、イリオスも、コキトも、アティアも。唖然としてシズナを――正確にはその手にした『フォルティス』を――見つめていた。聖剣が魔剣『オディウム』と同じ色に光るなど、今までの勇者の伝承に無かった、ゆゆしき事態だ。
だが、シズナは仲間達の視線さえ気にせず、赤い聖剣『フォルティス』を手に、魔物に向けて走り出した。
魔物が吼え、触手がシズナに絡みつこうと迫ってくるが、聖剣が力を与えたのか、考えるより先に身体が動き、容赦無く触手を切り落としてゆく。そして魔物の足を取っ掛かりにして、『混合律』から『跳躍律』を引き出し、ぱあんと空気を叩く音と共に、人間の跳躍力を超えた力で敵の頭上を取ると、大上段から聖剣を振り下ろす。
その眼前に、迫りくる死に目を見開いて言葉にならない叫びをあげる騎士が迫り。
そうして、赤の刃は捕らえられた騎士ごと、魔物を一刀両断した。
魔物は一瞬にして、本物の植物のごとく茶色に枯れ、その場に崩れ落ちる。驚愕の表情のまま真っ二つになった騎士からばあっと血が噴き出し、シズナの身を赤く染める。足を取られて宙吊りになっていた騎士が投げ出される。高々と吊り上げられていて、頭から硬い地面に落ちてぶつかった衝撃で、ごきりと首の骨が折れる音がして、彼は白目をむいて泡を噴き、それきり動かなくなった。
シズナはそれらを冷ややかな目で見つめながら地に降り立ち、『フォルティス』を鞘に収める。聖剣の柄にはまった石はたちまち透明に戻り、あれだけ感じた熱も、一瞬にして収束した。
「……化け物」
震え声が聴こえたので、そちらを向く。騎士達が震えあがってシズナを指差していた。
「人間を怪物ごと殺しちまうなんて。しかも聖剣をあんな色にするなんて」
「やっぱり魔王の嫁だ。化け物だ」
「人殺しめ、悪魔だ!」
ろくに戦わなかったくせに、口だけは達者だ。シズナの胸は熱に滾っていたが、頭の奥はひどく冷静だった。彼らこそ罪の無い村人達を苦しめ、命さえ奪った悪魔ではないか。しかし、そう言い返そうとした彼女を、横から腕を伸ばして制したのは、ミサクだった。
「新手の魔物から村を守る事をおろそかにしただけでなく、唯一王国の勇者を貶める発言をした。これらの件は手抜かり無く罪状に加えさせてもらおう」
「特務騎士隊長様の意見は、宰相より上の権威を持つからなあ。どんなお仕置きを受けるか、見届けられねえのが残念だぜ」
今回ばかりはイリオスも加担して、腕組みしながら宙を仰いで豪快に笑う。たちまち騎士達が今更ながら己の失態に気づき、「そ、そんな!」と青ざめたが、ミサクは青い目を冷淡に細めて、「それに」と続けた。
「君達が今までこの村でしてきた事は、村人達が証人になってくれる。騎士の位剥奪以上の罰も覚悟しておくんだな」
彼らの仲間の命を奪ったものの、流石に騎士達が憐れになってきて、シズナは「そこまでする必要がある?」とミサクに声をかけたのだが、彼は、自分は一切間違っていない、という自信に満ちた顔をこちらに向けると、
「僕は貴女の不利になる事は一切しない。貴女に害をもたらす者は、誰であろうと排除する。必ずだ」
と、寸分の躊躇いも無く言い切ってみせた。
何故、知り合ってまだ一年の女の為に、彼がそこまでしてくれるのか。
そして何故、青い輝きを放つはずの聖剣が赤に染まったのか。
疑問の種は心の中で芽を出したが、答えを返してくれる者は、今、魔物の襲撃が沈静化し、破壊の火も消えようとしているこの場には、一人としていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます