第12話 国々(2)


彼は愛国者だ。アーメリ国を心底愛している。時に、それは酔いつぶれた彼をみた者であれば皆知るところになっている。黄昏時にふらり馴染みの酒場へ疲れた足を運ぶ。灰色の頭巾をかぶり、蛇のような眼だけを露にして、ラム酒を酒場の隅で浴びるように飲んでいる。すると、しこたま満足したかと思うと、ひたすらにアーメリ国を讃美歌にのせて褒め称える。腹に響くバリトン声だ。いつの間にか頭巾を脱いだ彼を見やる他の客はまたかと忍んで笑う。客たちの笑いにはいつもどこか擦れていた感じがあった。そのうちに、彼は疲れて丸まって寝てしまう。


彼はそうやって眠りにつくとき、天上の妃に抱かれているような母性愛に包まれる心持がするのであった。


フェイデンは柔和な、愛溢れるアーメリ国を己の血肉それら皆捧げてもよいほどに愛し、そして、時折、路端に雑魚寝する雑多の者たちのそれらと同じように、彼を打ち捨てようとすることを憎悪し、報いとして、残酷に踏みにじりたくもあった。愛する我が国が窮地に陥っているというのに、フェイデンの戦争論を否定し、未だ希望論を口に出す王族側の上流貴族たちを彼は愚物どもめ、と吐きつけてやりたかった。けれども、彼はあくまでも自身の立場はそれらのものより高みに位置していると自己認識しているため、決して彼らの元へと降りて対等に話をしようなどとは一瞬間も考えようとはしなかった。それは自身を貶める行為だと見ていた。


ので、理論を詰め、時折かのエクスタースに帰属したとある家族の末がいかに人間らしかぬ結末を迎えてしまったか、感情に訴えることを好んで用い、次第に、寡黙に議会の行く末を眺めていたアーメリ国王クロチェヴィーアに緩和した雰囲気がまとわれ始めたのを確認し、フェイデンはほくそ笑んだ。


これまでフェイデンと向かって論交していたのは四聖唯一の王族派であるパシエンテが主であり、エンリは全く口を閉ざし、瞳を閉じて議会の流れを妨げることなく、腕を膝に落として椅子深く腰掛けていた。そんなエンリがふと、口を開いた。


「フェイデン様のおっしゃることはまったくその通りであると思われます。けれども、我らがアンテラの大森林を盾としてエクスタースの侵攻を防ごうとしているのと同様に、アンテラの大森林は我らとて打ち破れるような代物ではないかと思われます。聞くところによると、あの大森林ではエルフのみが魔法を使えるとか。それが事実であれば、一方的にエルフの魔法に蹂躙されることは想像難くありません。加えて、あの大森林の樹木の立ち並びはそれ自体が要塞に等しくあります。確かにエルフの民は数は我ら人間と比べると少数であると聞き及んでおりますが、やはり、難儀であるということは、戦を経験したことのないこのエンリにも想像できますが、いかがでしょうか」


「戦を経験したことのないとは、ご冗談を。冒険者ギルド『ロリータ』において身の丈ほどの大剣を用いて、数多の魔物を葬る赤髪の美しい女性がいると聞いておりますが、それはエンリ様、あなたのことですよね?」


「……存じませんね」


「まぁよいでしょう。さて、件の大森林ですが、落とすことは至難でありますが、問題はありません。協力者がいます」


「協力者?」


「ええ、かの錬金国『ファイシア』と手を組みます」

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