1-3 強制わいせつ事件発生

 私の叫び声が響き渡ったところで、本部からの緊急を報せる無線が重なった。


『本部からシマナガシ署管内』


 ――え? 今、島流しって言わなかった?


 嫌な呼び方に少しだけ不安が頭を持ち上げたけど、続く内容に意識を集中させる。生田係長はというと、険しい顔でスマホをいじっていた。


『女性本人より、男から抱きつかれたとの入電中。委細不明につき、移動局は緊走して向かえ。場所は――』


 本部から急を報せる無線は、強制わいせつ事件だった。しかも、内容からして最近この街を騒がせている連続強制わいせつ事件と同一事案みたいだった。


 若い女性、しかも美人ばかりが昼夜を問わず襲われるとして、ついこの間、マスコミに美女が襲われる街と皮肉を報道されたばかりだった。そのため、県警が威信にかけて捜査している事案でもあった。


 瞬時に生田係長へと目を向けると、スマホの画面を見たまま一瞬だけだらしない笑みを浮かべていた。


 ――初出動なのに、嫌な予感しかしないんですけど


 初出勤でいきなり出動というお約束展開なのに、なぜか気分は高まるどころか嫌な予感しかしなかった。


「何をつっ立ってんだ! 行くぞ」


 下を向いたまま忙しいふりをする東田と林に声をかけようとしたところに、生田係長の苛立った声が飛んできた。その表情は、いつの間にか険しいものに切り替わっていた。


「あの、東田さんたちは?」


 階段を駆け下り、捜査車両に飛び乗りながら生田係長へ二人のことを確認する。


「あいつらはいい。どうせ被害者の顔だけ確認したら、後は機捜に押しつけるだけだから、来なくても問題なし」


 さらりと聞いてはいけないような内容を口にする生田係長に、私はシートベルトも忘れて固まってしまった。


 生田係長の運転は、荒いどころじゃなかった。通勤ラッシュが終わったとはいえ、まだまだ交通量の多い国道をお構いなしに疾走していく。しかも、例え緊走中でも赤信号は一時停止しなければいけないのに、スピードを落とすことなく突っ込んでいく始末。おかげで、同じく現場に向かっているパトカーまで追い抜いてしまった。


「ちょっと、係長! そんなスピード出して運転されたら、警告が間に合わないです」


 さっきから一般車両に緊走中を報せるためにマイクで警告を出していたけど、その案内が追いついていなかった。


「お前、男に襲われたことはあるか?」


 スマホを操作しながら、生田係長が険しい声で聞いてきた。


「いえ、ありませんけど」


「だろうな。男とやった経験もなさそうだしな」


 いきなりのセクハラ発言に、怒りを込めて睨みつけたけど、予想外に凄みを帯びた目で睨み返された。


「被害者が一番望んでいるのはな、とにかく警察官が来ることだ。被害に遭った女性というのは、純粋に恐怖に震えている。その状態だと、一秒が一時間、一分が一日のように長く感じるんだ。だから、とにかく一秒でも早く現場に向かい、被害者に警察官が来たという安心感を与えるのが、俺たちの最も大切な仕事だ」


 生田係長の低い声が、入り乱れ始めた無線よりも重く胸に響いた。


「なのによ、赤信号だからってお行儀よく一時停止したり、車の流れに合わせて減速するような馬鹿は、警察には必要ない。特に俺たち生活安全課は、女性や子供といった弱者を守る部署だ。そんなナメた考え方だと、被害者が死ぬぞ」


 最後は一喝に近い声を浴びせられ、私は自分の甘さを痛感した。憧れの職場、その初出動ということに浮かれていた私は、被害者のことなどすっかり頭から抜けていた。


 その緊張感のなさを指摘してきた生田係長が、切れ者のように見えた。エロくて馬鹿だけではなかったことに、私は素直に尊敬の念を抱いた。


「おっと」


 警告を出す為に握ったマイクに力を込めると同時に車が大きく揺れ、生田係長が手にしていたスマートホンが私の足下に落ちてきた。


「ちょ、見るなよ」


 私が手にした途端、生田係長の焦った声が聞こえてきた。反射的に画面に目を落とすと、ラインの画面が開かれていた。


〈110の声はどうだった?〉


〈ビンゴだな。声からして美人に間違いないと思う〉


〈マジで? 期待してOK?〉


〈泣きながら親指を立てるスタンプ〉


〈震える掠れた声で、『はやくきて』だってよ! そんな急かして、おじさんを困らせるなって(笑)〉


〈マジかよ!声は録音してあるよな?〉


〈110は自動録音だから、後でデータコピーして送ってやるよ。その代わり、被害者の顔、写真で送ってくれ〉


〈ラジャ!泣きながら敬礼するスタンプ〉


 一連の流れを読んだ私は、気がつくと力の限りにスマホを握りしめていた。内容からして、通信指令室の人とのやりとりだと思うけど、あまりの内容に苛立ちで体の震えが止まらなかった。


「ちょ、止めろよ。スマホが壊れるだろ」


「返して――」


「は?」


「少しでもエロ馬鹿係長を尊敬してしまった私の時間、返してください!」


 怒りに任せてスマホを投げつけ、生田係長を睨みつける。生田係長はまあまあと言いながらも、スマホが壊れてないか器用に点検し始めた。


「一秒でも早く現場に向かうんですよね?」


 そう口にした私は、マイクを手にして胸一杯に空気を吸い込んだ。


『おら、そこどかんかい! 一般車はすっこんでろ!』


 力の限りにマイクで叫ぶと、慌てて生田係長が止めに入ってきた。


「浅倉さん、一般の方々には丁寧にお願いする口調で言わないと、後で署にクレームきちゃうよ」


「あ?」


 更になだめようとしてきた生田係長を、思いっきり睨みつけてやった。


『おら、止まってろって言ってるだろうが! おい、そこのパトカー、邪魔だから道空けろ! こっちは天下の生活安全課、生田エロ馬鹿係長の車だぞ!』


 仰天したかのようによろけたパトカーに、私は横からクラクションを連打してやった。


 最悪な気分だった。颯爽と事件現場に駆けつける警察のイメージは、私の中で完全に消えていった。


 ――最低、ていうか、もうこの仕事嫌になりそうなんですけどー!!

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