5-5 事件の真相

 遠藤と連絡をとり、この前と同じファーストフード店で待ち合わせた。店内は昼時の喧騒に満ちていたけど、何とか窓際の席を確保して遠藤が来るのを待った。


「この前はどうも」


 白のタートルネックのセーターに、パステルカラーのスカート姿 という、オーラにしては割りとラフなスタイルで現れた遠藤が、笑顔を浮かべて手をふってきた。


「用件というのは何でしょうか?」


 席に着いた遠藤は、相変わらずの笑顔だったけど、声からは微かな緊張感が伝わってきた。なんとなくだけど、遠藤は私からの連絡をずっと待っていたのかなと思えた。


「実は、お願いがあります」


 私の言葉に、遠藤が息を呑むのがわかった。 何かを待っているような気配が伝わってくる中、生田係長の事情や今の状況を慎重に説明した。


「つまり、生田を私に説得して欲しいということでしょうか?」


「そういうことです。七海ちゃんの母親であり、同じ被害者の遠藤さんなら、生田係長の暴走も止められると思います」


「なぜ、そう思われたのですか?」


「それは、七海ちゃんの連れ去り事件はでっち上げだった可能性があるからです」


 遠回りは不要と考えて、一気に核心へと迫った。私の言葉に、ホットコーヒーに手を伸ばしたまま固まった遠藤を見て、さらに核心へと迫ることにした。


「七海ちゃん、遠藤さんと一緒にいますよね?」


 ゆっくりと、でも有無を言わせないかのように力を込めて疑惑を遠藤にぶつけた。


 遠藤は僅かに俯いたけど、すぐに笑みを消した顔を向けてきた。


「どうして、そう思ったのですか?」


 顔は平静を装っていたけど、声の震えは明らかな動揺を示していた。


「五年前に再婚なされたんですよね?」


 そう問いかけると、遠藤はぎこちなく左手を右手で隠した。


「生田係長は、事件から八年が過ぎても変わらず僅かな手がかりを求めて今も七海ちゃんを探してます。なのに、失礼ですけど遠藤さんは、たった三年で新たな生活を始められてます。この温度差、私には異常に感じます。でも、七海ちゃんが遠藤さんのそばにいると考えたら、おかしくはないと思えました」


 言い終えると同時に、真っ直ぐに遠藤を見つめた。遠藤の瞳は微かに揺らいでいたけど、やがてはっきりとした意思を持った輝きを放ち始めた。


「七海は、私のそばにいます」


 僅かな間を置いた後、遠藤は静かに口を開いた。期待していた言葉をようやく聞けたことに安堵しながら、私は遠藤が語りだした話に耳を傾けた。


 八年前の事件は、般若の推理通り遠藤の父親が企んだものだった。でっち上げの連れ去り事件を起こして娘を離婚させるのが目的だった。遠藤は当初気づかなかったけど、事件の二日後に打ち明けられたという。


 生田係長との生活は既に破綻していたけど、七海ちゃんがいなくなったことで、破綻していたことを改めて痛感したという。その結果、両親の説得に応じて離婚に踏み切ったらしい。


「だとしたら、なぜ生田係長にそのことを伝えなかったのですか」


 あまりのことに、つい口調が荒くなってしまった。遠藤の父親のせいで、生田係長はありもしない事件を、行方不明とされた娘さんを八年もの間、苦しみながら探すはめになってしまった。そのことを思うと、あまりにも身勝手過ぎて怒りが収まらなくなってしまった。


「事件のことを父から聞かされた後、すぐに生田には伝えようとしました。でも、そこで私は過ちを犯してしまいました」


 遠藤が両手で顔を隠し、苦しそうな声をだした。その声があまりにも痛々しかったせいで、煮え出していた怒りが冷めていった。


 遠藤は、すぐに生田係長へ父親の企みを伝えようとした。けど、その時に遠藤の頭に狡い考えが浮かんだ。生田係長は本当に遠藤の声が聞こえてないのか、それを確かめたくなったという。


「声を変えて110通報した際の音声記録を、秘密裏に生田へ届けるように知り合いの警察官を通じてお願いしました。生田なら、通報の内容から私だと気づいてくれることを密かに願っていました」


 けど、結果は遠藤の期待通りにならなかった。生田係長は遠藤が通報したとは気づかず、その結果、事件がでっち上げられていることにも気づくことができなかった。


 そのことを悲観した遠藤は、後に両親が生田係長に説明するからという言葉を信じ、離婚に踏み切って生田係長の元を去ったということだった。


 ――確かに、具体的な内容だったんだけど


 私はため息をつきながら、USBに記録されていた内容を思い出した。具体的に生田係長を批判する内容は、確かに変と言えば変だ。それに生田係長が気づいていてもおかしくはないかもしれない。


 でも、娘がいなくなったことで頭が一杯だったはずの生田係長が、果たしてそこまで気が回るだろうか。実際に、気が回らなかったから気づかなかったわけだし、まさか組織ぐるみで連れ去り事件をでっち上げているなどとは、思いもしなかっただろう。


 だから、生田係長は純粋に事件を追いかけ、その先に娘さんがいることを信じ続けてきた。最初に事件だと思い込んだ生田係長は、もう別の考えができる余裕など、昔も今もないはずだ。


 ――でも、わからなくもないんだけどね


 遠藤の告白を黙って聞いていた私は、遠藤に対して怒りよりも同情する気持ちが強かった。遠藤としても、単に魔がさしただけの話だった。自分のことに目を向けて欲しいと願う女性としての気持ちは、同性として責める気にはなれなかった。


「先日、うちの管轄内で似たような事件が起きました。子供に声をかけるというものですが、その事件に遠藤さんも関わってますよね?」


 ホットコーヒーを一気に飲み干した後、私はもう一つの事件について聞いてみた。


「それもお見通しなんですね」


 嘘をつくことなく、遠藤はあっさりと自供した。先日の声かけ事件は、遠藤が知人を使って行ったもので間違いないと認めた。


「指令を受けて現場に向かった時、被害者の女の子は母親と一緒でした。でも、犯行を記録した防犯カメラには、母親の姿はありませんでした。だとしたら、女の子はどうやって母親へ事件を伝えたのかが疑問になります。通常、事件性の高い内容で110へ通報した場合、警察官が現場に到着するまで通話を切ることはありません。リアルタイムに被害者の安否を確認する為です。ですから、公衆電話から母親に連絡したとは思えません。考えられるとしたら、予め母親は事件のことを知っていたから、あの現場にいたということになります」


 事件当日は気づかなかったけど、思い返してみたら母親の存在は不自然だった。たまたま居合わせた可能性もあるけど、そんな偶然は日常的に起きるものではない。


「実は、最近になって気づいたのですが、母親に譲った昔の携帯がまだ解約されてませんでした。おかしいと思って問い詰めたところ、これが出てきました」


 遠藤が説明しながら、テーブルの上に携帯電話を置いた。断りを入れて確認すると、メールの送信画面になっており、内容は『七海を、返してください』となっていた。


「メールは毎年同じ日付で同じ内容が送られていました。日付は、七海が連れ去られたとされた日です」


 確認してみると、確かに同じ内容のメールが毎年同じ日に送られていた。


「ということは、遠藤さんのお母さんが送っていたのですか?」


「はい、おそらくですが、両親は生田に本当のことを話すどころか、こうして生田を事件に縛りつけていたようです」


「なぜそんなことをされてたんですか?」


「おせらく、私と再びよりを戻すのを恐れたのだと思います。だから、あたかも事件はまだ続いているように見せかけ、生田が私に近づかないようにしたのだと思います」


 遠藤の説明に、私はため息をつくしかなかった。ここまでくると、もはやエゴではなく狂気だと思えた。いくら汚点を嫌うとはいっても、ここまでして生田係長を追い込む必要があったのだろうか。


「両親が生田に説明していないことを知った私は、すぐに七海を連れて生田に会いにいこうとしました。けど、七海を会わせるのが急に怖くなりました」


「なぜですか?」


「七海を混乱させるだけだと思ったのです。大人の事情に、七海を巻き込ませたくないという私の身勝手でもあります。だから私は、生田に事情を伝える為に八年前と同じような事件をでっち上げようと考えました。いくら生田でも、二度も続けばおかしいと気づいてくれると期待したわけです」


 自分の声は生田係長には届かない。そう思った遠藤は、苦し紛れの策に出たということだった。


 ただ、その策も結局は裏目に出てしまった。八年前の被疑者に、今回も被疑者役を頼んだのが間違いだった。そのせいで、生田係長の目は隠蔽工作ではなく、裏DVDの方に向いてしまった。


「事情はよくわかりました。でも、それでもやっぱり遠藤さんに生田係長の説得をお願いしたいんです」


 事件の真相は判明した。さらに、生田係長の娘さんが無事だともわかった。でも、肝心の生田係長だけは救われていない。ありもしない事件の真相を、今も追いかけている。


 そんな生田係長を救ってやりたかった。でも、その役目を果たすのは私には無理だ。おそらく、どんな言葉を投げても、私の言葉では生田係長の心には響かないだろう。


 だから、どうしても、どんな理由があったとしても、遠藤さんに生田係長を説得してもらうしかない。そう願いを込めて、私は深く頭を下げた。


「浅倉さん、よしてください」


 慌て止めに入った遠藤だったけど、私は構わず頭を下げ続けた。


 私にはこうする以外に術がなかった。悔しいけど、生田係長を止められるのは、遠藤以外にいなかった。


「考えさせてください」


 私の願いに根負けしたのか、ようやく遠藤が前向きな言葉を口にしてくれた。


「待ってますから」


 張り込み場所を告げ、私は最後にもう一度頭を下げた。


 その様子を見ていた遠藤の瞳は、物言わずに揺れ動いているだけだった。

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