2-2 卑劣な盗撮犯

 満面の笑みで迎えられたイケメンと美奈子は、意地の悪い笑みを返しながら案内された席に向かう。けど、よく見たら余っている椅子は一つしかなく、そこで二人の足が止まった。


「渡辺巡査部長、こちらにどうぞ」


 うやうやしく声のトーンを上げた東田が、一つしかない椅子を差し出しながら目を輝かせた。


「ちょっと待ったー!」


 東田が掴む椅子に、生田係長が手を伸ばしながら声を上げる。


「野郎よりも、ここはレディファーストだ」


 椅子から手を離そうとしない東田を、生田係長が睨みつける。今まさに、どうでもいい醜い争いが始まったところで、イケメン渡辺巡査部長と美奈子から失笑が再びもれた。


「ちょっと、小学生みたいな醜い争いはやめてください」


 見かねて制止に入ろうとした私を、鬼神のような形相で二人が睨みつけてきた。


「絶壁と中途半端しかいないこの部屋に、やっと本物が現れたんだ。お前に俺の気持ちがわかるかよ」


「あら、こっちだってエロと凶悪犯面拝まされてたところに、やっとイケメンが来たのよ。乙女としては譲れないところなの」


「何が乙女だ。第一、お前は彼氏がいるだろうが」


「係長だって今は独身ですけど、あっちこっち女性に手を出していいんですか?」


 二人してどうでもいい戯言を撒き散らしながら、さらに醜い争いをヒートアップさせる。すでに生活安全課の威厳は地に落ち、拾うのもためらうほど異臭を放っていた。


「喧嘩はやめましょう。俺は立ってますんで、田代を座らせてください」


 渡辺巡査部長が、笑いを堪えて間に入る。東田が情けない声を出して崩れ落ちると、勝ち誇った生田係長が、美奈子の胸を凝視したまま椅子を運んでいった。


「渡辺くんはわかってるじゃないか。なあ浅倉、やっぱり男はたっているほうがいいだろ?」


 下品な表情のまま、生田係長が下ネタをふってくる。そのデリカシーのなさに頭にきた私は、生田係長の足を思いっきり踏んづけた。


「大事な打ち合わせだっていうのに、またそんなこと言って――」


「何だ? そんなことって。俺は姿勢の話をしてたんだ。お前は何がたっているって勘違いしたんだ?」


 意地悪そうに笑う生田係長を見て、はめられていることに気づいた。


「いえ、その――」


「何だ? もしかして、何だけに、ナニとか言うんじゃないだろうな?」


 一人で語りながら笑う生田係長。周りはドン引きだというのに、そのエロ頭は絶好調だった。


 ――本当にこのエロ馬鹿係長は


 心の中で壮大なため息をつきながら席に座ると、生田係長が改めて事件の概要を語りだした。


 事件が発覚したのは三日前のことだった。ディスカウントストアSより、女子トイレに侵入する不審な男がいるとの相談を受け、東田と林巡査部長が確認したところ、どうやら盗撮の疑いが濃厚だという。


 さらに、防犯カメラの映像と従業員の目撃情報から犯人の使用する車とナンバーが判明し、ナンバーからある容疑者が浮上していた。


 その容疑者の画像とプロフィールが書かれた資料を、生田係長が配り始めた。


 容疑者の名前はNで、年齢は三十二歳。家庭持ちで五歳の女の子がいる。なぜか奥さんの写真が容疑者よりも多かったけど、見た目が美人だから生田係長の思惑が絡んでることはすぐにわかった。


 Nは工場の作業員を思わせる服装をしていた。体はがっちりとした感じはあるけど、終始俯いていたのか、どの画像も顔ははっきりとは写っていなかった。


 調べによると、Nは交代制の電子部品製造工場で働いていた。そのため、夜勤明けの平日に家族がいない正午から午後三時の間で犯行を行繰り返しているとのことだった。


「犯行の手口は何ですか?」


 渡辺巡査部長が資料をめくりながら尋ねる。その顔にはさっきの嫌な笑みはすでになく、犯人を睨む強行の鋭い眼差しがあった。


「目撃者によれば、トイレのブースの隙間からスマホを差し入れていたらしい。特にシャッター音は聞こえなかったということから、事前に録画モードにしていたと思う」


 生田係長がしゃがんでスマホを差し入れる真似をする。妙に慣れた動きが、だらしない顔と相まってさまになっていた。


「それだけじゃない。これを見て欲しい」


 生田係長が提示した画像は、Nが女性の背後に立っている姿だった。ただ、その立ち姿に違和感があり、よく見ると僅かに右足が女性のスカート内に向いているように見えた。


「クロックスにスマホを隠しているわけですね?」


 今度は美奈子が真剣な眼差しで声を上げた。


「確認はしてないが、おそらくはクロックスにスマホを仕込んでいるとみて間違いない」


 確かにNが履いているのは、茶色のクロックスだった。いくつか空いている穴に、予め録画モードにしておいたスマホのレンズをセットし、さりげなく足をスカート内に向ける手口だと、生田係長は考えているみたいだ。


「となると、現逮するにはトイレに入った所をやるか、クロックスにスマホがセットされているのを確認し、犯行に及んだところを押さえるかですね」


 渡辺巡査部長が顎をさすりながら、逮捕の条件を確認する。生田係長はそうだと言うかのように深く頷いた。


 通常、盗撮犯を逮捕するのに適用されるのが、迷惑防止条例違反だ。意外と勘違いしている盗撮犯がいるけど、実際に盗撮の証拠画像が無くても犯人を逮捕することができる。盗撮犯が慌て画像を消して開き直ることもあるけど、カメラやスマホをスカートの中に入れるのを押さえることができれば、例え画像が無くても問題ない。


 でもそれは、裏を返せばクロックスの中にスマホを仕込んでいるのを、確実に確認する必要がある。曖昧なまま声をかけて何も出てこなければ、逃げらてしまうし警察がマークしていることも露呈してしまう。


「今日はNが夜勤明けだから、自宅から出てきた時から尾行し、犯行を確認したら現逮しようと思う。というわけだから、三班に分かれて行動する。メンバーは俺と田代ちゃん、後は適当に決めてくれ」


 生田係長が勝手に班決めをしたのに続き、東田も迷うことなく渡辺巡査部長を選ぶ。この二人には、犯人逮捕よりも別の切実な思いがあるみたいだ。


「俺たちは離れたところで見ているだけですから、生安同士で班を決めてください」


 生田係長と東田の野望を、渡辺巡査部長が打ち砕く。二人の動機は不純だけど、それ以上に裏のありそうな含み笑いを、渡辺巡査部長は静かに浮かべていた。

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