1-6 事件のことは現場に聞け

「どういう意味?」


 女の子が眉間にシワを寄せて生田係長に詰め寄る。でも、さっきまでの勢いは全く感じられなかった。


「そのままの意味だ。君は、誰にも襲われてなんかいないよな?」


 女の子の剣幕も涼しい顔で受け流した生田係長が、逆に一歩詰め寄った。


「生田、それは本当か?」


 そばにいた般若も、興味の色を濃くした顔で近づいてきた。


「俺たち生活安全課は、常に女性や子供の被害者と向き合っている。特に、最も多い性犯罪の被害者と関わっているんだ。全く許すことのできない男の欲のターゲットにされた女性を見てきたからわかるんだよ。君からは、被害者特有のオーラを感じないってね」


 生田係長が語気を強めながら、諭すように語りかける。貴方が言っても説得力ないんですけどとツッコミたい気持ちを抑えて、私は黙って生田係長の隣に並んだ。


「捜査には色んな教訓があるんだが、その中でも基本中の基本と言われるものが、この現場にはないんだ。それが何かわかるか?」


 女の子に語りながらも、生田係長は私に目を向けてきた。私は女の子と同じく首を横にふった。


「喧騒だよ」


「喧騒?」


 生田係長の答えに、私と女の子の声が重なった。


「事件現場というのは、必ず独特の空気があるんだ。少なからず人通りのある現場では、必ず一人か二人は事件発生について騒ぎたてる輩がいるからな。周りを見ればわかると思うが、すごいだろ?」


 生田係長が野次馬とギャラリーの集団に目を向ける。つられて見ると、確かに歩道には興味を持った集団が、写真を撮るためにスマホをこちらに向けていた。


「今の時代は、事件現場の映像や写真が警察よりも先にマスコミに流れるんだ。そのほとんどが、ああいった一般の人が情報を提供しているってわけだ。それに、ネットにも簡単に画像をアップする時代だからな。インスタントゲームだっけ? 私は早くイクのは好きじゃないんだけどな」


 生田係長が、女の子を相手に信じられないようなボケをかましながら頭をかいた。間違った上に何の話してるんですかと、再びつま先を踏んづけてやった。


「今は何かあると、すぐに画像が撮影される時代なんだ。つまり、あっという間に野次馬やギャラリーができる時代ってことなんだ。信じられないかもしれないが、人が倒れているのに救護活動せずに多くの野次馬が写真だけ撮ったなんて話は、今では普通なんだよ」


 そう語る生田係長の話には、確かに身に覚えがあった。駅の構内で流血して倒れている人に、救いの手ではなくて興味のカメラを向ける人を見かけたことがあった。


「そんな時代に、事件が目の前で起きているのに何もないなんてことはありえない。俺は君に確認したよな? 若い女の子のグループがいなかったかと。彼女たちは俺たちがくるまで現場近くにいた。そして、パトカーの騒ぎに気づくとすぐに画像を撮ってたんだ。俺も携帯番号を教えることを条件に、一緒に写真を撮ってやったんだけどね」


 笑いながら語る生田係長に、般若が呆れたようにため息をついた。


「そんな彼女たちに聞いたみたが、事件があったことを知らなかったんだ。これはおかしいよな?」


 生田係長は笑っていたけど、目だけは笑っていなかった。その眼差しは、獲物を睨む虎のようにさえ見えた。


「気づかなかったかもしれないでしょ?」


 最後の抵抗とばかりに、女の子が震える声で呟いた。


「悲鳴を上げたのに、近くにいて気づかないわけないよな?」


 生田係長が間髪入れずに更に詰め寄った。


「一番乗りの警察官も、いつもと変わらないのどかな現場だったと証言している。ギャラリーや野次馬も、集まったのはパトカーが来てからだ」


「何か証拠はあるの? 私は被害者なんだけど。そんな、犯人みたいな風に言われる筋合いはないし」


「勿論、証拠はない」


「だったら――」


 最後の力を振り絞ったかのように、女の子が声を上げた時だった。


「いい加減にしろと言ってるだろうが!」


 それまでの穏やかな態度を一変させた生田係長が、鬼の形相で一喝した。


「今、付近には県警総出で警察官たちが検問やらパトロールやらに駆り出されてる。それだけじゃない。そのせいで、多くの市民が迷惑を被ってるんだ。中には疑惑をかけられ、職質されてる人もいる。それら全て、ありもしない事件のせいだってことを、お前はわかってんのか!」


 生田係長のドスをきかした言葉に、女の子は震えながら両手で顔を覆い隠してその場に崩れ落ちた。


「女性を狙う犯罪は後を絶たない。特に君のような美人となると、被害に遭うことも少なくないだろう。だが、嘘は駄目だ。嘘をつかれては、犯人を逮捕したいと願う俺たちにも支障がでるからな」


 生田係長が怒気を引っ込めて、代わりに諭すように柔らかく語りかけた。


「見たところ、外見にはかなり気を使っているようだな。化粧もして、子供にしては完璧だ。だがな、だからこそ心も綺麗であって欲しいと、俺は願わずにはいられないんだよ」


 最後のだめ押しをするかのように、生田係長は微笑みながら、顔を上げて青ざめた表情を浮かべる女の子を見つめた。


 女の子は瞳から涙を溢れさせて、微かに唇を震わせた。


 多分、生田係長には聞こえなかったと思うけど、私にははっきりと聞こえることができた。


 現場の喧騒にかき消されるように呟いた言葉。それは、「ごめんなさい」という女の子の罪を認める言葉だった。



 結局、女の子は虚偽の通報をしたとして、警察署で詳しい話を聞くことになった。本部より発令された緊急配備も解除となり、集まった警察官たちも各自の持ち場へ帰って行き、現場は一瞬にして平穏な日常に戻っていった。


 捜査車両で待っていた私の元に、生田係長がスマホを操作しながらやってきた。


「お疲れさまでした」


 運転席に乗り込んできた生田係長に声をかける。生田係長はまるで興味がないかのように生返事を返してきた。


「見事な推理でした。私、ちょっと係長を見直しました」


 エンジンをかける生田係長を見つめながら、私は想いの端を伝えた。ただのエロくて馬鹿な人ではなかったことが、素直に嬉しかった。


「当然だろ。何年刑事で飯食ってたと思ってんだ」


 生田係長ががらにもなく、照れ笑いを浮かべた。


「でも、虚偽親告罪っていつ気づいたんですか?」


「防犯カメラの映像を見た時だよ」


「へ?」


 生田係長の言葉に、私は驚いてまぬけな声を出した。


「一緒に同じ方向に歩いているのが何人か映っていただろ? そんな人目につくところで犯行に及ぶ馬鹿がいるかよ」


 生田係長の言葉で、私はようやく意味がわかった。


 生田係長は、防犯カメラの映像に映っている人の特徴ではなく、人数を見て判断していた。そして、目撃者がいるような場所で犯行に及ぶはずがないと睨んだ。


 ――だから、先着した警察官に事情を聞いたんだ


 生田係長は女の子のグループだけでなく、先着した警察官にも話を聞いていた。それはつまり、事件が発生していれば必ず目撃者がいる状況だと思ったからなんだろう。


「でも、何で女の子は嘘の通報したんでしょうね」


「それは、SNSの時代だからだろ」


「SNSですか?」


「マスコミが被害者は全員美人だと報道しただろ? だから一気に一般人の注目が集まった。それを利用しようとしたんじゃないのか」


 生田係長の目が細くなる。その目が、なぜか女の子のことを心配しているように見えた。


「あの女の子、服も化粧も完璧に仕上げていただろ? 普段から美に執着している証拠だ。それはつまり、注目されたいってことだ。思春期特有の、本当はみんなから注目されたいって気持ちが強かったんだろ。その欲望を満たす為の手っ取り早い方法が、世間が注目している事件の被害者になってネットにアップされる方法ってわけだ」


 生田係長の話に私は息を飲んだ。美人でありたいことはもちろん、みんなから注目されたいという気持ちは、女性としてわからなくもなかった。


「今は手軽に何でもネットに晒される時代なんだ。今回の事件は、そんなシステムが生み出した罪だ。だから、女の子に罪はない。ただ、その罪に巻き込まれただけさ」


「そうなんですね」


「それによ、ネットはいいことばかりじゃない。悪いことも平気で書きなぐられる。子供だからこそ、面白がって晒されることから守るのも俺たちの大切な仕事だ」


 生田係長は照れ隠しのように笑うと、ポケットから煙草を取り出した。


 結局、何だかんだ言っても一番女の子のことを考えていたのは、生田係長だったのかもしれない。


「車内禁煙ですよ」


 そう言いながらも、私は笑って窓を開けた。目を細める生田係長が、警察官の威厳を備えた男に見え、素直に尊敬できた。


「おっと」


 ライターを取りだそうとした弾みに、ポケットからスマホが私の足元に転がり落ちてきた。


「ちょ、見るなよ」


 渋い顔から一転して、生田係長が焦った顔を近づけてきた。


 拾い上げたスマホの画面には、相変わらずラインの表示が映し出されていた。


〈おつかれ! 事件解決したんだって?〉


〈ああ、おかげで早く帰れるよ〉


〈生ちゃん、早く帰りたい時って何か凄い力を発揮するよな(笑)〉


〈うるせえ。いつもだろうが(笑)〉


〈でもさ、何でそんなに早く帰りたかったわけ?〉


〈ああ、実は裏DVDのバイヤーから横流ししてもらった作品があってさ。これがマジでヤバいんだよ!〉


〈マジかよ! 期待してOK?〉


〈ドヤ顔で親指を立てるスタンプ〉


〈これが、かなり美人の、しかも洋モノだってよ! カマーンとか言われたら観るしかないよな(笑)後でコピーするけどいる? 〉


〈oh,Yes!〉


〈泣きながらガッツポーズするスタンプ〉


 読み終えた私は、気がつくと鈍い音を立てるほどスマホを握りしめていた。


「ちょ、だからスマホが壊れるって」


 焦ってスマホを取り返しそうとする生田係長を、私は力の限り睨みつけた。


「返して」


「あ?」


「ちょっとでも尊敬してしまった私の時間、返してください!」


 私は怒りに任せてスマホを投げつけた。


 ――やっぱ、この人、エロ馬鹿係長なんですけど――!!



~第一章 生活安全課の懲りない係長 完~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます